3-01:Lloyd.―仇と英雄―
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ドワーフの言う通りの道を進めば、イセリアにはすぐ辿りついた。
少し肌寒い気もするが、それでも快適な気候と言えるだろう。
神子の生誕の地と言っても特に発展した様子もなく、殆どが自給自足で成り立っているようだ。
牧歌的な雰囲気の村には至る所に畑があり、農作業に励む人々の姿が多い。
少し気になったのは真新しい家が多いことだ。
村に建つ家の多くは補修の跡があったり新築に近い状態だが、これが噂に聞くディザイアンによる襲撃の爪痕なのだろうか。
「イセリア……。ここがロイドのふるさと……」
「ええ。神子コレットと姫神子リンネ・アーヴィングもここの出身よ」
にっこり微笑んで言えば、エミルは眉間に深い皺を刻んだ。
やはり親の仇が生まれ育った場所にいると、感情が高まるのだろう。
アンジェラがそっと息をつくと、小さな足音が近寄ってきた。
「お兄ちゃんたち、今ロイドって言ったか?」
「うん?君は?」
声をかけてきたのは、十歳にも満たない子供。
赤い上着に黒っぽいズボンをサスペンダーで止めている。
それだけなら特に意識はしないが、髪を上に逆立てていることを考えるとロイド・アーヴィングの風貌を真似ているのだろう。
首を傾げるマルタに、少年は手に持った二本の木の枝を振り上げて見せた。
「おいらはロイドの一番弟子のポール。これから呪いの牧場の見回りに行くんだぞ。一緒に行くか?」
にかっと誇らしげに笑う少年にエミルが顔をしかめる。
親の仇がこんな幼い子供に慕われているのが気に食わないのだろう。
こんな子供相手にむきになっても仕方ないというのに。
「……ロイドの弟子だなんて馬鹿みたい」
「なんだと!」
吐き捨てるように言われた少年がエミルを睨みつける。
到着して早々問題を起こすとは、彼はここで情報収集をする気があるのだろうか。
内心ため息をついていると、マルタがポールを庇うように前に出た。
「エミル!相手は子供だよ」
「おいら子供じゃないぞ!!二刀流のポールさまだぞ!」
子供扱いされたのが余程嫌だったらしい。
二本の枝を振り上げて、ポールは大きな声を上げた。
二刀流を使いこなすロイド・アーヴィングを真似て、あの枝を剣にしているのだろう。
子供らしい発想に、マルタは笑みを零した。
「ふふ、ごめんねポールさま」
「ごめんなさいね。彼、大きな子供なのよ」
少し屈んでポールに視線を合わせるマルタの後ろで、アンジェラも笑みを浮かべて頷く。
アンジェラの物言いが頭にきたのだろう。
当然のごとく、エミルがこちらを睨んできた。
「大きな子供って、」
「こんな小さな村じゃ、悪い噂はすぐに広まるわ。ロイドの情報が欲しいなら、穏便に事を進めた方がいいと思うけれど」
言葉を遮り、ポールに聞えないようにエミルの耳元でそっと囁く。
こういった田舎の集落では、内部の団結力が強い半面外部の人間には冷たい場合が多い。
ここもそうだった場合、たとえ子供相手でも反感を買ってしまえばこの村での情報収集は難しくなるだろう。
笑みを浮かべながら言えば、エミルも納得してくれたらしい。
何か言いたげに口を開きかけたものの、結局は何も言わずに視線を逸らした。
「まったく。礼儀知らずのよそ者だぜ」
ポールにも今の会話は聞えていなかったのだろう。
軽くこちらを睨んではいたものの、大人しくどこかに立ち去って行った。
「あんな子供までロイドの味方だなんて……。あいつはマーテル教会の奴らと一緒にパルマコスタを襲ったのに……!」
「エミル……。気持ちはわかるけど落ち着こう」
悔しげにポールが立ち去った方角を睨みつけ、拳を握りしめるエミルにマルタが優しく声をかける。
こんな調子では情報収集出来るかも危ういのではないだろうか。
情報収集なら一人でも出来るが、こんな状態のエミルを放っておくのも心配だ。
少しは頭を冷やして貰わなければ。
「そうね。ポールに八つ当たりしても、ロイドがどうにかなるわけじゃないもの」
「八つ当たりなんてしてないよ」
溜息交じりに言えば、エミルが俯きながらもこちらを睨んできた。
この態度こそが頭に血が上ったただの八つ当たりだということに、エミルは気付いていない。
マルタも感情的だが、エミルもやはり感情的になることが多いようだ。
内心ため息をつきながらも、アンジェラは微笑みを浮かべた。
「なら、この村ではロイドは仇だなんて言わない方が良いわよ」
「どうして?ロイドはパルマコスタを襲った張本人なんだよ」
ぐっと強く睨みつけてくるエミルにアンジェラは笑みを崩さずに頷く。
その目に宿るのは強い憎しみ。
この憎しみはアンジェラを通してロイドに向けられているが、血の粛清の真実を知れば、この憎しみはアンジェラ自身に注がれることになるのだろう。
痛いほどの視線を正面からしっかりと受け止め、アンジェラは笑みを深めた。
「あの子を見たでしょう?ロイドはこの村で慕われているわ。そんな態度じゃ、誰もロイドの行方なんて教えてくれないわよ」
「でも、事実なんだ」
「事実だとしてもよ。ここなら確実にロイドの情報を得られるはず。そのチャンスを逃していいの?情報が欲しいなら冷静に行動しなさい」
少し強めに言えば、エミルは押し黙った。
まだ怒りはおさまっていないようだが、目先の苛立ちよりこの場を堪える方を選んでくれたらしい。
賢明な判断だと思いながらアンジェラはそっと息を吐き、もう一人の不安要因を見た。
「マルタもね。くれぐれも、感情的にならないように。自分達の事だけを考えては駄目よ」
「私は大丈夫だよ」
「どうかしら。あなたも感情的になりやすいもの」
マルタは単純な性格のせいで、すぐに頭に血が上る。
赤の他人の為に怒ったり、笑ったり、泣いたり。
エミルが持つ憎しみほどではないが、彼女も中々熱い心の持ち主だ。
にっこりと笑って言えばマルタも多少は心当たりがあるのか口をとがらせた。
「分かった。気をつけるよ」
「お願いね」
口ではこう言っているが、マルタの性格を考えると完全に冷静にはなれないだろう。
それでも言っておくに越したことはない。
アンジェラが頷けばマルタは視線をそらしているエミルを見た。
「とにかくまずは情報収集しようよ。村長さんならロイドがどこに行ったのか、とか知ってるかも」
いつもより優しく、マルタはエミルを気遣うように柔らかく声をかける。
まだエミルの拳は悔しげに握りしめられていたが、それには何も触れずにアンジェラ達は歩を進めた。
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