0-04:Promotion.―蹴落として、その上へ―
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その日のヴァンガードは妙にざわついていた。
何か事件でもあったらしい。
不思議に思いつつもアンジェラが自室に戻ろうとしていた頃、偶然にもこの騒ぎの元凶であろう人垣を見つけた。
「何があったの?」
「アンジェラか。あれ見てみろよ」
近くにいた戦闘班の男に声をかけて、彼の視線の先を見る。
そこにいたのは総帥と見知らぬ少女。
まだあどけなさの残る横顔は、得意げな笑みを浮かべている。
これだけなら誰も驚きはしないだろう。
誰もが驚くのは少女の前で大人しく座るウルフだ。
しかもウルフは少女が鞭を右へ、左へと動かせばそれに従うように首を動かした。
魔物を操れるのは、アンジェラの知る限りではラタトスクとセンチュリオンンだけ。
彼女はそのどちらでもない。
彼女が纏うこの独特のマナはアンジェラと同じハーフエルフのもの。
とすれば魔術の一種である可能性は高いが、少女の足元にはそれらしい陣もマナの集まりも感じない。
じっくり観察していると鞭の一部が陽光を受けて赤く煌き、それを見て全てに合点がいった。
「あいつは……」
隣から聞こえた声にアンジェラは顔を上げる。
いつの間に遠征から帰ってきたのだろう。
「おかえりなさい。彼女、所属希望者らしいわよ」
笑顔で迎えるも、リヒターはああ、と小さく返しただけで視線はあの少女の向けたまま。
内心ため息をつきながらも、アンジェラは彼の疑問を解消しようと再び少女に目を向けた。
「エクスフィアで操っているのよ。ほら、鞭に石がついているでしょう?あれがそうよ。おそらくあの首輪にもエクスフィアをつけているのでしょうね。あの二つを共鳴させて洗脳しているんじゃないかしら。詳しい事は見てみないと分からないけれど」
ここから見る限り分かるのはここまでだ。
詳しい仕組みはあの鞭と首輪を実際に手にとってみないと分からない。
だがあれを作ったのはおそらく彼女に違いない。
あの年であんなものを作るなんて、なんて面白い子だろう。
湧き上がる好奇心にアンジェラは自然と口元が緩むのが分かった。
「よく分かるな」
「私も昔、エクスフィアの研究をしていたのよ。言ってなかったかしら?」
「そうだったな」
笑って言えばリヒターは特に驚いた様子もなく頷いた。
リヒター達と出会う前、アンジェラはエクスフィアの研究をしていたことがある。
あれもちょっとした好奇心ではじめたものだったが中々面白かった。
エクスフィアを人間に装備させてハイエクスフィアを作り出す実験や、エクスフィアで武器を強化させる実験。
ハイエクスフィアの方は非人道的であるとの国からの命で禁止されてしまったが、武器の方は今でも研究が続いており、その一部は商品化もされている。
今アンジェラが装備しているものも以前自分で作り出したものだ。
「どうかしら」
「素晴らしい!ぜひシルヴァラント王朝復活のために力を貸してもらいたい」
余裕の笑みを浮かべた少女に、ブルートは興奮気味に彼女の手をとって握手した。
強引なブルートに少女は一瞬、ほんの一瞬嫌悪の目を向けたがすぐに先ほどと同じ余裕の表情で笑った。
魔物を操るという力を考えると、彼女は戦闘班に配属されるだろう。
じっと見ていると、話が終わったのか総帥は次の視察に出て行き、残された少女はこちらに向かってきた。
おそらく人事担当のタームスに会いに行くのだろう。
こちらに近づいてくる少女に構成員達が一斉に道を開け、蜘蛛の子を散らすように皆どこかに行ってしまった。
彼女の力を恐れているのだろう。
こんな幼い少女に何を恐れているのか、ここの構成員達は腑抜けが多い。
自然とその場に残ったアンジェラ達は少女と正面から顔を合わせることになった。
「エクスフィアで魔物を操っているのね。すごいわ」
言い当てられて驚いたのか、少女の茶褐色の目が微かに見開かれる。
だがそれ以上に自分の持つ力に自信があるのだろう。
当然だと言わんばかりに少女は再び笑った。
「よく分かったわね」
「私、昔エクスフィアの研究をしていたのよ。でもエクスフィアとの連結に改良の余地があるみたいね。それだとあまり強い魔物は操れないでしょう」
思ったことを指摘すれば、図星だったのか少女の眉間に皺が刻まれる。
すぐに言葉を返してこないということは、鞭の性能を熟知しているのだろう。
何も言わずに彼女は鞭を握り締めた。
「私はアンジェラ・アルストロメリア。ここで技術班に所属しているの」
「アリスよ。よろしく」
手を差し出すと、アリスはすんなりと握手してくれた。
社交的かどうかは分からないが、それなりのコミュニケーション能力はあるらしい。
リヒターとは違って。
「お仲間みたいだし、仲良くできるといいわね」
小さく笑えば、アリスはアンジェラの言葉の意味を理解したらしい。
微かに目を細めてアンジェラの隣、リヒターを見た。
これだけ至近距離にいれば、リヒターもハーフエルフと気付いたのだろう。
自己紹介しようとしないリヒターの代わりに、アンジェラはいつものようにリヒターを紹介した。
「あと、こっちはリヒター。リヒター・アーヴェントよ」
「……あなた、」
「おいお前!アリスちゃんに近寄るな!」
アリスが口を開くと、彼女の前に割り込んできたのは一人の少年だった。
アリスより年上のようだが、精神的にはどうだろう。
紫色の髪の少年は、身体ばかりが大きな子供に見える。
「何の話だ」
「とぼけるなよ。今アリスちゃんのこと変な目で見てただろ」
「ちょっと何言ってるのデクス」
少年、デクスの発言にアリスがあきれた様に大きくため息をつく。
どうやら彼はアリスの連れらしい。
なんとも馬鹿げた発言だが、これがいつもの彼なのだろう。
アンジェラは小さく笑ってデクスを見た。
「あら、こちらの方はアリスの彼氏かしら?」
「か、彼氏!?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあアリスを守るナイトかしら」
「ナイト!俺が、アリスちゃんの……!」
こんな言葉に喜ぶなんて、なんて単純なのだろう。
人間とはこんなに単純な生き物なのだろうか。
いや、きっとこれは彼が馬鹿だからだろう。
見るからに単純で、頭の悪そうな顔をしている。
デクスはなんといじりがいのある人間だろう。
これはいい玩具が出来た。
「あんまりこいつをいじらないでくれる?鬱陶しくなるんだから」
デクスで遊んでいると、心底鬱陶しそうにアリスが顔をしかめた。
嫌なら人間を傍に置かなければいいのに、そうしないのはなんだかんだで彼女はデクスを信頼しているからだろう。
信頼できない人間を傍において生き残れるほど、この世界はハーフエルフに優しくないのだから。
「あら、妬いているの?」
「え?本当!?」
「そんなわけないでしょ」
が、少々遊び過ぎたらしい。
アリスはご立腹の様子で立ち去っていった。
彼女達が立ち去れば、ここに残されたのはアンジェラとリヒターの二人。
いや、姿を消しているようだがこの気配はアクアも近くにいる。
ここ最近ヴァンガードの構成員は爆発的に増え続けているが、アンジェラにしてみれば腑抜けばかり。
だが、彼女達は違う。
「面白い子達が入ってきたわね」
独自にエクスフィア武器を開発するアリス。
そんなアリスが傍に置くデクス。
ハーフエルフと人間。
デクスも背中に剣を背負っていたが、彼も戦えるのだろうか。
色々と話を聞いてみたいが、彼女達とは近いうちに会えるだろう。
根拠はないがそんな気がする。
これは楽しいことになりそうだ。
「……」
だが、笑みを浮かべるアンジェラに対し、リヒターはアリス達が立ち去った方を見つめているだけ。
「リヒター?」
「……なんでもない」
声をかければ、彼はアリス達とは別方向に歩き始めた。
彼も彼なりに思うところがあるのだろうか。
そっと息を零して、アンジェラはリヒターを追って歩き始めた。
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