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6-04:Conceal.―偽りの過去、失った過去―

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 何か噂になっているのか、王立研究院の中は少しざわめいていた。
レザレノ・カンパニーの会長、そして殺されていたと噂されていたアステル・レイターそっくりな少年エミル。
向けられる視線に気づかないふりをして、アンジェラ達は階段を上って一番奥、シュナイダーの部屋を訪れた。

「お待たせしてすみませんでした。雷の神殿に入りたいとか…」

書類を机の端に片づけて、シュナイダーが立ち上がる。
そしてぐるりと一同を見渡した所で、彼と目があった。

「君は……アンジェラか?」

「お久しぶりです」

 知っていたのか、と驚きながらも軽く挨拶をする。
ここの院長はハーフエルフである研究員の顔など知らないと思っていたが、何故知っているのだろう。
やはりアステルの関係者、ということで顔を覚えられているのだろうか。
だとしたら、やはり無駄な騒ぎを起こさない為にも退室した方がいいかもしれない。
心の中でそう決めていると、シュナイダーは良かったと安堵の息を零した。

「そうか、無事だったのか。では、アステルも無事なのか?」

その朗らかな表情に、思わず拍子抜けしてしまう。
てっきり何か嫌味でも言われるかと思ったが、シュナイダーはにこにこと笑みを浮かべているだけ。
部屋を追い出されることはなさそうだが、と言葉を選びながら口を開いた。

「彼も生きています。今は、訳あってこちらに赴くことは出来ませんが……」

ヴァンガードの本部にいる、なんて言えば動揺させてしまう。
信じてくれるとは思わないが、何か言っておいた方がいいだろう。
 言葉を濁せば、シュナイダーは考え込むように俯いた。

「では何故リヒターはあんなことを……」

「彼が何か言いましたか?」

シュナイダーはここの責任者。
事件のあらましも耳に入っている可能性が高いだろう。
顔を上げたシュナイダーはゆるりと首を横に振った。

「アンジェラもアステルも死んだ、と」

意外な言葉に、思わず息をのむ。
アステルのことを考えれば、死んだと報告した方が安全だという考えも分かる。
クルシスの輝石を宿しながらも拒絶反応のないアステルは、ここの人間にとっては格好の研究材料になる。
だが、アンジェラが生きていることは隠しても調べればすぐに分かってしまうのに、何故リヒターはそんな嘘をついたのだろう。

「じゃあ殺したって言ったわけじゃないんですね?」

「リヒターも多くを話さなかったからな。状況からそう判断した者が多かったようだ。証拠も何もない」

考え込むアンジェラの前で、確認したのはエミルだった。
やはりリヒターの無実を証明したいのだろう。
安堵の息を零し、不安要素を消したエミルは表情を引き締めてから口を開いた。

「あの、僕達、センチュリオン・コアを探すためにどうしても雷の神殿へ行かなきゃいけないんです」

「まさか、君もラタトスクについて調べているのかい?」

目を丸くするシュナイダーにエミルがしっかりと頷く。
知識を求め、真実を追求するその表情をシュナイダーはよく知っているはずだ。
エミルの真っ直ぐな眼差しに、シュナイダーは小さく息を零した。

「君は本当にアステルに似ているな……」

「でも、僕はアステルじゃありません」

シュナイダーの優しいまなざしに、エミルが申し訳なさそうに首を横に振る。
目を逸らすエミルに、シュナイダーは柔らかく頷いた。

「……分かっています。それでも、何か縁のようなものを感じますよ。許可証を出しますので、行ってみてください」

「本当にいいんですか?凄く大事そうに守っているみたいなのに」

あっさりと下りた許可にエミルが息をのむ。
もう少し手続きや色々なことを聞かれると思ったが、話が早くて助かる。
内心胸を撫でおろしていると、シュナイダーはもう許可証を発行してくれるのか、近くにあった棚から書類を取り出してサインを始めた。

「実は最近この辺りでは、落雷が頻発しているんです。その原因が雷の神殿のようなんですよ。しかも神殿内は一部次元境界が狂っていて……」

「次元境界?」

「……つまり、そう……この世界と別の世界が混じり合いそうになっているというか……」

一般人には難しい説明に、シュナイダーは言葉を詰まらせる。
何とか説明しようとしてくれているが、うまく言葉にならないのだろう。
シュナイダーはサインを終えた許可証をエミルに渡して苦笑した。

「まあ、一般の方には難しいと思いますので説明はやめておきましょう。とにかく危険なので、無理をなさらないでください」

賢明な判断だろう。
大事なのは次元境界の話ではない。
センチュリオン・コアがある可能性の高い雷の神殿へ行くことだ。

「よし、雷の神殿へ行こう」

「うん」

 エミルとマルタが頷きあい、踵を返す。
アンジェラも続いた所で、背後からシュナイダーの声が飛んできた。

「どうしても気になるようなら、アンジェラに聞いて下さい。彼女の方が私より詳しいはずですから」

朗らかに笑うシュナイダーに、背後を振り返る。
アンジェラのことは調べてあるのだろうか。
研究内容まで知っているとは、院長というものは侮れない。
軽く礼をして部屋を出た所で、マルタが首を傾げた。

「ねえ、結局のところ、次元境界って何?」

 説明しようと思えば説明できるが、マルタ達にそれが理解出来るのかが不安だ。
教養のあるリーガルなら理解してくれるだろうが、マルタ達は勉強が得意ではない。
それでも出来る限り簡単な言葉を並べてからアンジェラは口を開いた。

「世界と世界は、互いの世界に悪影響を及ぼさないように、理を境界線として線を引いているの。それが次元境界。滅多なことでは狂わないけれど、その世界の理を覆すようなこと、ある一定のエネルギーが収束・発生するような……」

だが段々とマルタとエミル、しいなの表情が険しくなっていく。
かなり噛み砕いて説明したつもりだが、これでもまだ分らないのだろうか。
まともに理解しているのはリーガルだけと見える。
敢えて気づかないふりをして話を終わらせるのもいいが、これから向かうのは次元境界が不安定な場所。
その危険性は知ってもらわなくては困る。
アンジェラは一度言葉を区切って言葉を組み直し、難しい言葉は全て省略する。
これならマルタ達も分かってくれるだろう。
そっと息を零して、アンジェラは再び口を開いた。

「つまり、異なる世界と世界が交わって悪影響が出ないよう、境界線を作って互いの世界を守るもの……それが次元境界なの。シルヴァラントとテセアラが二つに分かれていたのも、次元境界の一種よ」

ぐるりとマルタ達の顔を見渡せば大体は納得してくれたのだろう。
なんとなく相槌を打つマルタ達の隣でつまり、とリーガルが口を開いた。

「他にも世界があるってことか?」

「ええ。この世界にない物質などが確認されているからそう言われているけど、異世界をその眼で見た人はいないわね。次元境界に足を踏み入れた人がいるというデータはあるけれど、帰ってきた人はいないもの」

なるほど、とリーガルが顎に手を当てて頷いた。
彼は自分の中で情報を整理しているのだろう。

「じゃあ、その次元境界っていうのを越えちゃったら……」

「帰ってこれないでしょうね」

不安げなエミルににっこりと笑って頷く。

「き、気を付けるよ……」

エミルにとっては十分な脅しなのだろう。
視線を逸らすエミルの目は、怯えているように見えた。


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