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2-12:Resemble.―学者と少年―

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 どうやらリヒターはエミルより先について手をまわしたかったらしい。
彼はアスカードに着くとまず町長宅へと向かい、町長にマルタの足止めを頼んだ。
意外な事に町長は二つ返事で引き受けてくれたが、顔見知りなのだろうか。
町長にマルタのことを頼むと、アンジェラはリヒターに連れられ宿屋の一室に向かう。
案内された部屋は、以前泊まった時と変わらぬ大きさの部屋だった。
 アンジェラは窓を開けて外の空気を吸う。
コアの影響もなくなり、穏やかな風が戻ったからだろう。
街を吹き抜ける風は乱暴な風ではなく、柔らかな風だった。
窓から外を眺めるが、エミルの姿は見つからない。
やはりまだまだ時間がかかるのだろう。
ただ待っているのも退屈に思えて、アンジェラはリヒターに声をかけた。

 「お茶でも淹れましょうか?」

「大人しくしていろ。お前は一応人質なんだぞ」

「でもじっとしているのも退屈だもの。喉も乾いたし」

リヒターに睨まれても全く怖くない。
肩をすくめて笑えば、リヒターは荷物を漁りだした。

「水で我慢しろ」

投げて渡してきたのは細長い水筒。
見覚えがあるのは、旅をしたときに何度も目にしたからだろう。
両手でしっかりと水筒を受け取ったアンジェラはベッドに腰かけると水筒を開けた。

「くれるの?ありがとう。でもこれって間接キスね」

「っ!!」

アンジェラが笑顔で言うや否や、リヒターは一瞬で距離を詰めてきた。
水筒を奪い取ろうと伸びてきた彼の手を、アンジェラは冷静にかわしてリヒターに足払いをする。
水筒に意識を取られてかわしきれなかったのだろう、リヒターの身体はアンジェラを押し倒す形でベッドに倒れこんだ。

 「あら、大胆ね」

「っ、お前のせいだろう」

アンジェラが胸元で水筒を抱きしめて微笑めば、リヒターは耳まで真っ赤にした。
本当に、彼は変わっていない。
少しからかえば面白い反応をしてくれるのも、口では厳しいことを言いながらも本当は優しい所も、あの頃と何も変わらない。
そう思うと自然と笑みが零れた。
これで本当に魔族に取憑かれているのだろうか。
全てテネブラエの嘘だったのではないだろうか。
もしかしたら、

 「ちょっと何してんのよ!」

姿を現すなり怒声を上げるアクアにアンジェラは思考を止めてにっこりと笑う。
気配を感じなかったが、いつから居たのだろうか。

「あらアクア。いたの?」

「いたわよ!バカにしないで!」

強く睨みつけてくるアクアの視線を、にこにこと笑みを浮かべて受け止める。
アンジェラの余裕が気に入らないのだろう。
アクアは眉間に深い皺を刻んでこちらを睨みつけ、僕のオタオタを呼び出した。
彼女も相変わらず元気そうで何よりだが、室内で魔物を呼ぶのはどうだろう。
アクアの視線を受け止め続けていると、リヒターが再び水筒に手を伸ばしてきた。

 「おい、いいからそれを返」

「アンジェラ!今すごい音がしたけど大丈……夫」

それと同時にドアが開き、部屋に入ってきたのはアンジェラ達が待っていたエミル。
ちゃんとマルタと別行動をとることが出来たのだろう。
だが部屋に足を一歩踏み入れた所でエミルの動きがぴたりと止まり。

「ご、ごめんなさい!」

続いて顔を赤くしたかと思うと、勢いよくドアを閉めた。
この部屋の状況と言えばアクアが魔物を呼び出し、ベッドの上ではリヒターがアンジェラを押し倒しているという状況。
あの入り口からの角度を考えると、オタオタはベッドの陰で見えなかったのかもしれない。
とすれば、エミルの目に入ったのはベッドの上のアンジェラとリヒター。

「あら、誤解されちゃったかしら」

「お前のせいだろう!」

小さく笑えば、リヒターが耳まで真っ赤にしてエミルを追って部屋を出て行った。
まるで浮気現場を見られたような反応に、アンジェラは思わず笑ってしまう。
とはいえ、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。
アンジェラはベッドから起き上がると脇机に水筒を置き、髪を整える。
耳を澄ませばリヒター達の会話が聞こえてくるが、何を話しているのかはよく分からない。
身なりを整え終えるとリヒターもエミルの誤解を解けたのか、二人できまずそうな顔で戻ってきた。

 「……アンジェラ、元気そうだね」

元気そう、とは一体どういうことだろう。
リヒターは一体どんな説明をしたのだろうか。
アンジェラはエミルが一人で来るための人質として連れてこられたというのに。

「そうかしら?怖いお兄さんに押し倒されて怖かったわよ」

「どこがよ!リヒターさまのことからかって遊んでいたくせに!」

小首を傾げればアクアが声を上げた。
リヒターで遊んでいたのが気に食わないのだろう。
目を吊り上げるアクアに、アンジェラは肩をすくめた。

「何のことかしら?私、ただ怯えていただけなのに」

「あんたって相変わらず陰湿ね!」

少しからかっただけなのに、陰湿とは失礼ではないだろうか。
陰湿というのはアンジェラではなく、テネブラエの方だというのに。

 「おい、行くぞ。さっさと案内しろ。時間がかかればマルタが怪しむだろう」

アンジェラ達の会話に疲れたのだろう。
頭を押さえてリヒターが睨みつければ、エミルから笑みが消え、真剣な眼差しがリヒターに向けられた。

「マルタには手を出さないのですよね」

リヒターの視線にエミルは怯まない。
ラタトスクの力が憑依しなければただの臆病な男の子だと思ったが、少しはラタトスクの騎士としての自覚が芽生えてきたのだろうか。
だとしたらこれから先、戦いも楽になるかもしれないがそれでも手放しで喜べない。
あの残虐非道なラタトスクのことだ。
これもこちらを騙すための策である可能性もある。

「町長に話をつけた。よほど運が悪く鉢合わせでもしない限り殺しはしない。……今は、な」

「あ、ありがとうございます!やっぱりリヒターさんは優しいのですね!」

思考を巡らせていると、エミルが目を輝かせて微笑んだ。
あの眩しい笑顔は本当にアステルとよく似ている。
リヒターも同じなのだろうか。
エミルの笑みにリヒターは顔を赤くしてそっぽを向いた。

「……か、勘違いするな。いつかは必ずラタトスク・コアを取り上げる。そうすれば、マルタは死ぬということを忘れるなよ」

微かに声が揺れたのは絶対に気のせいではない。
口調が早いのは照れ隠しだろう。
だがリヒターの言うことは全て真実だ。
ラタトスク・コアを狙っている以上、リヒターがコアより優先すべき事項があるということが不自然なのだから。

「ラタトスク・コアより大事な物が、あなたにあるの?」

口の端を上げて言えば、リヒターがこちらを向いた。
その顔に先ほどまでの照れなどはない。
眉間に皺を刻み、ゆっくりと口を開いた。

「言っただろう。あれはコアと間接的に関係があるとな」

「スピリチュアル書は、サイバックの学術資料館が厳重に保管していたはずよね。あれは内部の者しか触れることの許されない代物。それがどうして外部の……しかもシルヴァラントの辺境にあったのかしら」

「……さぁな」

あくまで白を切るつもりらしい
それほど知られたくないことなのだろうか。
アンジェラはそっと目を細めて言葉を続けた。

「まあ、人間なんて自分の欲望のためなら、貴重な文献なんて簡単に売り飛ばすでしょうけど」

「話して欲しかったらさっさと案内しろ」

はっきりと告げるリヒターにアンジェラは小さく笑う。
こうして強引に会話を切り上げるのは、彼のいつもの癖だ。
リヒターは図星を指されると明らかに機嫌を悪くし、最終的には何も話さなくなる。
こうなっては何も聞き出せないだろうと結論付けて、アンジェラはそっと息を零した。

 「それじゃ、石舞台の地下へ行きましょうか」

ベッドから立ち上がり、ガントレットの確認をする。
あそこには魔物が大量に住みついている。
行くのならそれ相応の準備をしなければ。

「石舞台の地下?でもあそこってマルタがいないと開かないんじゃないの?」

遺跡の入り口は、マルタが儀式をすることで開き、コアを持って出た後に消えてしまった。
あそこを開ける鍵は儀式とコア。
けれど、とアンジェラは口を開いた。

「そうとは限らないわ。遺跡というものは、一度封印を解除すればある程度封印が緩むのよ。あそこはセンチュリオンの祭壇があった場所。なら、ラタトスク・コアを持つマルタがいなくてもセンチュリオンの力で開く可能性が高いわ」

封印が緩むのには色々と理由があるが、そんな理論を話してもエミルには分からないだろう。
簡単に説明すればエミルはへぇー、と返事をしてくれた。

「ねえ、テネブラエ」

「そうですね。アクアが出来なくとも、私なら余裕で開けます」

確認の為に声をかければ、テネブラエは自信満々に頷き。
アクアを挑発するようにちらりと横目でみると、鼻を鳴らした。

「な、何よ陰険テネブラエ!あんたまで一緒にいたの?」

こんなに近くにいたのに気配に気付かなかったのだろうか。
それとも、まだ頭に血が上っていて気付かなかったのか。
だがそれもアンジェラにとってはどうでもいい話だ。
深くは詮索せずに、アンジェラは思考を止めた。

「あーやだやだ。暗いのが移っちゃう。リヒターさま、アタシ姿を隠しますから!」

「おやおや。さすが水のセンチュリオン。じめじめと陰湿ですね」

「うるさい!」

うっすらと姿を消しかけたアクアをテネブラエが笑えば、アクアは再び姿を現してテネブラエを睨みつけた。
どうやらテネブラエ達は相当仲が悪いらしい。
というより、アクアの方がテネブラエをかなり嫌っている節がある。
属性的には何の問題もないはずだが、仲が悪いのは性格の問題だろう。
竹を割ったような性格のアクアと、腹黒いテネブラエ。
アクアが気に入らないのは当然のことかもしれない。

「もう、同じセンチュリオンなんだから仲良くしなよ」

いがみ合うテネブラエ達にエミルが溜息をつく。
センチュリオン達は互いにマナを整える使命を担う存在。
協力し合う関係だというのに、いがみ合う二人にエミルは肩を落とした。

「……放っておけ。行くぞ」

「は、はい!」

が、リヒターに声をかけられればすぐに背筋を伸ばした。
威圧されている、というよりは彼の前ではしっかりとした姿を見せたいらしい。
部屋を出るリヒターにエミルはすぐ続いた。



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