×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
6-04:Conceal.―偽りの過去、失った過去―

4/6


 外に出ると前を歩いていたリーガルが足を止め、近くの物陰に皆を手招きした。
ヴァンガードでもいたのだろうか。
全員が隠れた所で、ちらりと物陰から前を見れば資料館前に見慣れた姿があった。

「……どうやらホークが部下に岬の砦へ運ばせたらしい。取りに行ってくる」

「頼むよ、リヒター。お前だけが頼りだ」

 踵を返したリヒターに、赤茶髪の男が声をかける。
まさか彼が、以前アクアが話していたノートンという男だろうか。
だとしたらホークが運ばせたというのは、ファイドラが言っていた深海文書のことかもしれない。
彼がリヒターに深海文書を探せているらしいが、リヒターは何故あの人間の為に動いているのだろう。
耳をすませていると、リヒターが振り返った。

「これに懲りて馬鹿な真似はやめるんだな」

 リヒターの鋭い視線にノートンがびくりと肩を震わせ、眼鏡を押し上げて視線を逸らす。
あの様子を見る限り、リヒターが厚意でノートンを助けているわけではないらしい。
しかもノートンの方にも非があると見える。
王立研究院の研究員もプライドが高いが、この学術資料館の人間もプライドが高いはずだ。
その人間が、ハーフエルフであるリヒターに頼みごとをしている。
これには裏があるに違いない。

「今のは、リヒターさん……?」

「あいつも雷の神殿へ行くつもりかな……」

 エミルの呟きにマルタが首を傾げる。
が、二人とも自分の言葉に納得してないのだろう。
唸るようにテネブラエが首を傾げた。

「私には岬の砦がどうとか言っているように聞こえましたが……」

「だったら彼に話を聞いてみましょう」

もうリヒターはこの場にはいない。
話なら直接あの男に聞けばいい。
 後ろからマルタ達の声が聞こえたが聞こえないふりをして、アンジェラは白衣の男に声をかけた。

「こんにちは。ノートンさん」

「君は……」

声をかければ、男は怪訝そうに眉をひそめた。
だが彼がノートンで間違いないのだろう。
さりげなく情報を聞き出そうと、アンジェラは微笑みを浮かべた。

「リヒターの知り合いよ。深海文書の話は聞いてるわ。大変ね」

「あ、あいつ話したのか!?」

「あれは私の専門分野ですもの。大丈夫よ。例の件は誰にも話してないわ」

人差し指を口元にあて、そっと目を細める。
マルタ達はリーガルが止めてくれているのだろう。
辺りに誰もいないか確認したノートンは、アンジェラとの距離を詰めた。

「本当だろうな?」

誰にも聞かれたくない話なのだろう。
近すぎる距離に内心舌打ちをしながらもアンジェラは頷いた。

「そちらこそ大丈夫なの?」

「な、何がだよ……」

何が、を聞きたいのはこちらの台詞だ。
学術資料館の人間は、テセアラの中でも優秀な人間。
問題を起こしている時点であまり優秀ではないかもしれないが、それでも資料館の人間であることに変わりない。
アンジェラは慎重に言葉を選びながら笑みを深めた。

「色々と。このことがバレたら、貴方は……」

「う、うるさい!仕方ないだろう!あれを売らなきゃ、借金が埋まらなかったんだ」

「分かってるわよ。貴方も大変だって。でもこちらも大変なの。お礼はきっちりして貰えるのよね?」

どうやら借金のかたに貴重な資料か何かを売りとばしてしまったらしい。
研究費の為に借金を背負ったのか、ギャンブルで借金を背負ったのか。
出来れば前者であって欲しいが、資料館の人間が借金を背負ってまで研究するとは思えない。
残念ながら後者だろう。
 内心溜息を付きながらも笑みを浮かべて見つめていると、ノートンが頷いた。

「もちろんだ。あれも苦労してエルフから奪ったんだ。あんた達も絶対に深海文書を取り返してくれよ」

エルフから、とはどういうことだろう。
この調子ならもう少し聞き出せそうだ。

「そうね。輝石のこともあるし」

「輝石?」

ノートンが訝しげな表情に変わる。
リヒターが輝石を集めようとしているのもノートン絡みかと思ったが、この反応を見ると違うらしい。
疑いの眼差しに変わるのを感じながら思考を巡らせていたその時、ここの人間らしい者が何人か資料館へ入っていった。
やはり話を聞かれたくないのだろう。
ノートンは彼らに顔を背けるように踵を返した。

「じゃあな!」

もう少し話を聞きたいところだが、あまり探りを入れると怪しまれるかもしれない。
 適当に挨拶をして学術資料館に背を向けて歩き出せば、一部始終を見守っていたマルタ達が駆け寄ってきた。

「どうだったの?」

やはり気になるのだろう。
アンジェラはちらりと学術資料館の方へ視線を走らせ、怪しい影がないのを確認するとマルタに視線を戻した。

「リヒターは彼と取引をしてるみたいね。あのノートンという男、借金のかたにここの貴重な資料を売り飛ばしたらしいの」

「そんなことしていいの?」

「もちろん、よくないわよ。ばれたら即懲戒免職。テセアラにはいられなくなるわ」

不安げなエミルに肩を竦めて笑えば、エミルは苦笑した。
ここの学術資料館には貴重な資料が山ほどある。
それゆえに基本的に持ち出しは禁止とされているものを売りとばしたとなれば、ノートンはただではすまない。
探そうにも、誰かに相談が出来るわけがない。
そこで王立研究院の元研究員であり、後々足がつかないリヒターに頼んだのだろう。
もしくは、リヒターがノートンの持つ何かに目をつけ、交換条件として深海文書を探しているのか。
どちらにしろ、彼の行動には何か理由があるはずだ。

「それで、リヒターの目的は分かったのか?」

「リヒターは深海文書と引き換えに、ノートンがエルフから奪ったものを貰う約束らしいわ」

「エルフから奪ったって、何をだい?」

 リーガルとしいなの視線に、アンジェラは小さくため息をついた。
知りたいのはそこなのだ。
だが世の中そう簡単にはいかない。
肝心なことは分らず、アンジェラは肩をすくめた。

「さあ。エルフの里には貴重なものが沢山あるもの。恐らくはラタトスクに関するものでしょうけど、数が膨大過ぎて絞り切れないわ」

リヒターの一番の目的は、ラタトスクを殺すこと。
その為に必要なものだろうが、一体何なのか分らない。
あの日、リヒターはラタトスクをコア化するまでは追い込んだが、コアを破壊することは出来なかった。
センチュリオンコアもそうだ。
なら、リヒターの目的はコアを破壊するための道具だろうか。
だとしたらマナの変換を効率よくする為のものか、もしくは……

「リヒターさんを追いかけようか?」

 考えていると、エミルがまっすぐこちらを見ていた。
確かにここで考えているよりは情報が手に入りやすいだろうが、エミルを連れていくのはどうだろう。
リヒターがもしラタトスクが誰なのか分かっていたとしたら、彼が殺される可能性がある。
答えが出せず口を噤んでいると、しいなが眉をひそめた。

「神殿が先じゃないかい?コアのこともあるし、リリーナさんもいるしさ」

「うむ……リヒターに話を聞きたい所ではあるが、迂闊に近づくのは好ましくないだろう」

しいなとリーガルの言葉は正しい。
神殿に安置されているコアは雷のセンチュリオン、トニトルスが最後だ。
ソルムはデクス、ルーメンはロイドが持ち、アクアはリヒターが従えている。
直接対決になる前に、なんとしてもトニトルスのコアだけは入手しておきたい。

「……うん……でも……」

「いいから!早く行こう」

俯いて頷かないエミルに、マルタが腕を引っ張って歩き出そうとしたがエミルは動かない。
やはりリヒターのことが気になるのだろう。
 ややあって顔を上げたエミルは、まっすぐマルタを見つめた。

「……僕が一人で行く。マルタはリーガルさん達とここで待ってて」

「エミル!そいつは危険だよ」

強い口調のしいなに、エミルが僅かに俯く。
しいな達からすれば敵であるリヒターに一人で会いに行くなんて、考えられないのだろう。
だがエミルは今まで何度もリヒターと行動を共にしている。
ラタトスクならリヒターを放っておいて神殿へ向かうだろうが、エミルはリヒターを敵でありながら信頼している。
 しいな達の咎めるような視線を浴びながらも、顔を上げたエミルは意を決したようにアンジェラを見た。
この眼は、今までの事をすべて話すつもりなのだろう。
アンジェラが何も言わずに小さく頷くと、エミルはぐるりと一同を見渡した。

「……僕……。隠してたけど、今までも何度かリヒターさんに会ってたんだ」

「エミル!?」

「エミル一人じゃないわ。私も一緒だったの」

驚きの声を上げるマルタに、アンジェラも小さく手を上げて微笑んだ。
このままではエミルだけが責められてしまう。
マルタもしいなも驚いた顔をしていたが、リーガルは薄々勘付いていたのだろうか。
特に驚く様子もなく、静かに耳を傾けている。

「僕、どうしても知りたいことがあって……それがラタトスクを殺そうとしていることに関係してるみたいだったから……」

エミルにとって、リヒターは恩人と言っても過言ではない。
だからこそ、リヒターの目的を知って止めたかったのだろう。
エミルは不安げなマルタ達を見つめて言葉を続けた。

「リヒターさんは、僕達に無理矢理戦いを仕掛けたりしてこないよ。お願い!」

必死の訴えに、マルタ達は顔を見合わせた。
理由は分かるだろうが、そう簡単に頷ける問題でもない。

「リヒターの動向は気になる部分です。私が全力でエミルを守ります」

 沈黙を破ったのは、エミルの隣に姿を現したテネブラエだった。
テネブラエが賛成してくれるのは少々意外だが、これはテネブラエなりに考えて出した結論なのだろう。
目の届かない場所で何かされるより、多少の危険を冒してでもその目的を見定めたい。
確固たる意志を秘めたセンチュリオンの目に、アンジェラはそっと息を零した。

「私も行くわ。リヒターが何を考えているか分らないけれど、私達にとって不都合なことは確かよ。何か企んでいるなら阻止しないと」

ここまで来て、知らないふりを出来るわけがない。
離れた場所で考えても分らないなら、本人から直接聞き出すしかない。
そう簡単に話してくれないだろうが、何もしないよりはましだろう。
 俯き気味なマルタに向かって微笑めば、長い長い息を吐き出した。

「……みんな、無事に帰ってきてくれる?」

「うん」

優しく頷くエミルに、マルタの視線が上がってくる。

「ちゃんと帰ってきたら、今までのことを説明するって約束してくれる?」

「うん。約束する」

「ええ、大丈夫よ」

不安げな視線に頷いて、にっこりと笑みを浮かべる。
やはり敵であるリヒターの所に行くのが不安なのだろう。
アンジェラ達の答えに、マルタはゆっくりと頷いた。

「……OK。信じて待ってる。その後で内緒にしてたことはちゃんと怒るからね」

「マルタ……ごめん」

「ううん。気を付けてね」

申し訳なさそうなエミルに、マルタが首を横に振る。
少し寂しげだが、さすがにマルタを連れていくのは危険だろう。
話がまとまった所で踵を返そうとすれば、しいながだったら、と口を開いた。

「待ってる間、こっちでノートンの身辺調査するかい?」

思ってもいなかった申し出に、息を飲みながらもアンジェラは思考を巡らせた。
ミズホの情報収集能力なら、何か情報が手に入るかもしれない。
流石にヴァンガードには潜入できないが、学術資料館に忍び込むくらいなら出来るだろう。

「そうね……出来ればノートンに悟られずに出来るかしら」

「当たり前だろ。あたし達を誰だと思ってるんだい?」

誇らしげに胸をはるしいなの姿はどこか子供っぽい。
それでも彼女は隠密集団、ミズホの民の頭領。
その技量も、今のアンジェラならよく分かる。

「じゃあ、お願いね」

本当に頼もしい味方がついてくれたものだ。
この力を使わない手はない。
アンジェラの言葉にしいなは嬉しそうに頷いた――――




.

- 361 -


[*前] | [次#]
ページ: