6-05:While.―もっと近く、もっと傍に―
2/7
ヴァンガードも完全に岬の砦から撤退したのだろう。
辺りに人の気配はなく、リヒター達の姿を探してアンジェラ達は奥へと進んだ。
リヒター達はもっと奥にいるのだろうか。
ここの構造を考えると、すれ違ったとは考えにくい。
壁の明りを灯しながら薄暗い階段を下りていくと、前方に小さな灯りが見えた。
「もっと奥か……」
あの声はリヒターに間違いない。
エミルが声をかけようと口を開いたとき、アクアが勢いよく振り返った。
「リヒターさま!誰か来ます!」
武器に手を添えながら振り向いたリヒターの目が、大きく見開かれる。
こんな所で会うと思わなかったのだろう。
目が合って微笑めば、リヒターは眉間に皺を寄せた。
「……アンジェラ、エミル……」
「リヒターさん!あの……」
「帰れ」
エミルが声をかければ、リヒターは背を向けた。
アステルと同じ顔をした彼を見たくないのだろうか。
これ以上彼と関わりたくないのだろうか。
何も語ろうとしないリヒターの背をエミルが射抜くように見つめた。
「……これも、ラタトスクに関係していることなんですよね」
「お前に話すことはない」
「ついていきます!」
強気のエミルに、リヒターが顔だけをこちらに向ける。
だがその眼にエミルを映すと、眉間に深い皺を刻んだ。
「邪魔だ」
リヒターが睨みを聞かせても、エミルは視線を逸らさない。
シノア湖で出会った頃のエミルなら、睨まれただけで怯えただろう。
だが、今のエミルは違う。
あの日リヒターにもらった言葉をお守りにして、一歩前に踏み出せるようになった。
自分の意志を主張出来るようになった。
ここにいる彼は、もう臆病なだけの少年ではない。
「……僕はもう、自分の殻には閉じこもりません」
まっすぐな眼差しにリヒターが僅かに顔を歪ませる。
これも以前、リヒターがエミルに贈った言葉。
それでも悟られないように眼鏡を押し上げたリヒターの隣でアクアが前に出た。
「……アンタ、自分のことを何も知らないから、そんなことが言えるのよ!」
アクアの言うことは間違っていない。
ここにいる彼は、自分のことを何も分かっていない。
全てを知ったとき、彼はどのような選択をするのだろう。
何も知らないエミルは、静かに拳を握りしめた。
「僕がアステルさんに似てるってことですか?」
「黙れ!」
エミルの言葉に、リヒターが怒声を上げてこちらに振り返る。
流石のエミルもこれには目を丸くしたが、謝る気配はない。
しんと静まり返る砦に、リヒターは再びエミルに背を向けた。
「……どうしてもついてくるなら、もう口を開くな」
「だ、だけど」
「いいな!」
言いかけたエミルを睨みつけ、前を向いたリヒターは足早に歩き出した。
やはりアステルと同じ顔のエミルを傷つけたくないのだろう。
アンジェラは俯き気味のエミルの肩をそっと叩いた。
「良かったわね、追い出されなくて」
「でも……」
エミルはリヒターに認めてもらいたいと思い、そしてマルタを危険に晒すような真似は止めてもらいたいと考えている。
自分の恩人であるリヒターが手を汚すことを、心優しいエミルは望んでいない。
「少し様子を見ましょう?」
ね、と微笑んで優しく背を押す。
あのリヒターが敵であるアンジェラ達と行動を共にするということ自体、奇跡のようなことなのだ。
だから、多くを望まなければいい。
リヒターの目的を探りたいとは思うが、ただ傍にいることだけでもアンジェラは幸せなのだから。
.
- 365 -
[*前] | [次#]
ページ: