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6-06:Terror.―鼓舞と逃避―

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 闇の神殿よりも暗い階段を駆けあがって、祭壇の間を目指す。
暗闇の中では通路も見えず、前を歩くマルタの白い服がぼんやりと浮かんでいるだけ。
落雷の光を頼りに進んで明るい場所……外に比べれば暗い方だが、周囲の様子が見えるだけでも十分だ。
 そっと安堵の息を零していると、階段の上に彼がいた。

「ロイド!」

エミルが声を上げればロイドは鳶色の目を大きく見開き、階段を飛び下りると部屋を出ていった。
やはり彼もコアを集めているのだろう。
このまま行かせるわけにはいかない。

「待ってください!ロイドさん!」

 エミルが慌てて一歩踏み出すが、その声は落ち着いている。
少しはロイドを信じる気になっているのだろう。
殺気のないエミルにロイドは微かに息をのみ、だがそのまま走り去ろうとしている。

「おい、こっちだ!マルタさまも一緒だ!」

 だが突如聞こえた声に、エミルの足が止まる。
姿は見えないが、マルタ様と呼ぶと言うのはヴァンガードしかいない。
慌ただしい足音と共に階段を下りてきて、道を塞いだのはヴァンガードの兵士だ。

「ど、どうしよう……」

狼狽えながらもエミルがそっと剣に手を伸ばす。
高所から狙う者もいない。
とすれば、倒すべきは目の前にいるたった四人。
大丈夫よ、とアンジェラは笑ってボウガンを構えて詠唱を始めた。

「増援を呼ばれる前に片づければいいわ」

「選択権はないみたい」

スピナーを構えて、マルタがヴァンガード達を見据える。
あちらも戦う気になったのだろう。
各々の剣を構えるヴァンガードにしいなもお札を構えた。

「そうらしいねぇ……くるよ!」

 折角これほどの雷のマナがあるのだ。
使わなければ勿体ない。
いつもより簡単に集まる雷のマナに思わず口元を緩めながら、アンジェラは言葉を紡いだ。

「囲繞せよ、紫電の宝玉。我が仇為すものに苦艱を与えよ―――ヴォルトアロー!」

雷の球体がヴァンガードを囲み、雷の帯で繋がっていく。
そして彼らが狼狽える中、上空から落ちた紫電が四人のヴァンガードを貫いた。
だが彼らも雷の神殿に入る際、耐性のある装備で来たのかもしれない。
ふらつきながらも立ちあがったヴァンガード達をマルタ達がいとも簡単に倒していく。
アンジェラも最後に残った一人目がけて矢を放った。

「轟天!」

矢が刺さり、その矢目がけて雷が落ちる。
 ぐらりと倒れたヴァンガードは起き上がることもなく、安全を確認したアンジェラはガントレットに戻した。

「ロイドに逃げられてしまいましたね。コアを奪われてしまうかもしれません」

テネブラエがため息をつき、ロイドが消えた方角を見つめる。
先を促しているのだろう。
だがマルタは眉をひそめてエミルに視線を向けた。

「けど今はロイドよりリリーナさんだよ。ヴァンガードの襲撃に巻き込まれたりしたら……」

「そうだよね。分かってる。急ごう!」

駆け出すエミルにマルタも頷く。
先ほどのヴァンガードの様子を見る限り、まだこの奥に多くのヴァンガードがいるのだろう。
 リーガル達の案内で迷うことなく階段を駆け上り、通路を抜ける。
少し息が切れてきたが、立ち止まるわけにはいかない。
必死に呼吸して足を動かしていると、前を走っていたマルタが振り返った。

「アンジェラ、大丈夫?」

「大丈夫よ。それより、早く行かないと。リリーナが心配なんでしょう?」

「それはそうだけど……」

 笑って言ってもマルタはまだ心配げだ。
こんなに心配されるようなら、少しは体力をつけた方がいいだろうか。
旅を始めてから少しは体力がついているはずなのに。
 小さく笑っていると、先頭を走っていたエミルが足を止め、口元を覆う。
一体どうしたのだろうかと追いついた所で足を止めれば、漂った悪臭にアンジェラも溜まらず息を詰まらせた。

「こ……この臭い……!」

エミルが見据える先に視線を向ければ、やはりデクスの姿が見えた。
そして彼の前に立つのは、紺色のブラウスに白衣をまとった金髪のポニーテル。
間違いない。
彼女がリリーナだ。

「女!このデクスさまに惹かれて動けないって気持ちはわかるが、そこをどかないと、ぶち殺すことになるぜぇっ!」

「ち、違います!あ……あなたみたいな人、興味ありませんっ!ただこの先にあると思われるセンチュリオン・コアは危険なんです!」

 アイアンメイデンを構えるデクスに、リリーナは気丈にも道を譲ろうとしない。
だが必死に恐怖と戦っているのだろう彼女の声は震えていた。

「まさか、」

「彼女がリリーナよ」

マルタに頷いて、アンジェラはボウガンを構えて矢を放つ。
外してしまったがそれでも威嚇にはなったのだろう。
こちらに振り向いたデクスにマルタが距離を詰めてスピナーを構えた。

「デクス!やめなさい!」

 そこでリリーナもこちらに気づいたのだろう。
リリーナの視線が走り、エミルを見た所で大きく息をのんだ。

「アステル!?」

 予想通りの反応に、アンジェラは思わず小さく笑う。
だが笑っていられる状況でないのは分かっているつもりだ。
この距離なら、リリーナを人質に取られれば手出しできない。
あのデクスがそこまで悪知恵が働くかどうかは微妙な所だが。

「マルタ、邪魔してもらっちゃ困るんだよぉっ!」

声を上げ、デクスが振り向き際にアイアンメイデンから大剣を振りぬく。
あれはマルタでは受け止めきれない。
咄嗟に剣を抜き、エミルがマルタを押し出すような形で前に出た。
だが彼が剣を抜いてもいつもの禍々しさがない。
まさか、とエミルの顔を見ればやはり彼の目は緑色のままだった。

「少年。いいのか?ラタトスクモードとか言う奴にならなくても」

 デクスもいつもと様子の違うエミルに気付いたのか、口の端を上げて大剣を振り下ろす。
が、その笑みに背中に冷たいものが走った。
デクスはあんな冷たい顔をして笑っただろうか。
ふいに脳裏を過ったのは、メルトキオで司祭を痛めつけていたデクスの姿。
やはりデクスの精神は確実にコアによって壊されつつあるのだろう。

「くうっ……!」

「わはははははははっ!どうだこの力!どうだこの美しさ!どうだこの香り!」

何度も何度も振り下ろされる大剣をエミルが苦悶の表情で受け止め続ける。
何故いつものように目が赤くならないのだろう。
何故ラタトスクが出てこないのだろう。
理由は分らないが、このままではエミルが危ない。
矢を連射したが、デクスは大剣で弾いてエミルへの攻撃を続けている。
偶然なのか、狙ったのか。
もう一度、とボウガンを構えなおした所でデクスがこちらをちらりと見て笑った。
あの顔は狙って弾いたということだろう。
それならと魔術の詠唱を始めた所で、デクスが大きく大剣を振りかざした。

「さあ!俺さまに憧れて、死ね!」

剣を弾かれ、エミルが固く目を瞑る。
溜まらずマルタやリーガルが前に一歩踏み出した所で、胸の傷が痛んだ。

「――開け、境界の扉!」

 雄々しく声を響かせる彼の目は赤い。
そしてラタトスクが手をかざすとリリーナの後ろの空間に黒い穴が浮かび、周囲の空気が吸い込まれていく。
あれは、と息を飲んでいると近くにいたリリーナが吸い込まれ、デクスとアイアンメイデンも吸い込まれていった。

「エミル!エミル、やめて!」

「………」

マルタが駆け寄って声をかけるが、彼は動かない。

「エミル!」

強く肩を掴み、揺すった所で彼はそっと手を下し、黒い穴も小さくなって消えていった。
そこにいた二人の人間と共に。
穴が消えると風も止まり、しんと静まり返るが緊張感はまだ続いている。

「――助かった、か。しかし……」

「ああ……。今のは一体……。それにリリーナは……」

 リーガルとしいなが辺りを見渡すが、辺りに彼女たちの姿はない。
消えてしまったリリーナ達に、マルタは不安げに彼に声をかけた。

「エミル……今のもラタトスクの騎士の力なの……?」

「――多分な」

「多分って、ずいぶん曖昧だねぇ」

肩をすくめる彼に、しいなが苦笑しながら頭を掻く。
空間を捻じ曲げるなんて、そう簡単に出来るわけがない。
 だが彼も嘘はついていないのだろう。
不機嫌そうにラタトスクはこちらを睨んだ。

「頭に浮かんだ言葉をそのまま言っただけだ。文句ならラタトスクに言ってくれ」

「もう一度、あの変な空間を作ることは出来ないの?あの中にリリーナさんが……」

詰め寄るマルタに、ラタトスクの眉間に深い皺が寄る。
そして彼女を振り払うように腕を振った。

「……知らねぇよ!どうやってやったのかも分かってねーのに、出来る訳ねぇだろ!」

不安げなマルタを睨み、彼が鼻を鳴らす。
そっけない態度にマルタが口を開いたが、彼は聞きたくないと言わんばかりに背を向けた。
実際、聞きたくないのだろう。
誰とも顔を合わすことなく、ラタトスクは肩をすくめる素振りを見せた。

「別にいいじゃねぇか。リリーナなんて女がどうなろうと」

「何言ってるんだい!そんな訳にはいかないだろ!心配じゃないのかい?」

「別に……」

しいなが声を上げても彼は怒ることもなく、興味なさげに手を振った。
 やはり、ラタトスクにとって人間なんてその程度の存在なのだ。
居ても居なくてもさほど影響のない、ちっぽけな虫けらのような存在。
やはり、ラタトスクは、あの日から何も変わっていない。
いい方向に変わっているのは、エミルだけ。
ぎゅっと拳を握りしめていると、ラタトスクが一歩前に踏み出した。

「それより邪魔な奴らも消えたことだし、センチュリオン・コアを探しに……」

だがそれは彼の前に立ったマルタによって止められる。
まだ言いたいことがあるのだろう。
マルタは空色の目で強く彼を睨みつけると右手を上げ、勢いよく振り切れば乾いた音が神殿に響いた。
 何が起こったのかすぐに理解できなかったのだろう。
ラタトスクは赤い目を大きく見開き、叩かれた左頬に手を添えてマルタを睨んだ。

「――てめぇ!何しやがる!」

「最低」

 マルタが放ったのは、ただ一言。
これほどまでに静かで、怒気をはらんだ彼女の声を聞いたことがあるだろうか。
マルタは彼の鋭い眼光にも怯まず、強く赤い目を睨み見返している。
 先に視線を逸らしたのはラタトスクの方だった。
顔を背けている為にその表情は見えないが、固く握りしめた拳を見る限り怒りに震えているのが分かる。
 気まずい空気の中、テネブラエがマルタ達に声をかけた。

「リリーナさんの行方は、私に心当たりがあります」

「ホント!?」

目を輝かせ、マルタがこちらを振り返る。
嬉しそうな声にラタトスクはぴくりと肩を揺らし、テネブラエはそんな彼を一瞥した後マルタに頷いた。

「はい。先程の技は、ラタトスクさまが私たちセンチュリオンを祭壇に戻す時に行っていた方法によく似てます。ですからおそらくどこかの祭壇に戻されたのでしょう」

「境界の扉、というのは空間転移術の一種じゃないかしら。ラタトスクには次元を操る力もあったはずよ」

言いながらアンジェラは思考を巡らせる。
先ほど彼も言っていたが、あの空間の歪み方は空間に干渉する術だろう。
ラタトスクは遠く離れた祭壇にコアを戻す際、転移術の一種を使ってコアに戻すと聞く。
今回この雷の神殿で次元境界が狂っていたのも、センチュリオン・コアによるものだろう。

「ラタトスクというのは、そんなに簡単に人間を移動させることが出来るのか」

訝しげなリーガルにテネブラエが眉間に皺を寄せる。
自分の中で確固たる答えが出ていないのだろう。
躊躇いがちにゆっくりと口を開いた。

「いえ、センチュリオンのみの筈です。ですから、あの中の誰かがコアを持っているのではないでしょうか。コアに対して働きかけた力が、周囲を巻きこんでしまったのでしょう」

コアは危険だと言っていたリリーナの言葉を聞く限り、彼女が雷のセンチュリオン、トルニスのコアを持って逃げてきたとは考えにくい。
恐らくデクスの持っているソルムのコアに反応してリリーナも巻き込まれたのだろう。
だとしたら二人がいるのは地の神殿ということだが、まだそれを口にするわけにはいかない。
口を閉ざしていると、しいなが苛立たしげに頭を掻いた。

「ん〜難しいねぇ。つまり、リリーナはどこにいるんだい?」

「私たちとロイド、それぞれが持っていないセンチュリオンの祭壇だと思います」

「考えられるのは、雷か地……?」

頷くテネブラエにマルタが首を傾げる。
 それなら、と真っ先に彼が歩き出した。

「なら、まずはさっさとここの祭壇を見に行けばいい。行くぞ」

後ろを振り返ることなく、先ほどまでリリーナが立っていた場所を踏み、ラタトスクがひとりで歩き始める。
その姿にマルタは唇を噛み締めながらも黙って彼に続いた――――




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