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2-12:Resemble.―学者と少年―

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 薄暗い道をアンジェラ達は進む。
以前より魔物が少ないのは前回、数を減らしたこととコアの影響が消えたからだろう。
前回の記憶を頼りに進めば、先頭を歩いていたリヒターがこちらを振り返った。

 「本当にここがバラクラフ王廟へ続いているのか?」

「ええ。見て、あの石像の近くにある紋様。見覚えがないかしら?」

言ってアンジェラは数メートル先の石像を指差す。
少しも疑うことなくリヒターは足を速め、その紋様の前に立つと足を止めた。
アンジェラの言いたいことが分かったのだろう。
眼鏡の位置を直すと頷いた。

「なるほどな」

あの紋様はシルヴァラント王朝と縁のあるもの。
説明せずとも分かったのだろう。
考古学はリヒターの専門ではないが、ラタトスクを調べる上でシルヴァラント王朝に関する文献も読んだのだから。
が、エミルにそんなものが分かるわけがない。
首を傾げ、エミルは無防備に壁に向かって手を伸ばした。

「どういうことですか?」

「エミル!うかつに壁に触れるな!」

「は、はいっ!」

思わずリヒターが止めれば、エミルは肩を震わせた。
驚かせてしまってかわいそうな気もするが、今のはエミルが不用意すぎる。

「古代の遺跡には、未知の仕掛けが施されていることも多い。慎重に行動しろ、バカめ」

「す、すみません……」

きつい口調のリヒターにエミルが怯えて視線をそらす。
よほど怖かったのだろう。
沈んだ表情のエミルにリヒターが溜息をついた。

「……すみません……」

「一度謝れば十分だ」

「すみません」

反射的に謝ってしまうのだろう。
中々上がってこない視線にリヒターは忌々しげに眉をひそめた。
彼は不器用すぎるのだ。
彼はただ、エミルが危険な目に遭わないように心配してくれただけなのに。

「つまり、何かあってからは遅いから気をつけろということよ別に怒ってるわけじゃないわ。ただ心配しているだけよ」

「え?」

微笑んで説明すればエミルは顔を上げてアンジェラを見、続いてリヒターを見た。
心配してくれたとは思わなかったのだろう。
エミルは期待のこもった翠の目でリヒターを見つめている。

「余計なことを言うな」

「でも本当の事でしょう?」

「黙れ」

にっこり笑みを浮かべれば、リヒターは舌打ちをした。
図星を指されて何も言い返せなのだろう。
本心がエミルに知られて恥ずかしいのか、リヒターの顔は薄暗いここでも赤くなっているのが分かった。

「アンジェラもそうだけど、リヒターさんもなんか遺跡のこととかに詳しいみたいですね。もしかして遺跡研究家か何かなんですか?」

和んだ空気に、エミルが笑う。
遺跡の研究に携わった者なら誰でも知っている常識でも、ただの一般人であるエミルには分からないのだろう。
暢気にも感じる質問にリヒターは眉間に皺を寄せた。

「俺はヴァンガードだぞ。知らないのか?」

「え?」

エミルの目が大きく見開かれ、その視線はリヒターから外れない。
ちらりとリヒターの目がこちらを向いたが、ここは下手にアンジェラが言うよりリヒターの口から言って貰った方がいい。
リヒターがヴァンガードだという衝撃的な事実を否定してほしいのだろう。
エミルの緑色の目が、救いを求めるようにリヒターに注がれている。

「で、でも遺跡とかにすごく詳しいですよね?」

アステルによく似たエミルが傷ついた顔を直視出来ないのだろう。
リヒターの視線がエミルから外れた。
だが事実は事実として互いに受け入れてもらわなければ。

「アンジェラ、何故言わなかった?」

「彼が傷つくと分かっていたもの。それに、人の情報を不用意に話すような軽い口は持っていないわ」

静かに微笑めば、何か言いたげなリヒターの視線が突き刺さる。
リヒターの言いたいことは分かるが、ここは彼の口から説明しなければ意味がない。
彼の思いに気付かぬふりをしてにこにこと笑っていると、リヒターは腹をくくったのかゆっくりと口を開いた。

「……昔、こういった古代の遺跡を調査する仕事についていた。だから詳しい。それだけだ」

よほど落ち着かないのか、リヒターはずれてもいない眼鏡の位置を直した。
リヒターがマルタの命を狙うヴァンガードだと知って幻滅するだろうか。
反応をうかがっていると、エミルがゆっくり口を開いた。

 「……ありがとうございます」

「……何故だ?」

微笑むエミルに、リヒターが眉を寄せる。
感謝される意味が分からないのだろう。
アンジェラだってそうだ。
眉間に皺を寄せるリヒターにエミルは微笑んだまま言葉を続けた。

「リヒターさんがヴァンガードだったことはショックですけど……でも自分のこと話してくれたから、やっぱり嬉しいです」

嬉しそうに顔を綻ばせるエミルにリヒターが逃げるように目を逸らす。
あの笑顔を正面から見るのは照れるのだろう。
そっぽを向いて、リヒターは溜息をついた。

「口が滑ったな……」

「もっと色々教えて下さ」

「もう話すことはない」

にこにこと笑うエミルを遮ってリヒターが一蹴する。
仲良くなれると思ったのだろうか。
冷たいリヒターにエミルは残念そうに俯いた。

「そ、そうですか……」

彼の過去に触れることは、アンジェラの過去にも触れること。
アンジェラ達の過去とラタトスクは切っても切れない関係。
エミルにラタトスクの本性を知られてはいけない以上、先に進む方が得策だろう。

 「おそらく、ここが入り口に繋がっているわ」

「確かに違和感があるな」

石像を示せば、リヒターは考え込むようにじっと見つめた。
アンジェラの推測が正しければここからバラクラフ王廟へ行けるはず。
だがエミルはこの石像を見ても何とも思わないのだろう。
大きく首をかしげている。

「違和感……僕には全然分かりません」

「……そうか?いや、そうだろうな……」

首を傾げるエミルにリヒターは首を横に振って溜息をついた。
彼の気持ちなんて手に取るように分かる。

「す、」

「彼はエミルだもの」

すみません、と言いかけたエミルの言葉を遮り、アンジェラは笑みを作った。
エミルはアステルではない。
そう分かっていながらも、つい意識してしまうのだろう。
アンジェラが時折、エミルにアステルの姿を重ね合わせてしまうように。

「……そうだな。今のは俺が悪い」

 言ってリヒターは石像を観察し始め、アンジェラも共に観察を始める。
邪魔になると思ったのだろう。
エミルは数歩下がってじっと待っていたが、アンジェラがソーサラーリングの必要性を説明するとすぐに動いてくれた。
石像の先に現れたのは移転陣。
どうやら考えは当たっていたらしい。

「俺から行く。お前たちは待っていろ」

「ええ、お願い」

アンジェラが返事をするのと、リヒターが移転先に消えたのは同時だった。
おそらくこちらの返事など待っていなかったのだろう。
リヒターの姿が消えた所でエミルが大きく肩を落とした。

「僕、何か悪いことしちゃったのかな」

「あなたは何も悪くないわ。気にしないで」

「でも……」

アンジェラが微笑むも、エミルの視線は上がってこない。
それだけリヒターを慕っているのだろう。
そっと息を零し、アンジェラはゆっくりと口を開いた。

「貴方は貴方のままでいればいいの。他の誰でもない、エミル・キャスタニエとしてね」

彼はアステルではない。
ただの、エミル・キャスタニエ。
ラタトスクの騎士に選ばれてしまった、臆病なただの少年。
そう自分に言い聞かせている事に気付き、アンジェラは再び息を零した。
エミルにアステルを重ね合わせているのは自分も同じだ。
偉そうなことは言えない。

「アンジェラ?」

思いのほか思考にふけってしまったらしい。
心配げに顔を覗き込むエミルにアンジェラは首を横に振って微笑みを作った。

「なんでもないわ。もうすぐリヒターが帰ってくるわよ」

励ますつもりが心配されてしまうとは情けない。
詮索を避けようとマナの震えを感じた移転陣を示せば、リヒターの姿が現れた。
移転先はやはりバラクラフ王廟だったらしい。
行くぞ、と先を促されアンジェラはリヒターに続いた――――









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