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「#幼馴染」のBL小説を読む
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6-05:While.―もっと近く、もっと傍に―

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 言葉通り、リヒターはサイバックの近くまで送ってくれた。
街の中に入らなかったのは、マルタ達のことを配慮したからだろう。
何も言えずに夜の闇に溶けていくその背中を見送り、アンジェラ達はサイバックに向かった。
この街に宿は一軒しかない。
 アンジェラの予想通り、宿に入ればロービーのソファにいたマルタが立ち上がって駆け寄ってきた。

「エミル、アンジェラ!待ってたよ……!」

「ごめん、マルタ。それにリーガルさんとしいなも……」

その勢いにたじろきながらも、エミルはぐるりと一同を見渡した。
無事なことに安心したのだろう。
安堵の息を零したしいなが優しく微笑んだ後、そっと表情を引き締めた。

「何があったんだい?」

大きな収穫があったわけじゃないが、何も話さないわけにはいかないだろう。
 エミルが話し始めれば、誰となくソファに腰を下ろした。
気を遣ってくれたのかマルタが食堂に走ったかと思うとお盆に乗せて運んできたのは紅茶。
長い話にはならないが、ずっと歩きっぱなしで疲れているのは確か。
 お茶を口に運びつつリヒターとのことを話し終わると、マルタが首を傾げた。

「……それじゃ、結局ラタトスクとは関係ないんじゃないの?」

「そうでしょうか……。私にはそうは思えません」

楽観的にも思えるマルタの言葉に、テネブラエが眉間に皺を寄せればエミルが俯いた。

「リヒターさんの大切なものって、なんだろう……」

「アンジェラは心当たりがないのか?」

「アステルだとは思うけど、本人は違うと言っていたわね」

リーガルの問いにアンジェラは大きく息を吐き出す。
リヒターにとってアステルは唯一無二の親友。
その彼の為ならなんでもするだろうが、何かが足りないような気がしてならない。

「アステルを目覚めさせるために必要なものをノートンから受け取る約束をしているっていうのが一番それらしい理由だけれど……何かがひっかかるのよね」

首を傾げるマルタにアンジェラは紅茶を口に運んだ。
少し冷めてきたが、やはりマルタの入れる紅茶はおいしい。
 深海文書はノートンが売りさばいたようだが、神子の輝石はノートンも知らないようだった。
輝石を宿したアステルを目覚めさせるために、神子の輝石を調べるつもりなのだろうか。
だが気になるのはこれだけではない。

「それに、魔界の力を借りていることも気になるわ」

「魔界の力だって!?どうして……」

「ミトスもそう言っていたから、間違いないと思うわ」

 息をのみ立ち上がるしいなをアンジェラは見上げた。
アンジェラには魔界の力についてはよく分らないが、実際に魔界の者と戦ったことのあるミトスの話なら信憑性は高い。

「魔界の力を借りてラタトスクに復讐し、何らかの方法でアステルを目覚めさせる……そう考えることが妥当かしら」

推測でしかないが、リヒターが力を求めた理由ならなんとなくわかる。
頭の中の言葉をまとめながら、アンジェラは言葉を続けた。

「魔族にとって、扉の守護者であるラタトスクは邪魔な存在でしかないわ。利害が一致したのでしょうね」

「でも、ラタトスクを殺せば魔界の扉が開くんだろう?そうしたら、大切な人たちが危険な目にあうじゃないか!」

大きな声が、宿屋のロビーに響く。
他の客に迷惑になると思ったのだろう。
リーガルになだめられ、しいなはソファーに腰を落とした。
アステルの為なら、リヒターはラタトスクを消せる。
だがそんなことをアステルは望まないと分かっている筈だ。
いや、分かっていて欲しい。

「だったら、アステルと自分の身の安全は保障された契約なのかしらね」

 分かりそうで分らないもどかしい状況に、アンジェラは大きく息を吐き出した。
リヒターは何を考えてるのだろう。
もう何も分らない。

「ラタトスクなしで扉を封じることは出来るのか?」

「不可能です。ラタトスク様を守護者とすることがこの世界の理ですから」

リーガルの言葉にテネブラエが首を横に振る。
世界の理など簡単に変えられるものではない。
リヒターがラタトスクを恨んでいても、ラタトスクが残虐非道な精霊でも、この世界の平和を守るためには必要なのだ。
あの時もそう思ったから、アンジェラもリヒターを止めようとした。
そっと胸の古傷を撫でて唇をかむ。
あの時ラタトスクを庇わなければ、と考えが過ってアンジェラは目を瞑った。
もしも、なんて過去のことを考えていても状況は変わらない。
大切なのは、今目の前で起きていることと向き合うことだ。

「分らない男だね。リヒターって奴は」

 沈黙を破ったのは、苛立たしげなしいなの声だった。
何も分らない状況が嫌なのは誰もが同じ。
リーガルも長い息を吐き出した。

「……そうだな。しかし事情がどうであれ、我らは出来ることをするしかない」

リーガルの言う通り、分らないことをいつまでも考えているわけにはいかない。
こうしている間にもコアがヴァンガードに奪われるかもしれないのだ。

「……そうですね。すみません。回り道をしてしまって」

「そんなことないよ。でも次からは、私に隠し事しないでね」

項垂れるエミルにマルタが首を横に振る。
優しい笑みに安心したのだろう、顔を上げたエミルは笑みを浮かべて頷いた。

「……うん。マルタ、ごめんね」

「そちらは何か分かったの?」

 情報を集めていたのはアンジェラ達だけではない。
ミズホの民なら何か情報を得られたのではと思ったが、目をそらしたしいなを見る限りあまりいい結果は得られそうになさそうだ。
頭をかいたしいなはごめんよ、と申し訳なさそうに眉を寄せた。

「それがまだなんだよ。うまく隠してるみたいでね。もう少し時間もらってもいいかい?」

「ええ、勿論よ。お願い」

やはりミズホの民とはいえ、そう簡単に情報は得られないのだろう。
まだ全面対決までは時間がある。
せめてそれまでには分かればいいと、アンジェラはにっこり笑って紅茶を飲みほした――――




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