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2-17:Demarcation.―排他と共存―

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 声が、聞える。
遠かった声が段々と近くなり、アンジェラは重い瞼を懸命に押し上げた。

「アンジェラ、大丈夫?」

心配げに覗きこむのは青い目。
マニトウに食べられたはずだが、どうやって遺跡の外に出たのだろう。
マルタの後ろには何故か青い空と白い雲と、眩しい太陽があった。
そしてアンジェラが倒れているのは白い砂浜。
寄せては返す波は穏やかで、まるで子守唄のようだ。
穏やかな風景だが、ここにいる経緯を考えると素直に喜べない。
消化されずに生きて外に出たということは途中で吐き出されたのだろうか。
それとも、と考えてアンジェラは顔をしかめて目元を覆った。

 「二人とも、怪我はない?」

「ありがとう、私は平気だよ。エミルは優しいね」

心配げなエミルにマルタが微笑む。
さりげなく褒められて照れたのだろう。
エミルはそんなことないよ、と顔を逸らして頭をかいた。

「どこか痛むの?」

何も答えないアンジェラに不安になったのだろう。
心配げに癒しの術を使い始めたマルタにアンジェラはゆっくりと口を開いた。

「一応、生きているみたいね」

マルタの手をそっと押し返し、アンジェラは起き上った。
辺りを見渡してみるが、分かるのはどこかの浜辺ということぐらいだろう。
何か目印になるような建築物はないだろうかと注意深く辺りを見渡していると、近くの山奥にドーム状の屋根が見えた。

 「ここってどこなんだろう」

「もしかしたら……」

山奥にそびえたつドーム状の建築物といえば、一つだけ心当たりがある。
アンジェラが口を開きかけた時、テネブラエが声を上げた。

「……誰か来ます!私は隠れますよ」

テネブラエが消えると同時に遠くから歩いてきたのは一人と一匹。
その姿にアンジェラは思わず息をのんだ。
人とよく似ているが、人より短い背丈に太い手足。
あれはドワーフだ。
だがアンジェラが驚いたのはドワーフではない。
その隣にいる四足歩行の生物だ。

 「すみません!ちょっとお聞きしたいことが……」

「なんでぇ?」

思考を巡らせるアンジェラに気付かず、マルタが工具箱を持ったドワーフに声をかける。
気さくな性格のドワーフなのだろう。
優しげな目でマルタの言葉に耳を傾けてくれた。

「あ、あの……道に迷ってしまったんですけど、ここはどこでしょう……」

「ここはイセリアの北でぇ。なんなら村まで送ろうか?」

何気なく指を差して答えるドワーフにマルタとエミルが息をのむ。
が、そんなものは予測の範囲内だ。

「い、いえ……。大丈夫です。ありがとうございます」

「おう、じゃあな」

マルタが礼を言えばドワーフ達が踵を返し、アンジェラは慌てて声を上げた。

 「待って下さい!」

このままドワーフ達を行かせるわけにはいかない。
アンジェラは胸が高鳴るのを感じながら生唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。

「貴方が一緒に連れているその生き物は……プロトゾーンですよね?」

アンジェラが問えば、ドワーフは首を傾げた。
まさか、あれが何だとは知らずに連れているのだろうか。
だがあれの存在を知らないのはマルタ達も同じらしい。

「プロト……ナントカって何?」

「プロトゾーンよ。単細胞として誕生し、生涯進化をし続ける原始生命体。カーラーン大戦で滅んだとされる伝説の種族よ」

マルタの質問に若干の苛立ちを覚えながらも、アンジェラはプロトゾーンを見つめる。
頭部ほどの大きさのある耳に、斑模様にふさふさの尻尾。
人を三、四人運べそうな逞しい四本の足。
これは間違いなくプロトゾーンだ。

「そうなのか?うちの子供は犬だって言ってたけどな」

「どっからどう見ても犬じゃないと思うけど……」

首を傾げるドワーフにエミルが苦笑するが全くもってその通りだ。
こんな価値のある生命体を犬呼ばわりするとはどんな馬鹿だろう。
一度顔を拝んでみたいものだ。
アンジェラはプロトゾーンに歩み寄るとじっくりと観察をはじめた。

「この姿はアーシスね。大地を駆る姿よ」

「そんなにすごいの?この犬」

「だから犬じゃないわ!」

首を傾げるマルタに思わず大きな声が出る。
びくりと肩を震わせるマルタに我に返り、アンジェラは軽く息を整えるとプロトゾーンを見つめた。

「第一の進化で魚類に似た生物アクアンに進化し、第二の進化で鳥類によく似たエアロス、第三の進化でこのアーシス、第四の進化でフェンリル、ラーと進化し、最終的には魔を駆る人になるとされているの」

「魔を狩るってどういうこと?」

「詳しいことは分からないわ。プロトゾーンはカーラーン大戦に駆り出されて絶滅したとされていたもの」

エミルに首を横に振り、アンジェラはそっとプロトゾーンに手を伸ばす。
一瞬身体を震わせたが、人に慣れているのだろうか。
頭を優しく撫でれば、プロトゾーンは気持ち良さそうに目を細めた。
その可愛らしい姿に思わず頬が緩む。
まさか、伝説上の生物を拝めるとは夢にも思わなかった。
こんなにも人懐っこいプロトゾーンなら、研究するにもってこいだ。
思わず生唾を飲み込めば、手に力が入った。

「詳しく調べれば、何か分かるかもしれないわ」

「おい、ノイシュ!」

小さく笑えば何か察したのだろうか。
全力で駆けだしたプロトゾーンを追ってドワーフも走り去って行った。
こんな所で貴重な研究材料を逃すわけにはいかない。
咄嗟に一歩踏み出したところで、テネブラエの咳払いが聞えた。

 「アンジェラ、少し落ち着いて下さい」

その冷静な声に、我に返る。
アンジェラとしたことが、いくら貴重な生物を目にしたからといって一瞬でも旅の目的を忘れるとは。
なんとなく後ろを向き辛くて息を零せばエミルの苦笑が聞えた。

「アンジェラって……ああいうの好きなの?」

そっと息を吐き、アンジェラは心を落ち着かせる。
大丈夫だ、表情を作るのなんて慣れている。
いつもの落ち着いた笑みを張りつけると、エミル達の方を振り返った。

「研究が好きなのよ。生物学も少しかじったの。それにしても、ここがイセリアの北だなんて驚きね」

「そうだよ!僕達……海を渡ったってことだよね!?」

いつも通りのアンジェラにエミルが辺りを見渡す。
うまく話を逸らせたようだ。
信じられない話だが、アンジェラ達はマニトウに運ばれて目的地に着いたらしい。
ヴァンガードの目を掻い潜ったと思えばそうだが、魔物に食われてという方法だというのが複雑だ。

 「……ま、いいか。船代が浮いたと思えば」

「ええ。それに、お金では買えない貴重な体験もしましたしね」

が、マルタとテネブラエはそんなことを気にも留めないらしい。
図太いというか、なんというか。
溜息をつけば、エミルも同じように溜息をついた。

「ふ、二人とも前向きだなあ……」

「そうね。いくらタダだからといってこんな体験したくなかったわ」

大きく頷き、アンジェラは濡れた身体に目を落とす。
マニトウの体液や海水で身体が何か臭う気がしてならない。
一刻も早く宿屋を見つけて汚れを落とさなければ。

「だってもうここまで来ちゃったんだもん。仕方ないでしょ」

「そうだね……」

微かに頬を膨らませるマルタにエミルが苦笑する。
エミルはマルタに絶対に逆らえない。
いや、逆らう気さえないのだろう。
だが気弱なエミルを引っ張るにはマルタぐらいの強引さが必要だ。

 「では気を取り直してイセリアへ行きましょうか」

「「うん!」」

テネブラエが声をかければ、二人は声をそろえて頷いた。
何はともあれ、これでヴァンガードも足取りを掴めなくはるはずだ。
うまくいけば死んだと思われるかもしれない。
そう思えば、多少は納得が出来る。
いや、そう納得させたい。

「貴方でもあんな顔が出来るんですね」

自分に言い聞かせていると、隣でテネブラエが笑っていた。
マルタ達と一緒に行ったと思ったのだが、アンジェラをからかうためにここに残ったのだろう。
単純な二人と違い、テネブラエは本当にめざとい。
アンジェラはにっこりと笑みを作った。

「あんな顔ってどんな顔かしら」

「私にそれを言わせるんですか?」

「あなたって本当に陰険ね」

即答するテネブラエにアンジェラも即答する。
貴重な生物を目にしたとはいえ、少しの間でも冷静さを欠いていた自分が恨めしい。
アンジェラはそっと息を吐き、じゃれあいながら歩くマルタ達を追った――――





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