6-06:Terror.―鼓舞と逃避―
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そのまま足早に通路を進んでいくと、階段の下に何か白い物が落ちていた。
こんな所に物を落とす人間は限られてくる。
ヴァンガードか研究員の落とし物だろうか。
「あれはなんでしょうか?」
「何かの研究資料の一部、みたい……」
覗きこむテネブラエに、資料を拾い上げたエミルがページをめくる。
ヴァンガード襲撃の混乱で研究員が落としたものだろう。
「えっと……つまりラタトスクは、次元境界を一定のレベルに抑えるための……」
「ラタトスク!?それラタトスクの研究資料なの?」
資料を読み上げるエミルに、マルタもその資料を覗き込む。
だが詳しいことは分らないのだろう。
頷きながらも眉間に皺を寄せた。
「そうみたい……。何か難しいこと書いてあって、よくわかんないけど…」
「見せて」
アンジェラが手を出せばエミルは資料を渡してくれた。
専門用語だらけの研究資料は、エミル達が持っていても理解できない。
殆どがアンジェラの知るデータばかりだが、それでもここまでまとめあげたのなら相当な時間と労力を費やしただろう。
「センチュリオンの役割や性質、そしてラタトスクの力……次元境界とラタトスクの関係性……よく研究してあるわ」
ラタトスクの資料はほとんど残っていない筈だが、この持ち主はよくここまで調べたものだ。
天使言語に古代大戦時の文献や、世界各地の気象データ。
資料のページ数は少ないが、かなり濃厚な研究資料だ。
この資料は一体誰が書き上げたのだろう。
ここにあったということは、地上の研究員のものだとうことは分かる。
誰かがアステルの後を継いで研究を続けていたのだろうか。
そう考えた所で、一人の人間が思い浮かんだ。
「まさか、リリーナ……?」
「リリーナって?」
あまり面識はないが、彼女ならアステルの研究を引き継いでいた可能性がある。
首を傾げるマルタ達に、アンジェラは資料を読みながら口を開いた。
「アステルと仲が良かった子よ。もしかしたら、彼女のものかもしれないわ」
「じゃあ届けてあげよう」
何のためらいもないエミルの笑みにそうね、と頷きながら心の中で溜息をつく。
リヒターがアステルを殺した、という噂はリリーナの耳にも入っているだろう。
アステルから彼女の話を聞いたことがあるが、地上の人間の中でもかなり仲が良かった方だと聞く。
それに、と目の前のエミルを見れば首を傾げられた。
彼女がエミルを見れば、きっと色々と聞かれることになるだろう。
面倒なことにならなければいいがと内心溜息をつきながら、アンジェラは資料に目を落とした。
「ほら、行くよ」
立ち止まっていると、すでに歩き始めたしいなに手招きされた。
折角資料を手に入れたなら、リリーナに渡す前に読んでしまいたい。
もしかしたら、リヒターの行動について何か手がかりが見つかるかもしれないのだから。
これくらいの資料なら、読むのにそう時間はかからないだろう。
「分かってるわ。すぐに読み終わるから、戦闘はお願い」
「そんなこと言って、ここは薄暗いから転んでも知らないよ」
からかわれているのだろうか。
鼻で笑うしいなにアンジェラは顔を上げ、にっこりと笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。私、落とし穴には落ちたことないもの」
「……あんたねぇ!」
「お、落ち着いてしいな!」
「そ、そうだよ!何か情報が得られるかもしれないし!」
静かに拳を握りしめたしいなにマルタとエミルが止めに入る。
やはり彼女をからかうのは面白い。
アンジェラは小さく笑って、研究資料に目を走らせた。
この辺りの魔物なら、マルタ達に任せておけば大丈夫だろう。
耳を澄ませながら資料をめくり、頭の中に叩き込んでいく。
殆どが見知ったデータばかりだが、もしかしたら何か見つかるかもしれない。
奥に進めば、雷鳴が強くなっていく。
それだけマナが集まりやすい場所なのだろうか。
しいなの話によると、この奥がヴォルトが封印されていた祭壇があるらしい。
顔を上げて辺りを見渡していると雷鳴に交じり、人の足音も聞こえてきた。
研究員か、ヴァンガードか。
誰もが武器にそっと手を添えて警戒する中、駈け込んできたのは白衣を着た二人組。
警戒心むき出しのこちらに気づいた二人組は、乱れた息を大きく飲み込んだ。
「……お、お前らもヴァンガードか!?」
「ち、違います!僕達は王立研究院の許可をもらってここに来ました」
両手を上げたエミルが戦う意思がないことを示し、アンジェラも変形させていたボウガンを後ろに隠しつつ、ガントレットに戻した。
研究員達も安堵の息を零したが、その表情は険しい。
青髪の研究員は背後を見、忌々しげに顔をしかめた。
「だったらあんた達も早くここから逃げるんだな。ヴァンガードがいきなり来て、誰彼かまわず殺そうとしてるんだ」
ヴァンガードらしいやり方だと、心の中で皮肉を言う。
そっと目を細め、アンジェラは奥へと続く通路に目を向けた。
「まだ中に人がいるの?」
「追い抜かれてないから、奥で研究してた奴らはまだ中にいると思う」
この混乱の中、避難誘導もままならないのだろう。
元々、ここに配置された騎士も入口の封鎖だけの任務と考えれば、手練れの騎士がいるとは考え辛い。
それに対し、ヴァンガードは今や戦闘集団と言っても過言ではない。
地の利はあるかもしれないが、ヴァンガードの方が有利だろう。
「……止めなきゃ!」
「うん、行こう!」
「ちょっとお待ちよ!ほら、例の資料を渡した方がいいんじゃないのかい」
駆け出したエミル達を止め、しいなが振り返る。
「資料?」
「ラタトスクに関する研究資料よ」
アンジェラが持っていた資料を手渡せば、二人とも首を傾げた。
やはり彼らのものではないのだろう。
二人は資料をぱらぱらとめくり、アンジェラに返した。
「これはリリーナが落としたと言っていたやつじゃないのか?」
やはり、と心臓が嫌な音を立てる。
この分では他の研究員に渡すのではなく、本人に直接返すということになりそうだ。
出来れば会いたくなかったが、今更逃げるわけにもいかないだろう。
彼女にもアステルが生きていることを報告するいい機会だと考えればいい。
そう密かに覚悟を決めて、アンジェラは静かに息を吐き出した。
「そのリリーナさんは?」
「俺たちよりもっと奥で調査していたんだ。無事だといいんだが……」
そう、とだけ返して研究資料を握りしめる。
何人のヴァンガードがいるか分らないが、戦う術のない彼女の生存率は極めて低い。
リリーナは今も無事でいるだろうか。
「エミル、行こう!」
「うん。リリーナさんは僕らが助けます。皆さんは逃げて下さい」
マルタとエミルが駆け出し、
「できれば王立軍の出動を要請してくれ」
しいなもすぐに追い、アンジェラも続いて最後にリーガルが二人の研究員に声をかける。
襲撃しているヴァンガードの規模が分からない以上、応援を呼ぶに越したことはない。
「わかった!あんたたちが持ってる資料は、リリーナに渡してやってくれ。血眼になって探してたから」
「はい!」
研究員達の言葉に振り返りつつエミルが手を振る。
祭壇の間はまだまだ遠いらしい。
ここから先は、いつでも戦えるようにしておいた方がいいだろう。
アンジェラはガントレットをボウガンに変形させ、おいて行かれないように全力で走った。
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