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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
3-01:Lloyd.―仇と英雄―

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村人たちの話を聞きながら進めば、村長の家はすぐに見つかった。
村長の家は他の家に比べると少し大きい。
ノックをすれば聞えて来たのは男性の低い声。
彼が村長だろう。
簡単に挨拶をすれば、村長はすぐに家に入れてくれた。
突然の来訪者に気を悪くしたのか、村長は決してにこやかではない。

 「すみません。この村に住んでいたロイド・アーヴィングを捜しているんです」

「それと、リンネ・アーヴィングも。最近姿を見かけませんでしたか?」

エミルとマルタが訊ねれば、村長は顔をしかめて大きなため息をつき、首を横に振った。
おそらく、ロイドを訪ねて来たのはマルタ達が初めてではないのだろう。
町長はうんざりだと言わんばかりにゆっくりと口を開いた。

「……また、ロイドか。どうせパルマコスタで起きた血の粛清の件だろう。おかしな話だ。あいつがマーテル教会を扇動してパルマコスタを襲うなどありえん……」

言って町長がため息をつくと、胸にぴりりと痛みが走る。
まさか、とエミルの方を見れば彼の目は怒りに燃える赤色になっていた。

 「俺の親はロイドに殺されたんだ!」

大きな声を上げたエミルに町長は微かに肩を震わせたが、怯む様子は見せない。
心配げにエミルを見るマルタだが、彼のように罵声を浴びせる者もいたのだろうか。
町長は長く息をはいて、どこか遠くを見るように窓の外を見た。

 「……世界再生前、この村でディザイアンによる大量虐殺が行われた。そのきっかけを作ったのがロイドだ」

「けっ。やっぱりあいつは人殺しのろくでなしなんだな!だからパルマコスタも……」

「で、でも、イセリアはディザイアンと不可侵契約を結んでいたんじゃ……」

忌々しげに吐き捨てるエミルにマルタが眉を寄せる。
真新しい家が目立ったのは、襲撃後に建てられた家だからだろう。
先ほどのマルタの話では、イセリアはディザイアンに侵略されない不可侵条約を結んでいたはずだ。
ディザイアンは律義にその条約を守り続けていたのだという。
だとしたら、とアンジェラは口を開いた。

「不可侵条約に反する行為をしたのですか?」

考えられるとしたら、それくらいだろう。
アンジェラの考えは当たっていたらしい。
町長はしっかりと頷いた。

「そうだ。ロイドは人間牧場にいた知り合いを助けようとして、ディザイアンを刺激してしまったんだよ。その結果、この村で多くの犠牲が出た」

静かな口調だが、町長の眉間の皺や握りしめられた拳を見れば、彼がどれほどの怒りを持っているのかは分かる。
町長は自分を落ち着かせるように長く、大きく息を吐いた。

「馬鹿な奴だ、人間牧場にいるたった一人のちっぽけな命と、村の大勢の人間の命。どちらが大事か子どもでもわかる」

「ちっぽけな命なんて……そんな言い方ひどい!」

町長を睨みつけるマルタだが、彼の判断は町を治める者としては正しいだろう。
広い視野で見ればたった一人を切り捨てた方が、被害を最小限におさえられる。

「そうは言っても、一人を助けようとした結果、多くの犠牲が出たのでしょう?」

「でも……」

思った事を正直に言えば、正義感の強いマルタは眉をひそめたものの、反論が出てこないのだろう。
それでも何か言いたげなマルタに町長は小さく息をこぼした。

「では一人の命で一〇〇〇人が救われるのと、一〇〇〇人の命で一人が救われるのとではどちらが良いというのかね」

「……それは……」

言い淀むマルタが視線を逸らして俯く。
マルタの性格を考えれば、どちらの答えも選べるわけがない。
口を噤んだマルタをちらりと見た後、エミルを見れば彼は赤い目で町長を見据えて答えた。

「決まってる。一人が犠牲になれば――――」

刹那、エミルが俯いて頭を抱えれば、その額から零れたのは小さな光。
一体何がと問いかけるより早く、エミルは顔を上げた。

「だ、駄目だ!そんなの違う!犠牲になるのが自分でも同じ事が言えるんですか!?もしかしたら一〇〇一人を救える方法だってあるかもしれないのに……」

そう言ってエミルは再び俯いた。
実に綺麗な理屈だが、実行できなければただの綺麗事。
人は万能ではない。
どんなに苦しい選択でも、選ばなければならない時がある。

「でもその方法は一〇〇〇人も一人も犠牲になる方法かもしれないわ」

「そんなこと、」

「ない、なんて言いきれるの?圧倒的な力を持った敵を相手に、貴方は一〇〇〇一人も守りきれる自信があるの?」

顔を上げたエミルの言葉を遮り、アンジェラは笑みを浮かべる。
あれもこれも、と欲張り過ぎては結局は何も得られない。
多くを望めばその分絶望も深く、大きくなる。
ここまで言えばエミルも何も言い返せないだろう。
そろそろ本題に戻らなければ。

「それでも、」

そう思ったのに、エミルの視線は下がらない。
まるでアステルのように真っすぐな視線で、射抜くようにアンジェラを見つめていた。

「それでもやっぱり救う方法があるなら、僕はその道を選びたい」

その真っすぐな視線に、思わず息をのむ。
いつからエミルはこんな目をするようになったのだろう。
まだ少し不安げではあるが、それを差し引いたとしても、いつも俯いてばかりだったエミルにしては成長した方だ。
これもラタトスクの力が影響しているのだろうか。

 「……そう、ロイドも同じことを考えていた」

ぽつりと零れたのは町長の声。
先ほどよりも表情がゆるんだような気がするのは気のせいだろうか。
だが表情がゆるんだように見えたのはその一瞬だけ。
町長は眉間に皺を刻み、首を横に振った。

「だが、結局あいつは失敗した。理屈が正しければいいってもんじゃない。理想と現実は違う」

「……」

ロイドと同じ発想で嫌悪感を抱いているのだろうか。
理想と現実は違うと言われ、落ち込んでいるのだろうか。
複雑な表情のまま、エミルは何も言わずに町長の言葉に耳を傾けている。

「あいつは馬鹿だ。命は平等だと信じ、生きたい人間が生きられる世界を理想だとぬかす。だが自分の理想を貫き、実現する努力をする男なんだよ。それが悪いかはともかくな」

そっと息を零した町長の口元が微かに緩む。
言い方はきついが、彼の言葉にはぬくもりがあるように感じる。
ロイドの事を嫌っているなら、こんなことは言わないだろう。
彼もこの村の一員。
ロイドの事を信じているに違いない。

「村長さんはロイドを信じてるんですね」

「好きにはなれんが、な」

どこか嬉しそうなマルタに町長が肩をすくめる。
照れ隠しなのだろうか。
町長は鼻を鳴らし、視線を逸らした。 
 ロイドが原因で村がディザイアンに荒らされたのなら、ロイドを恨む人間がいてもおかしくはない。
だが町長も、そしてここに来るまでに話を聞いた住民からもロイドに対する恨みごとは一つも出て来なかった。
皆ロイドの行いを正しいと思っているのだろうか。
この村はお人好しばかりの村なのだろうか。
そう考えて、脳裏をよぎったのはリンネの笑顔だった。
彼女も出会ったときから疑うことを知らないお人好しで、どんな嫌味を言っても嫌な顔一つせず、しっかりと受け止めていた。
彼女があんなにお人好しだったのは、こんなお人好しの村で育ったからだろうか。

 「どうしてみんな、ロイドを庇うんだよ……僕は知ってるんだ。お母さんがロイドに殺されたって……」

忌々しげにエミルが拳を握りしめる。
自分の仇が人々に慕われているのが気に食わないのだろう。
何も悪いことをしていないにも関わらず両親を奪われ、冷たい叔母夫婦のもとで育ったエミル。
血の粛清の首謀者でありながら人々に慕われているロイド。
その差がやるせないのだろう。

「……それは村の連中に聞くといい。今ならロイド達を教えていた教師も帰ってきている。それに、聖堂に行けばロイド達の父親に会えるはずだ。なんなら会って話を聞くといい。ロイドが何か連絡しているかもしれないからな」

「聖堂、ですか」

少し嫌そうに言うエミルに町長が頷く。

「村の北側にあるマーテル教会の建物だ。ロイドの父……ダイクは腕のいい職人でな。今、補修工事をしている」

言って町長は窓の外を示した。
聖堂は村のはずれにある丘の上にあり、ここから近いらしい。
アンジェラ達は礼を述べると、聖堂へと向かった――――




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