4-03:Rosemary. ―確かめる、信じる―
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「ここで行き止まりみたいだね……」
進み続けていると、少し拓けた場所についた。
他の場所よりも少し薄暗く、陽の光もあまり差し込まない。
通ってきた道と比べて環境が悪いせいか、ハーブの量も少なく感じる。
「それらしい草なんてないよ……」
「この辺りにもないとなると、絶望的ね」
辺りを見回したジーニアスとリフィルが溜息をつく。
どこかで見落としたのか、噂通り枯れてしまったのだろうか。
「他の手を考えた方がいいかもしれないわね」
重々しく呟くリフィルにエミルが大きく肩を落とした。
ここにない以上は他を探さなければならないが、ここ以外にローズマリーが自生している所があるのだろうか。
自分から言い出したことに責任を感じているのだろう、エミルが俯いて肩を落とした。
「……僕、みんなに無駄なことさせちゃったのかな」
「考古学ではね、エミル」
リフィルの優しい声に、エミルが顔を上げる。
その表情は無駄足だったことに怒っている顔ではない。
エミルを褒めるような慈愛で満ちている。
「仮説に基づいて調査をし、何度も何度も間違えては少しずつ真実に近付いて行くの。ようやく見つけた答えですら真実でないことだってあるわ」
「リフィルさん……」
「あなたは自分で言ったのよ。確かめていないことを断定するなって。それは正しいわ。どんな小さなきっかけでも、可能性がある限り追及しなさい」
諭すようなリフィルの言葉に、エミルの表情から不安が消えていく。
これが神子と二人の英雄を育て上げた教師としての力なのだろうか。
やはり、彼女はただの教師でも治癒術士でもない。
彼女もロイドと同じ、この世界を救った英雄なのだ。
「そうね。研究なんて失敗の連続よ。でも、そこで諦めたら失敗は失敗のまま。何も得られないわ」
アンジェラは頷いて息を零した。
リフィルのように綺麗な生き方は出来ないが、彼女の意見には同意できる。
何度も繰り返した失敗の果てに、研究は成功するのだ。
大事なのは、諦めないこと。
そう考えると内心自嘲的な笑みが零れた。
なんて青臭いことを考えているのだろうと。
けれど伝える相手が青臭い少年なのだ。
少しくらい青臭くなってもいいだろう。
アンジェラは答えを待つエミルに、ゆっくりと口を開いた。
「大切なのは事実を受け入れ、失敗から学びとることよ」
ラタトスク・コアを盗み出したあの日から、マルタは成長し始めている。
ラタトスクの騎士になった日から、エミルも成長し始めている。
日々成長している二人と一緒に旅をしているために、アンジェラも少なからず影響されているのだろうか。
これがリフィルの言っていた人に何かを教えることで、自分も何かを学ぶということなのだろうか。
「アンジェラ達の言う通りだよ。それに、今回見つからなかったとしても私はエミルの意見に賛成して来てるんだから、無駄じゃないの。分かった?」
笑みを浮かべるマルタを誰も否定しない。
誰もが納得してここまでローズマリーを探しに来たのだ。
勿論、アンジェラ自身も。
本当に納得していないなら、一人で他の方法を探していた。
そうしなかったのは、こちらの方が可能性があると信じたからだ。
「あ、ありがとう……」
「お礼なんていいから、もうちょっと探してみよう!」
「うん。もう少し粘ってみる」
握り拳を作って励ますマルタに、エミルの顔に笑みが戻る。
枯れている可能性もあるが、まだ自生している可能性もある。
諦めるのはまだ早いだろう。
「うん。諦めが悪いのって、ボクも嫌いじゃない。とにかく片っ端から調べてみようよ」
「そうね。まだ草むらに隠れているかもしれないもの」
ジーニアスに頷き、アンジェラ達は散らばった。
見つかる可能性は限りなく低いが、もう少し探してもいいだろう。
ローズマリーは日陰には生えない。
可能性があるとすれば、もう少し日光が差し込む場所だろう。
「……あ、あれ!あれは違うかな?」
「あれは!」
探していると声を上げるエミルにリフィルが駆け寄った。
アンジェラも少し遅れて合流し、エミルの指す先を見る。
少し高い岩の上でキノコと寄り添うように生えていたのは、探し求めていたハーブだった。
「ローズマリーです。間違いありません。しかし、少し枯れかかっていますね……このままでは解毒効果が弱いかもしれません」
「ここは日光も当たらないし、植物にとっては厳しい環境ね」
険しい表情のテネブラエに、リフィルも眉間に皺を寄せて顎に手を当てた。
二人の言う通り、枯れたローズマリーではどうにもならないだろう。
シルヴァラントは世界統合が行われるまで、テセアラにマナを吸い取られる衰退時代が八〇〇年も続いていた。
統合後はマナの流れは均等になったはずだが、それもまだ完全ではないのかもしれない。
もしくは、世界統合による気象変化の影響をうけた可能性もある。
マナさえあればなんとかなるかもしれないが、植物が成長するだけのマナだけを照射するのは難しい。
「日光か……」
呟いたエミルが視線を落とし、おもむろに手をローズマリーに向けた。
あれなら適度なマナを与えることができる。
アンジェラの予想通り、エミルはローズマリーに向けてソーサラーリングでマナを照射した。
だが様子がおかしい。
大きく変化しているのは、ローズマリーの隣に生えていたキノコだ。
「……エミル。なんか、ローズマリーじゃないものが大きくなってない?」
「う、うん……どうしよう」
どうやらソーサラーリングに反応したのはローズマリーだけではないようだ。
ジーニアスとリフィルが只ならぬ空気に身構え、アンジェラはそっと息を零してガントレットをボウガンに変形させた。
「離れた方がいいわよ。ソーサラーリングのマナは栄養満点みたいだから」
「いけません!あれはジョンドウ!魔物です」
テネブラエが叫ぶのと、ローズマリーの傍に生えてきたキノコ……いや、ジョンドウが飛び上がるとは同時だった。
即座に矢を放つが、ジョンドウは全く怯まない。
ジョンドウは短い足で着地すると、身体を大きく揺らした。
「二人とも息を止めて!」
「きゃっ!」
「ちっ!」
アンジェラが叫ぶが、最前線にいたマルタとエミルが胞子に包まれる。
やはり吸ってしまったのだろう。
動きが鈍った二人に襲いかかろうとした緑色のキノコ、マイコニドに向けてアンジェラは矢を放った。
「紅蓮!」
ジョンドウが従えているのは、マイコニドが二体とピンク色のキノコ、シュリーカーが二体。
奴らの弱点は炎。
一気に魔術で仕留めた方が楽だろう。
だが今は前衛のエミルもマルタも毒に侵されている。
まずは二人の解毒が最優先だ。
「マルタ、エミル、下がって!」
「俺に指図するな!」
マルタは素直に頷いたが、ラタトスクに憑依されたエミルは言うことを聞かない。
ここで素直に頷かれるのも不気味だが、ああして敵に突っ込んで万が一の事があっては困る。
下手なことを言って刺激するより、エミルの援護に徹した方が良いだろう。
思考を巡らせながらも矢でエミルを援護していると、近くで炎のマナが収束していった。
「燃えさかれ、赤き猛威よ――イラプション!」
ジーニアスが剣玉を掲げると、二体のマイコニドが消し炭になった。
旧トリエット跡でも思ったが、この年齢でこれだけの魔術が使えるとは大したものだ。
元々の素質なのか、それとも世界統合の旅が彼をここまで強くしたのだろうか。
「――エスプレイドイレイズ!」
リフィルの言葉と共に辺りに光が溢れ、それまで鈍かったエミルの動きが変わった。
この一帯に治癒術を発動させたのだろう。
隣で荒い息をしていたマルタも、短く礼を述べるとスピナーを構えなおして駆けていった。
「穿孔破!」
ジョンドウの蹴りを避けたエミルが剣で斬り上げ、鋭く剣を突き出す。
苦しげに声を上げるジョンドウの脳天めがけ矢を放てば、ジョンドウは苦しげに声を上げた。
「魔神閃光斬!」
ジョンドウ目がけてエミルが斬り上げ、叩きつけるように衝撃波を放てばジョンドウも灰になって消えた。
残る魔物もジーニアス達が倒してくれたらしい。
大きく息を吐きながらも、二人は武器を仕舞っていた。
「……びっくりした」
「ローズマリーに与える栄養がジョンドウにも行ってしまったのね」
エミルに治癒術をかけ、リフィルが辺りに目を配った。
辺りに魔物の気配がないかを確認しているのだろう。
そんな中、マルタがローズマリーに駆け寄った。
「あ、でも、ローズマリーが元気になってる!すごいよ、エミル」
振り返ってほら、と示すマルタの目は爛々と輝いている。
先ほどまでは枯れていると言っても過言ではなかったが、ソーサラーリングの力を受けたローズマリーは瑞々しく、微かな日差しの中でも力強く根付いている。
「ええ、完璧です」
テネブラエがローズマリーを確認し、満足げに頷いた。
ここでローズマリーが見つからなかったら振り出しに戻ってしまう。
アクシデントはあったが、無事に終わって何よりだ。
自然と安堵の息が零れるのを感じながら、アンジェラは頬を緩めた。
「良かったわね」
「うん!あの人もリーガルさんも助けられるんだ」
一度は諦めかけた分、喜びも大きいだろう。
嬉しそうに頷くエミルに、ジーニアスとマルタも嬉しそうに笑った。
「やったねエミル。粘り勝ちだよ」
「諦めが悪くて良かったね、エミル」
「ほ、褒められてる気がしないんだけど」
が、マルタの微妙な言い方にエミルが大きく肩を落とす。
無自覚なのか、自覚があるのか。
マルタは浮き沈みの激しいエミルに声を上げて笑った――――
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