0-05:Selection.―滅ぼすか、滅ぼされるか―
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最深部は完全な闇に閉ざされていた。
ブルーキャンドルがなければここまで進むことも出来なかっただろう。
暗闇の中にうっすらと見えるのは祭壇。
それ以外には何もない。
魔物が待ち構えていると思ったが、今はまだその気配はない。
この静けさがかえってこの場の異常さを浮き彫りにしている。
「アクア」
「テネブラエはここにいるわ」
アンジェラが呼べば暗闇の中でも彼女の声はしっかり聞こえた。
一見何もないように見えるが、ここは闇のマナで満ちている。
これほど濃厚なマナの中なら必ずテネブラエはいるはずだ。
「こんな所で何をするんだ?」
「必要なものがある。ただそれだけだ」
デクスの質問にリヒターは答えているようで答えていない。
センチュリオンやラタトスクと言っても彼は理解できないだろう。
だが不思議なのはアリスが何も訊ねてこないことだ。
彼女の性格上、何の理由も告げられずこんな所まで来てくれるわけがない。
アリスにはリヒターが事情を話したのだろうか。
「だからそれは」
しびれをきらしたデクスが再び口を開いたその時。
「来るわよ!」
暗闇から突如現れたのは棺を背負った魔物コフィンマスターや、蝙蝠のような羽を持った獅子、マンティコアなど闇属性の魔物達。
全てテネブラエが使役しているのだろう。
暗闇から次から次に魔物たちが溢れ出してくる。
「な、なんだよこいつら!!」
「彼らなりに歓迎してくれているのよ」
「え?これって歓迎され」
「そんなわけないでしょバカデクス!」
アンジェラの冗談を本気にしたデクスに、アリスの叱咤が飛ぶ。
こんな状況でも随分と余裕らしい。
頼もしい二人にそっと笑みを零してアンジェラは詠唱を開始した。
「追随せよ、清冽たる氷槍――フリーズランサー!」
アンジェラの手元から放たれた六連の氷の槍が鋭く魔物を貫く。
開いた場所からデクスが大剣で斬りこみ、アリスの魔術が発動する。
「狂乱せし地霊の宴よ――ロックブレイク!」
地面が揺れ、割れた床から生まれた鋭利な隆起が魔物を襲う。
これで何体か減らせたが、倒しても倒しても魔物は次から次へわいてくる。
おそらく長期戦に持ち込んでこちらの力を削ぐつもりなのだろう。
「予想以上に多いわね」
「ああ、だがそれだけ邪魔をされたくないということだろう」
危機的状況に思わず笑えば、隣で自分自身にシャープネスを唱えたリヒターが頷いた。
相変わらずテネブラエの姿は目視できないが、ここまでするのは彼がそれだけ本気だということ。
配下の魔物が倒れれば、センチュリオンも力を削がれる。
こうして魔物を倒し続ければいずれ姿を現さざるをえなくなるはずだ。
「アンジェラ、無理をするな」
「ありがとう。貴方もね」
前に駆け出したリヒターを見送ってアンジェラは次の詠唱に入る。
大丈夫、あの時から研究の傍ら魔術も磨いてきた。
あの時とは違う。
もう下級魔術しか使えないアンジェラではない。
「貫け、烈々たる炎の神槍――フレイムランス!」
上方から現れた炎の槍が魔物めがけて突き刺さり、爆発が起きる。
その爆風に呑まれて巻上げられた魔物を、リヒターとデクスが容赦なく切り刻む。
一見に減っているように見えないが、確実に魔物の数は減ってきている。
テネブラエの力も弱まっているはずだ。
「愚かですね。ここは私の支配下と言っても過言ではない。それを知らぬわけではないでしょう?」
やがて闇の中からテネブラエが静かに姿を現した。
浮遊するテネブラエには余裕の笑みが浮かんでいるが、もう姿を消すだけの力もなくなってきたのだろうか。
「センチュリオンはアンタだけじゃないのよ」
言ってアンジェラの背後から姿を現したアクアは鋭くテネブラエを睨みつけ、腕を振り上げた。
それと同時に現れたのは、水属性の魔物達。
アクアが魔物を呼んだのが意外だったのだろうか。
目を微かに見開いたテネブラエだがこれもある程度予想していたのか、そっと息を吐くとじっとアクアを見つめた。
「貴女も力を取り戻したようですね」
「陰険テネブラエ!さっさとラタトスク様のコアをリヒター様に渡しなさい」
「何を馬鹿なことを。それがラタトスク様に仕えるセンチュリオンの言葉ですか」
言って呆れた様に息を零したテネブラエだったが、その視線は鋭い。
その視線を受け止めるアクアもまた、鋭い目をしていた。
「ラタトスク様は間違ってるわ」
「ラタトスク様の命は絶対です」
同じセンチュリオンでありながら二人の意見は全く違う。
人を滅ぼそうとするラタトスクを悪とし、リヒターに付き従うアクア。
人を滅ぼそうとするラタトスクの忠実なる僕、テネブラエ。
「話しても無駄のようね」
決して相容れぬと分かっているのだろう。
実力行使だと言わんばかりにアクアは魔物の数を増やした。
二人の会話を聞きながら、アンジェラは魔術を放つ。
「手っ取り早く力でねじ伏せましょうか。飛べ、疾風の剣――エアブレイド!」
「やれるものならやってみなさい」
言ってテネブラエが吼えると、魔物達が彼を守るように現れた。
いや、違う。
気がつけば辺りはテネブラエの呼び出した魔物であふれ返っていた。
「次から次へと……!」
もう体力が限界に近いのか、デクスが肩で大きく息をしている。
だが力が尽きかけているのはテネブラエも同じはず。
この数の配下を一気に失えば、かなりの力を削げるはずだ。
「アリス、今よ」
「分かってるわよ」
アンジェラが合図すれば、アリスが詠唱を止めて鞭を構える。
ここまでは全て作戦通り。
アリスが鞭に取り付けられたボタンを押せば空気が震え、テネブラエの魔物たちが苦しげにうめき声を上げた。
「これは!?」
あの鞭はアンジェラが改良を施した特別製。
闇属性の魔物にのみ反応する周波数を生み出すものだ。
あれで動きを止めてしまえば、この数の魔物を一掃するのも簡単なこと。
「斬り裂け、剽悍なる刃。恐怖と共に無限の傷を刻め――マイトアトラス!」
狼狽するテネブラエをよそに、アンジェラは動きを止めた魔物たちを風の牢に閉じ込める。
無数の断末魔が聞こえ、魔物達の血が地面を濡らす。
やがて断末魔が消えてゆき、魔術がやんだ時にはそこに魔物の姿はなく、全ての配下を倒されたテネブラエは力を失って地面に倒れた。
「貴方の負けよ。テネブラエ」
「くっ……!」
倒れたテネブラエを、リヒターとアクアは持ってきた檻に放り込む。
少し時間がかかったがこれで作戦終了、あとはテネブラエを連れ帰るだけだ。
うまくいきすぎて怖いくらいだと、アンジェラは口元が緩むのを耐えられなかった。
「抵抗しても無駄よ。その檻は特殊な加工がしてあるから、センチュリオンの力は使えないわ」
檻の中で力なくテネブラエが脱出を試みているが、全て無駄なこと。
屈んで顔を覗けば、テネブラエは苦しそうに呼吸していた。
「あなた方は、ご自分が何をしようとしているのか分かっているのですか?」
「分かっているわよ。安心して。あのコアを破壊したら次はあなたの番だから」
満面の笑みを作るアンジェラを見て、テネブラエが言葉を失ったように息を呑んだ。
全て覚悟した上でアンジェラ達は行動している。
もうすぐ。
もうすぐだ。
もうすぐで、願いを果たせる。
目標達成を前にこみ上げてきた高揚感に胸が高鳴るのをとめられない。
「ようやく見つけたぞ」
リヒターが拾い上げたラタトスクコアは、紋章を宿して赤い光を放っている。
あの赤はあの日、アンジェラ達から全てを奪ったラタトスクの色。
リヒターはコアをじっと見つめ、ややあってラタトスクコアを宙に放り投げるとコア目掛けて剣を振り上げ、そして振り下ろした。
刃が迷いなくコアに落ち、甲高い音を立ててコアが転がっていく。
割れてはいない。
ラタトスクコアは傷一つつくことなく闇の神殿を転がった。
「くくくっ」
その様子を見て、笑ったのはテネブラエ。
こうなることを予測していたのだろうか。
テネブラエは勝ち誇ったように声を上げて笑った。
「それはラタトスクさまのコア。精霊の力が人に劣るわけがないでしょう。コアの破壊など不可能なのですよ」
「やはりな」
テネブラエの笑い声が響く中、ゆっくりとリヒターがコアを拾い上げた。
何を言われても、リヒターは動じない。
ただじっと冷たい目でコアを見つめている。
「……知っていたのですか?!」
「ある程度はね」
リヒターの言葉を肯定し、アンジェラが笑みを作って頷けばテネブラエが弾かれたようにこちらを見た。
ラタトスクの能力は人知を超えている。
そのコアが簡単に破壊できるわけがない。
すでに別の手段は考えてある。
「なあ、こいつは一体なんなんだ?」
言葉を挟んできたのはそれまで傍観者に徹していたデクスだった。
センチュリオンの存在を知らない彼は、今何がどうなっているか全く分からないだろう。
だが、全て話すのも面倒だ。
どうしたものかとリヒターを見れば、長いため息の後に口を開いた。
「話せば長くなる」
「歩きながら話しましょうか」
どうやら話してもいいらしい。
立ち上がったアンジェラは、驚きを隠せないテネブラエに笑みを作った。
「大丈夫よ。あなたも一緒に連れて行ってあげるわ。一人じゃ寂しいでしょう?」
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