4-01:Fishery.―火事と放火犯―
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煙を辿っていけば、到着したのは港と言うより船着き場の近くだった。
パルマコスタの港と比べればかなり小さいが、漁船らしき小さな船が何隻か停泊している。
煙の元は、船着き場にあった木箱だった。
何か海産物でも入っていたのか、香ばしい臭いがあたりに漂っている。
「何があったんだろう。臭いの元は、あの箱みたいだけど……」
「ちょっとよろしくて?何かあったのかしら?」
エミルが首を傾げている間に、リフィルは男たちとの距離を詰めていた。
観察しているより直接聞いた方が早いに決まっている。
リフィルが声をかけると、男たちは眉間にしわを寄せて焦げた木箱を指差した。
「そこに置いといたカマボコグミが燃やされちまったんだよ」
「カマボコグミか!それで魚の臭いがしたんだ」
男の答えに、エミルがなるほどといった様子で頷く。
ちらりと辺りに視線を走らせても、火の気の立つようなものはない。
何者かが放火したと考えるのが妥当だろう。
「――燃やされたと言ったわね。どういうことなのかしら」
「放火だよ。この村にタチの悪い放火魔がやってきてな。この間ようやく捕まえたんだが……」
「捕まえたなら、他に犯人がいるんじゃないの?」
言葉を濁す男に、ジーニアスが首を傾げる。
捕まえたなら事件は解決。
「犯人は複数ということかしら?」
それでも放火が続いているということは、他にもまだ犯人がいるということだ。
問いかけたアンジェラに、男は首を横に振った。
「いや、それらしい奴はいないし、きっとあいつが脱獄したんだ」
何故ここまで断言できるのだろう。
思わず眉間に皺を寄せれば、同じことを思ったのかマルタが首を傾げた。
「どうして同一犯だと思うんですか?」
「奴が放火すると、火の手が上がるときに必ず変な眩しい光が現れるんだ。このカマボコグミが燃やされたときもそうさ。やっぱり急ごしらえの牢屋じゃ、あの大男は閉じ込めておけなかったんだ」
くそっ、と男が忌々しげに舌打ちする。
眩しい光、とは一体何だろう。
特殊な爆薬でも使って放火したのだろうか。
だとしても、カマボコグミなどに放火して一体何の得があるというのだろう。
営業妨害にしても、カマボコグミなんてマイナーな商品の妨害をして得をする者がいるとも考えにくい。
となると、個人的な恨みによる犯行の可能性が高い。
どちらにしろ、センチュリオン・コアとは関係ないのなら、放火事件など放置して進むべきだ。
「大変だわ!船に乗る前に、脱獄した放火魔とやらを捕まえましょう!」
そう思ったのに、事件解決に意気込みを見せたのはリフィルだった。
いつもの彼女なら本来の目的を優先するはずだが、一体何を考えているのだろう。
それともこれが本当の彼女なのだろうか。
「それはいいけど……姉さんらしくないね。いつもなら『私達の旅の目的はセンチュリオン・コアの筈よ』って関わるのを諌めるくせに」
姉の口調を真似る弟に、リフィルは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……べ、別にいいじゃない。そんなに急がなくても」
「そうはいかないでしょ。僕たちはまだいいけど、エミル達はロイド達より先にセンチュリオン・コアを見つけなきゃいけないんだから」
肩をすくめるジーニアスがこちらを見れば、エミルとマルタがすぐに頷いた。
アンジェラ達の旅は常に時間との勝負と言っても過言ではない。
そっと息を吐き出して、アンジェラも頷いた。
「そうね。こうしている間にも、ロイド達がコアを手に入れるかもしれないもの」
「せめて港で船の出る時間を聞いてからの方がいいんじゃない?」
ジーニアスと頷き合い、リフィルを見つめる。
彼女が何の考えもなしにこんなことをするとは思えない。
一体何を考えているのだろう。
「……港……」
「!あ、そうか。姉さん、かなづち」
ぽつりと呟いたリフィルにジーニアスが何か言いかければ、素早く距離を詰めたリフィルの鉄拳が落ちた。
最後まで言われたくなかったのだろうが、もうリフィルの考えが分ってしまったのが悲しい。
なんとも情けない気持ちになって溜息を零せば、リフィルは咳払いをして歩き始めた。
「――わかりました!港に行くわよ!」
あれでよく世界を救えたものだ。
返事を聞く前に一人で進むリフィルに、マルタがそっとジーニアスに声をかけた。
「リフィルさん、泳げないの?」
「そう。かなづち。海とか湖とか水周りは全然駄目なんだよね。一応、本人は隠してるつもりみたいだけど」
あの態度を見れば誰でも分ってしまうと思うが、意外と彼女は隠し事が苦手なのかもしれない。
肩をすくめて笑うジーニアスにアンジェラは小さく笑った。
「誰にでも苦手なことはあるものね」
欠点を持たない者などいない。
当然の事だと思っていると、エミルがじっとこちらを見つめていた。
「じゃあ、アンジェラの弱点って何?」
「さぁ、何かしら?」
自分から進んで弱点など教えるわけがない。
弱点など曝して一体何の得があるのだろう。
笑って肩をすくめれば、ジーニアスが笑った。
「料理でしょ。アンジェラって姉さんと同レベ」
「あら、うっかりマナを爆発させそうだわ」
笑顔を浮かべながら、ふわりと手元にマナを収束させる。
軽い冗談のつもりだったが、ジーニアスには効果抜群だ。
隣にいたエミル共々口元を引きつらせている。
「しかし驚きです。リフィルさんが、人の姿をしたかなづちだったとは……。もはや魔物の一種と言っても差支えありませんしね」
大きなため息をついて、テネブラエが首を横に振った。
冗談を言っているようだが、エミルとマルタには何のことか分からないらしい。
寒いジョークにアンジェラはため息をつき、ジーニアスは肩をすくめた。
「……まあ、姉さんの遺跡モードは魔物みたいなものだけどね」
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