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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
4-02:Offender. ―正体と冤罪―

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 外に出れば太陽の光が眩しく感じ、アンジェラは目を細めた。
絶好の航海日和だというのに、出航できないのがもどかしい。
こうしている間にも、リンネ達はコアを回収しているかもしれないというのに。
村人に訊ねながらイズルードを歩けば、やはり放火事件で皆気が立っているのかどことなく冷たくも感じた。

 「リーガルさんって、一体どんな方なんですか?」

口を開いたのはエミルだった。
仇の仲間、世界統合の立役者。
彼が知っているのはこれくらいだろう。
エミルの何気ない質問に、ジーニアスが何気なく答えた。

「二年前の世界再生の時、ボクたちと一緒に旅をした、とっても頼りになる人だよ」

「世界的に有名なレザレノ・カンパニーの会長で、人望にも厚く、誰からも尊敬されるすばらしい人よ」

「すごい人なんだね」

ジーニアスとリフィルの説明にエミルが感嘆の息を零す。
レザレノ・カンパニーは一般企業でありながら、その功績を認められ会長のリーガルは公爵の位を賜った貴族。
だが現在の会長であるリーガル・ブライアンは殺人罪で服役し、世界統合の功績により恩赦が認められた罪人だ。
そんなことを話してはエミルを刺激してしまうが、前科持ちを警戒しないのもどうだろう。
一人で悩んでいると、ジーニアスが大きなため息をついた。

「初めて会った時も、囚人だったんだけどね……」

「「え?」」

が、思わぬカミングアウトにエミルとマルタの目が丸くなる。
また感情が高ぶってラタトスクモードにならないかとエミルを見るが、怒るというよりは呆気にとられているらしい。
これならマルタ達に真実を告げても問題ないだろうか。
ぽかんと口を開ける二人に、ジーニアスは頷いた。

「なんか馴染んでたよね、あの状況に」

「……笑えない冗談だけど、否定は出来ないわね。精神的にかなり参っているのよ。早くなんとかしなくてはね」

乾いた笑いを浮かべるジーニアスに、リフィルも微かに笑う。
いくら投獄歴があるとはいえ、あんな陰気な場所では気が滅入る。
彼もロイド・アーヴィングの行方を知る数少ない証人。
それも冤罪の可能性がある以上、このまま見過ごすわけにはいかない。
それに放火事件が解決しなければ船は出ないのだ。
早く事件を解決しなければ。

「あんな優しそうな人がどうして……」

先ほど見た限りでは、リーガル・ブライアンは穏やかな人柄だった。
そんな彼が投獄歴持ちと信じられないのだろう。
暗い表情のマルタに、アンジェラはそっと息を零した。

「確か、痴情のもつれによる殺人罪で服役していたはずよ」

「違うよ!リーガルはアリシアさんを助けようとしたんだ!」

「どういうこと?」

事実を告げればジーニアスが大きな声を上げてアンジェラを見、その様子にエミルが首傾げた。
隠したい事実だったのだろうか。
固くなった空気をどうしようかと考えていると、リフィルが弟の肩を叩いた。

「ジーニアス、それは私達が話すようなことではないでしょう?」

二人の表情を見る限り、リーガル・ブライアンの服役には複雑な事情があるのだろう。
諭すような優しい声にジーニアスは何が言いたげに顔を上げたが、ゆっくりと首を横に振られて何も言わずに視線を落した。

「リーガルは悪い人じゃないよ。それだけは信じて」

そう言って真っすぐこちらを見る白銀の目は、力強い光に満ちている。
この目は嘘をついているような目ではない。
ごめんなさいね、とアンジェラは謝ると歩き出したリフィルに続いた。
もうそろそろベルクの家に着くはず。
近くにいた村人に声をかけながら進めば、すぐにベルクの家が見えてきた。

 「ベルクさんの家はここね」

リフィルが足を止めたのは、おしごとにんの隣にある小さな家だった。
家と言うよりは小屋に近いかもしれない。
リフィルを先頭に家に入れば、中には独り暮らしのベルクの為に交代で看病をしているという女性に会った。
どうやら彼女はリフィルと知り合いらしい。
事情を話せばすぐにベルクに会わせてくれた。
 ベッドに横たわるのは、金髪の中年男性。
最初の事件が起こってからずっと眠り続けているらしく、目覚める気配はない。
リフィルが試しに術をかけてみてもなんの反応もないということは、単なる怪我や煙による中毒ではないのだろう。
やはり謎の光が関係しているのだろうか。
眉間に皺を寄せるリフィルの隣に立ち、アンジェラもベルクの身体を観察する。
何気なく布団をめくり、目に付いたのは手の奇妙な模様。
これはただのかぶれや痣ではない。

「これは魔物の毒ね。確か……」

「……ヒッカリカエルの毒かしら」

アンジェラが思考をめぐらせていると、リフィルが呟いた。
魔物の毒は独特の疾患が出ることが多い。
治療術に長けた彼女が言うのなら、ヒッカリカエルの毒で間違いないだろう。

「……ヒッカリカエル……ああ、人間はアレをそう呼んでいるのですね。おかしな名前を付けるものだ……」

最初は首を傾げたものの、テネブラエは納得したのか小さく笑った。
これはテネブラエに聞くのが一番確実だろう。

「テネブラエはこの症状を知っているの?」

「ええ。これはあなたたちがヒッカリカエルと呼んでいる魔物、ノストロビアの毒に冒されています」

センチュリオンと人で呼び方の違う魔物もいたのだろうか。
今までこんなことはなかったはずだが、こういうことは珍しいことではないのだろうか。

「ノストロビア?ヒッカリカエル?」

「ノストロビアです」

二つの名前が出てきて混乱しているのだろう。
首を傾げたエミルに、テネブラエは軽く咳払いをして言葉を続けた。

「ヒッカリカエルなどという名前は、あなた方が勝手に付けている名前ですよ。彼らは高エネルギーを体内に吸収すると発光発熱して皮膚に触れた生物を昏睡状態にします」

「発光して発熱する……!じゃあもしかしたらこの辺りを荒らしてる放火魔って!」

「そっか!ヒッカリカエルのせいかも!」

「ノストロビアです」

顔を見合わせるエミルとマルタに、テネブラエが二人を睨みつける。
ヒッカリカエルは俗称ではなく列記とした学術名。
訂正することはないと思ったのか、ムキになっているテネブラエをからかっているのか。

「確か、ヒッカリカエルはフラノール地方にしか生息しない特殊な生物だよね」

「ノストロビアです!」

ジーニアスがリフィルに同意を求めれば、テネブラエが大きな声を上げた。
その大きな声に皆がテネブラエを見るが誰も言い方を改めようとしない。
リフィルも視線を弟に戻し、考え込むように顎に手を当てた。

「ここにはフラノールとの定期便もあるわ。ヒッカリカエルは積み荷に紛れて上陸した後、この異常気象で繁殖したのかもしれない」

「そうね。ここは漁業が盛んだもの。ヒッカリカエルの餌は沢山あるわ」

「ノストロビア!」

アンジェラが頷けばテネブラエが再び大きな声を上げたが、訂正するつもりはない。
テネブラエをからかえるいい機会だ。
こんな素敵な機会を見逃すわけにはいかない。

「この人がヒッカリカエルの毒で眠ってるなら、解毒すれば目を覚ますってことだよね」

「ノ・ス・ト・ロ・ビ・ア・!!」

マルタの真剣な声色にもテネブラエは大きな声を上げる。
むきになるテネブラエを全員がちらりと見るが、それでもやはり言い方を改めることはない。
リフィルは期待のこもった青い目に、首を横に振った。

「残念だけどヒッカリカエルの毒は無理ね。毒と言うより、ウイルス感染のようなものだから」

「……ローズマリーならばヒッカリカエルの毒を解毒できると思いますが……」

「……テネブラエ。諦めたんだね」

ついに諦めたのだろうか。
エミルが苦笑すれば、テネブラエはほっといて下さい、と不貞腐れて姿を消した。
イセリアでは貴重なプロトゾーンとの会話を一人占めしたのだ。
少しくらいいじめてもいいだろう。
姿を消したテネブラエを気にしつつも、エミルは気を取り直すようにそっと息を零した。

 「ローズマリーはどこにあるんだろうね」

「カンベルト洞窟一帯に自生していたそうよ。でも最近の異常気象で枯れてしまったと聞いているわ」

「そんなぁ!じゃあどうするの?」

冷静なリフィルの情報に、マルタが眉を寄せる。
どうすると言われても枯れてしまったものは仕方ない。
可能性があるとすれば、とアンジェラは思考を巡らせながら口を開いた。

「調べるにしても相当な時間がかかるでしょうね。研究室でもあればどうにかなるかもしれないけれど……」

そんなものがシルヴァラントにあるとは思えない。
サイバックの研究院ならサンプルが見つかるかもしれないが、村人の様子を見ると船を出して貰うのは難しい。
それに何より、サイバックにはアンジェラの過去を知る者もいる。
可能な限り、あそこには近づきたくない。

「火事の原因はわかったのだから、村の人に説明をして船を出してもらいましょう」

「え!?でもこの人は……。それにリーガルさんだってあのままには……」

リフィルの判断には大いに賛成だが、エミルもマルタもこのまま放火事件を放置出来ないだろう。
困ったようにベルクとリフィルを見るエミルに、リフィルはそっと息を吐き出した。

「……残念だけれど、今はセンチュリオン・コアの入手を急ぐべきではなくて?」

「リフィルさん!どうして急にそんなことを……」

「仕方ないわ。私たちにできることは終わったのよ」

詰め寄るマルタに、リフィルは表情も変えず首を横に振る。
コアを探すか、放火事件を解決するか。
どちらが大事かなんて、少し考えれば分る筈だ。
このままコア探しを中断すれば、それだけリンネ達にコアを盗られる確率は高くなる。
だが、お人好しのマルタ達を説得するのは難しい。
リフィルはどうやって二人を説得するつもりなのだろう。

「だけど……目の前の人が苦しんでるのをほっとくなんて……」

訴えるエミルの緑の目は揺れている。
リフィルも放火事件を一緒に解決してくれると思っていたに違いない。
動揺するエミルをリフィルは鋭く見据えた。

「なら、どうするの?この間にもロイドはセンチュリオン・コアを奪っているかもしれない。彼がもしもセンチュリオン・コアを悪用しようとしていたら?」

「ね、姉さん……」

ジーニアスが声をかけてもリフィルは揺るがない。
まっすぐエミルを見つめるリフィルに、しびれを切らしたマルタが声を上げた。

「……あなたは!ロイドはあなたの仲間で教え子でしょう?」

「私は可能性の話をしているのよ」

リフィルの示す可能性は、コアを悪用されると言う確率はかなり高い。
リンネ達はアンジェラ達の事情なんて知らない。
コアを見つければ、彼女たちは迷わず奪うだろう。
そんな相手と渡りあうには冷静かつ迅速に行動しなければならない。
情に流されるわけにはいかないのだ。

「このままリンネ達にコアを奪われ、悪用されたら世界が危ないわ。それこそ、罪のない人々が傷つくのよ?」

アンジェラが言えば、マルタは口を噤んだ。
言った覚えがある気がするのは、先日イセリアで似たような話をしたからだろう。
イセリアではあんなことを言ったが、今でも同じ台詞を言えるのだろうか。
悩んでいるのか、エミルは俯いたまま中々口を開かない。
それでも長いような短い沈黙を破り、エミルはゆっくりと口を開いた。

「僕は……豚じゃない……」

小さな声に、誰もが首を傾げる。
だがその小さな声、意味の分からない言葉を皮切りにエミルは顔を上げた。

「僕はこの人を助けたいんです!」

「だから、どうやって?手段も力もないくせに無責任なこと言わないで」

エミルの決断を鼻で笑い、リフィルは腕を組んだ。
彼女は間違ったことは何一つ言っていない。
いくら正論を述べた所で、実現できなければそれはただの綺麗事。
挑発するような物言いに、エミルの目が赤く染まった。

「……探せばいいだろ!カンベルト洞窟とやらに行って!あんただって、ローズマリーが全部枯れたのを確認した訳じゃないんだろ!」

リフィルに詰め寄るエミルに、また胸の傷が痛む。
彼がラタトスクの力に憑依されているからだろう。
面倒な痛みだと、アンジェラは服の上からそっと傷をなぞった。

「でも、センチュリオン・コアはどうするの?」

「くどい!センチュリオン・コアを探してるのは俺たちだ!あんたに言われる筋合いじゃない!」

引き下がらないリフィルの言葉を払いのけるように、エミルが腕を払う。
センチュリオン・コアを集めて孵化させるのはラタトスク・コアを持つマルタの役目。
そしてラタトスク・コアを持つマルタを守るのがエミルの役目。
それに協力してくれるのがリフィル達だ。
つまり、最終的な決定権はマルタ達にあるわけだが、それが分らないリフィルではないだろう。
彼女は何故ここまでエミル達に反発するのだろう。

「……わかったわ。なら、カンベルト洞窟へ行きましょう」

何も言わずに見つめていると、リフィルがややあって頷いた。
呆気ないほどすんなりと引き下がるリフィルに一番驚いたのはエミルだ。
怒気をそがれたのか、額に光がともった彼の目は緑色。

「リ……リフィルさん……?」

「ごめんなさいね。今の会話は気にしないで。さ、行きましょう」

彼女が何の意味もなく人の神経を逆なでするとは思えない。
先ほどの挑発は、わざとラタトスクの人格を引き出したようだった。
何か試していたのだろうか。
まるで何もなかったように歩き始めたリフィルにマルタが首を傾げた。

「どうなってるの、リフィルさん……」

「……姉さん、まるでわざとエミルを挑発したみたいだった……」

ジーニアスも姉らしくない発言がひっかかっているようだ。
だが、挑発したことには何か意味があるはず。
ラタトスクモードについて疑問を抱いていたリフィルだ。
得た情報から何らかの仮説を立て、実験したのかもしれない。

「わざと……?そんなことしてなんの意味があるんだろ……」

「……うん……。変な姉さん……」

首を傾げるエミルに、ジーニアスが躊躇いながら頷く。
誰もリフィルの真意など分らないが、ここで立ち止まっても仕方ないだろう。

「それより、早くいかないと置いていかれるわよ」

笑って声をかければジーニアス達も我に返り、足早に歩きはじめた。
実際において行かれることはないだろうが、一刻も早く事件を解決してコア探しを再開したい。
慌しく駆けていくマルタ達の背を追ってアンジェラは歩き出した――――




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