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0-05:Selection.―滅ぼすか、滅ぼされるか―

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 ヴァンガードに戻るとすぐにアリス達とは別れた。
あとのことは自分達で出来る。
アンジェラ達が向かったのは物置小屋だ。
ここなら技術班の部屋からも近い上、人目につかずにすむ。

 「大人しくしていろよ」

脱出は諦めたのか、テネブラエは檻の中で丸くなっている。
あれだけの配下を一気に失ったのだ。
今は意識を保つのも難しいはず。

「それじゃあ、仕上げに入るわね」

言ってアンジェラが近くの装置を起動させれば檻は白い光に包まれた。
これがテネブラエの檻をここに置いた理由だ。

「!?」
 
「あなたの考えはお見通しよ。私達を油断させるつもりだったと思うけれど、おあいにく様」

息を呑むテネブラエにアンジェラはにっこりと笑顔を作る。
この光は檻の力を強化するものだ。
これで絶対にテネブラエは脱出できない。
おそらくテネブラエが大人しくしていたのは、隙を見てラタトスク・コアを奪い返すためだったのだろうがそうはさせない。

 「いい気味ね〜テネブラエ」

楽しそうにアクアが笑い、リヒターが踵を返す。

「行くぞ」

「先に行ってくれるかしら。もう少し様子を見てみるわ」

一緒に帰っても問題ないだろうが、もう少し装置の調子を見ておきたい。
アンジェラの言葉にリヒターは反論せず、そうかと言って物置小屋を出て行った。
残ったのは、アンジェラとテネブラエの二人だけ。

 「このままでは世界は滅亡します。もし分岐点があるとすれば、誰が滅ぼすかぐらいでしょうか」

二人になると、テネブラエが静かに口を開いた。
今更何を言うのだろう。
アンジェラは小さく笑いながらテネブラエを見下ろした。

「だってそうでしょう?ラタトスクが目覚めなければ世界はマナのバランスを欠いて滅ぶけれど、ラタトスクを復活させれば人は滅ぼされる。同じ滅びの道を歩むなら、この手で世界を滅ぼす道を選ぶわ。その方が面白いもの」

世界を滅ぼすなんて貴重な体験、そうそうできるものでもない。
少し前まで自分が世界を滅ぼすようになるとは思わなかったが、そうなってしまったのだから仕方がない。
いくらあがいたところで、もうこの世界は滅ぶしかない。
これは逃れられぬ運命なのだ。

「今のラタトスクさまでしたら、間違いなく人もエルフも、ハーフエルフも滅ぼすでしょうね。ですが、今ならまだもう一つ道を創ることができます」

「そんなこと不可能よ。この世界は必ず滅びるわ」

「不可能ではありません」

無視して装置の調子を見ていたアンジェラに、テネブラエがはっきりと告げる。
ラタトスクの命で世界を滅ぼそうとするセンチュリオンの言葉など、誰が信じるだろう。
横目で見れば、テネブラエはまっすぐこちらを見つめていた。

 「ラタトスク様に誓いを立てなさい」

テネブラエの口から放たれたのは信じられない言葉。
あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉。
センチュリオンでも追い込まれると思考回路が狂うのだろうか。
アンジェラは屈みこんで、冷たく笑った。

「私を利用しようなんて思っているなら無駄よ」

「これは貴女のためであり、世界のためです」

世界のため、そう聞くと浮かんだのはお人よしのアステルの笑顔。
何が世界のためだ。
世界の為に行動したアステルはその未来を奪われた。
アステルだけではない。
世界の平和を願っていたリンネだって、その存在を消された。
骨一つ残すこともなく。
いや、その死さえ世界にもみ消された。
誰よりも世界の為にと行動した二人は、ラタトスクの手によって未来を奪われた。
そのラタトスクの配下であるセンチュリオンが何を言うのだろう。
こみ上げてくる怒りにアンジェラは手を握り締めた。

「何を言うの?奴が全て悪いのよ。奴がいなければ、私達はこんなことにならなかった!」

センチュリオンであるテネブラエにアンジェラを非難する資格なんてない。
非難するなんて許さない。
強く睨みつければ、テネブラエはそっと息を吐いた。

 「やはり、あなたは本心ではこの世界の滅亡を阻止したいと思っているのですね」

じっと見つめるテネブラエにアンジェラは更に拳を握る。
本心がどうかなんて関係ない。
この世界は滅び行く世界なのだ。
アンジェラ達の意思など関係なく、この世界は必ず滅びる。
自分達に出来るのは滅びの方法を選ぶことだけだ。

「そう思っていたとしても、ラタトスクが世界を滅ぼそうとする限りどうあがいても滅亡は逃れられないわ」

「いいえ。ラタトスク様が人を生かすべき存在とお考えになれば、世界は滅亡せずに人々も生き残ります」

テネブラエの言うことはただの綺麗事だ。
あの日、アンジェラ達はラタトスクの残忍さを骨の髄まで感じた。
ラタトスクは人を虫けらのように扱う。
あの日を思い出せば、ラタトスクに刻まれた古傷がずきりと痛んだ気がして、アンジェラは胸元の傷を服の上から強く握り締めた。

「そう簡単にラタトスクが考えを改めるわけがないわ」

「貴女が改めさせるのです。あなたが忠実なラタトスクさまの騎士となり、守り、ハーフエルフも人間もエルフもこの世界に必要だと、ラタトスクさまに感じて頂くために」

「そんな事出来るわけないわ。あのラタトスクがそんな甘いわけがない」

ようはラタトスクを懐柔させろということだろうがそんな事は不可能に決まっている。
あのラタトスクが、人をゴミのように扱うラタトスクが、人を救うために力を使うなんて考えられない。
アンジェラがはっきりと答えれば、テネブラエは大きく息をはいた。

「貴女はただの臆病者だ。当事者である貴女はもう傍観者になどなれはしないのに、傍観者になろうとしている。自ら手を下すのが怖くて目を逸らし、逃げているだけです」

「なんとでも言えばいいわ」

センチュリオンなんかに何を言われてもどうでもいい。
アンジェラの目的は、ラタトスクを殺してリヒターに願いを叶えさせること。
リヒターから二人を奪い、彼を変えてしまったラタトスクに復讐すること。
アステルとリンネから未来を奪ったラタトスクに復讐すること。
その為なら誰に何を言われてもかまわない。
装置の最終整備を手早く終えたアンジェラは、立ち上がって物置小屋のドアノブに手をかけた。

 「逃げるのですか?この世界の人々を見殺しにして、世界を滅ぼすのですか?」

テネブラエはかなり必死だ。
それもそうだろう。
主人であるラタトスクの命がかかっているのだから。
だがこんな必死のテネブラエを見るのも面白い。

「優しい人だったらそんなことさせないって奮起するでしょうけど……」

そこで一旦言葉を切り、アンジェラは振り返った。

「ごめんなさい。私、優しくないの」

口元に浮かぶのは笑み。
自嘲的な笑みか、優越感か、そのどちらかは分からない。
いつも笑みを作っていたからだろうか。
本当の笑い方なんて、この頃はうやむやになってしまって分からない。

「こんな世界なんてどうでもいい。私は、あの人が思いを果たせればそれでいいのよ」

アンジェラの願いはただ一つだけ。
その願いが果たされるならこの世界なんてどうでもいい。
元々、この世界に特別な思い入れなんてなかった。
アンジェラにとっての世界はリヒターとアステルと共に過ごしたあの研究室であり、彼らのいた空間なのだから。
だがその世界は既にこの世には存在しない。
アンジェラの世界はもうあの日に滅んでしまったのだ。

「あのリヒターという男も見殺しですか」

「あの人は死なせないわ。私が守るもの。私より先に死なせないわ」

ゆっくりと首を横に振ると、アンジェラは物置小屋を出た。
この世界が滅びる世界だとしても、彼は守ってみせる。
彼が復讐を果たし、やすらかな最期を迎えるまで。
そっと息を零して、アンジェラは自室へと向かう。
空は赤く染まり、微かに夜の気配が漂っていた――――










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