2-16:Pride.―気高き心、譲れぬ想い―
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カミシラ山地はパルマコスタから南に位置している。
山地といってもカミシラ山地はそう険しい場所ではない。
急いでいた為にあまり準備も出来ずにパルマコスタを出てきてしまったが、道中に運よく行商人と遭遇したこともあって順調に王朝跡に着くことができた。
王朝跡の内部は大きな水路がいくつもあり、豊富な水に溢れている。
話には聞いたことはあったが、地下に湖があるという噂は本当かもしれない。
「……ここが、王朝跡?」
「うん。旧王朝――八百年前にこの辺りにあったシルヴァラント王朝の神殿の一つ……なんだって」
辺りを見渡すエミルにマルタが頷く。
ブルートからシルヴァラント王家の末裔と教えられているために色々と詳しいのだろう。
何気なく説明するマルタに、エミルがおそるおそる口を開いた。
「マルタ……僕、リヒターさんから聞いたんだ。リヒターさん達ヴァンガードは、ラタトスク・コアを使ってシルヴァラント王朝を復活させようとしてるって」
振り向いたマルタが大きく息をのむ。
マルタはリヒターがヴァンガードである事を隠していた。
それはリヒターを慕うエミルを傷つけまいとする、マルタなりの配慮だ。
大きく目を見開くマルタをしっかりとみつめながら、エミルは言葉を続けた。
「僕、正直言うと、今回の事件が起きるまでヴァンガードのこと、少しだけ分かるなって思ってたんだ。ヴァンガードは、テセアラ人からシルヴァラント人を救うために戦っていて、テセアラの味方のロイドを敵視してるって」
しっかりと迷うことなく言うエミルにマルタが俯く。
ヴァンガードはシルヴァラント人の人権を守るために組織されたが、それはもう過去の話。
今のヴァンガードはリヒターの手引もあり、ただの武装集団となり下がりつつある。
何も言わないマルタに、エミルは眉をひそめた。
「でも、シルヴァラントの人を救うために八百年も前の王朝を復活させて、なんの意味があるの?」
マルタの手に力がこめられる。
王朝を復活させたがっているのは、コアに心を蝕まれたブルートだけ。
マルタは王朝復活など望んでいない。
「……大衆には強い指導者が必要だっていうのが、ヴァンガードの総帥であるブルートの考えなの。あいつは自分が王様になりたいんだよ」
吐き捨てるような声には怒りが込められている。
当初の目的を忘れ、ヴァンガードを単なる武力集団へと変えてしまった父への怒り。
手段を選ばず、人々を苦しませる父への怒り。
そして、それを止めることもできない自分への怒り。
様々な怒りを含ませたマルタの拳は静かに震えており。
「……ばっかみたい」
呟くように零れた声は、悲しげで苦しげだった。
ブルートを変えた原因がアンジェラ達だと知ったら、その怒りはこちらに向けられるのだろうか。
かける言葉も見つからず、どこか他人事のようにマルタを見ていると、エミルが安堵の息を零した。
「……じゃあ、マルタはそんな馬鹿げたことが許せなくてヴァンガードを抜けたんだね」
「……う、うん……。そう……」
マルタが曖昧に頷き、ぎこちない笑みを浮かべる。
彼女の答えにエミルはなんの疑問も抱くことなく、微笑んでみせた。
「よかった。僕、マルタもそういう考えならどうしようかと思った」
「そんなわけないじゃん!」
「だよね!でも、ラタトスク・コアをどうやって使うつもりなんだろう」
はっきりと答えるマルタは内心冷や汗をかいているに違いないが、鈍感なエミルは絶対に気付いていない。
首を傾げ、考え込むエミルにテネブラエが口を開いた。
「魔導砲がどうとか言っていたと記憶しますが」
「そうなの?魔導砲って、何?」
「古代の武器なんだって。私も詳しいことは知らないんだ。アンジェラは知ってる?」
声をかけられたアンジェラに向けられたのは三つの視線。
テネブラエなら魔導砲のことを知っていそうだが、テネブラエの知識には若干の偏りがある。
差し障りのない範囲で答えようと、アンジェラはマルタ達に分かりやすいように言葉を組み立てた。
「簡単に言えば古代のカーラン大戦時代の兵器ね。トールハンマーと呼ぶ人もいるわ」
「兵器?そんなものをどうするつもりなの?」
「シルヴァラントにはテセアラのような統一政府がないでしょう?だからテセアラに征服されないように、シルヴァラントの力を誇示するために兵器が必要だと総帥は考えているの」
尚も首を傾げるエミルに、アンジェラはさりげなく総帥に罪をなすりつける。
人の良さそうなブルートにコアを渡し、王朝を復活させるように入れ知恵したのは他ならぬリヒターとアンジェラだ。
だがそんなことをエミル達に話すわけにもいかず、事実と嘘を織り交ぜて話せば皆納得してくれた。
我ながら、上手な嘘のつきかただ。
この嘘をつく力を多少はマルタにも分けた方がいいかもしれない。
「どうしてシルヴァラントにはそういうものがなかったのですか?」
世界が二つに別れてからは眠りについていたため、この辺りの事は知らないのだろう。
テネブラエに説明するのも妙な気分だと思いながら、アンジェラは説明を続けた。
「衰退世界であるシルヴァラントはディザイアンによって荒廃し、更に八百年前のイフリートの業火によって、当時王朝のあったトリエットは滅亡。国の要がなくなり、統率のとれなくなったシルヴァラント王朝は滅亡したの」
そこで一度言葉を区切り、マルタ達の顔を見る。
説明不足なようなら補足しようと思ったが、その必要はなかったらしい。
真剣な様子で耳を傾けるマルタ達を見、アンジェラは続けた。
「その後も八百年に渡る世界衰退のために国の復興はままならず、シルヴァラントは街や村単位の統治でなんとか生き延びてきたのよ」
「テセアラはどうだったのですか?」
「テセアラは衰退世界ではなく、正反対の繁栄世界。国を滅ぼすような大きな脅威もなく、豊潤なマナもあって、八百年間にも渡る王制により繁栄し続けてきたわ。とはいえ外に敵がいなくても、内部では貴族や教会が泥沼化した権力争いを繰り広げていたけれど」
分かった?と最後に問えば、誰もが頷いた。
話せばいくらでも長くなるが、これだけ話せば十分だろう。
「アンジェラ、すごく詳しいね」
「これくらい常識よ」
感嘆の息を零すエミルにアンジェラは肩をすくめて微笑んだ。
常識、という言葉がひっかかったのかエミルは微かに口元を引きつらせたが、何も言わない。
「テセアラの方が力を持ってるから、二つの世界が一つになった途端にマーテル教会もテセアラ寄りになっちゃったし……。リンネ・アーヴィングが復興大使やってた頃はまだましだったけどね」
「そうなの?」
小さめの声で補足するマルタにエミルが首を傾げる。
パルマコスタはシルヴァラントの要。
統合当初、大使として活躍していたリンネのことも知っているのだろう。
エミルに頷いて、マルタは言葉を続けた。
「リンネ・アーヴィングが二つの国を繋いでたんだよ。あの人がいる時はテセアラ側から大きな圧力もなかったんだけど、あの人が顔を出さなくなって血の粛清が起きてからはテセアラとの関係が悪化しちゃって……」
マルタの話を聞く限り、リンネはパルマコスタの人々に受け入れられていたらしい。
大きくため息を零し、マルタはどこか遠くを見るかのように水路の方へと目をやった。
「世界再生の前も後も、シルヴァラント人には厳しいよ……」
「教会の人たちはそんなに酷いの?」
エミルもパルマコスタにいたなら、テセアラの言いなりとなっていくシルヴァラントの教会を知っているはずだが、何も知らないらしい。
やはりエミルは何も知らなさすぎる。
まるで、パルマコスタに住んでいなかったかのように。
何も知らないエミルに事実を知らせようとアンジェラは口を開いた。
「テセアラの教会は排他的だもの。前教皇なんていい例よ。ハーフエルフが罪を犯した場合は例外なく処刑、街を歩いているだけで捕えられ地下送りだもの」
「そんな酷いことをしてたの?」
「ええ。捕まった同族なんて沢山見てきたもの」
同情されたのだろうか。
微笑めば、エミルは俯いてしまった。
アンジェラがあの地下に捕えられた時、すでに地下には大量のハーフエルフがおり、次から次に同族が地下に放り込まれてきた。
リヒターもその一人。
「……そのうちエミルもみかけると思うよ。あいつらの腐った宗教家根性をね」
忌々しげに言うマルタの目には怒りが込められていた。
再生前は世界中から崇拝されていた教会だが、権力に跪く犬と化した教会からは徐々に信者が離れている。
このまま教会の権力が衰退していくのも時間の問題だろう。
「それより、そろそろトマスさんを捜しましょう」
「あ、そうだよね。脱線してごめん……」
これ以上ここで時間を無駄にするわけにはいかない。
テネブラエに声をかけられ、エミルは前に歩き始めた。
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