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2-10:Embarrassment.―不可解な心、戸惑う心―

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 パルマコスタへ向かう旅路は順調そのものだった。
魔物に遭遇しても、三人でかかれば造作もない。
エミルも段々と戦闘に慣れてきたのだろう。
魔物を目にしてもすぐに剣を抜けるようになってきた。
 大きな問題もなくハコネシア峠を越えれば、関所で見つけたのは会いたくなかった人物。
咄嗟に物陰に隠れたアンジェラ達は、息をひそめて様子を窺った。

「ただいま伝令がありました!神子はルイン方面に向かったようです」

「むー。そっちはデクスの担当じゃない。つまんないの〜。じゃあこっちはセンチュリオン・コアに集中しなくちゃ」

駆け寄って膝をつき、報告をするホークにマルタが頬を膨らませる。
アリスが持つ鞭が怖いのだろう。
ホークはおそるおそる言葉を続けた。

「あの、それでマルタさまはこちらに向かったそうなのですが……」

「マルタちゃんが!ううん、じゃあセンチュリオン・コアはホーくんに任せるわね」

ホークの報告にアリスの顔が明るく輝く。
マルタを自分でいたぶれるチャンスが巡ってきて嬉しいのだろう。
嬉々としてホークを鞭で指すと、満面の笑みを浮かべた。

「アリスちゃんはパルマコスタでマルタちゃんを待ち伏せしちゃうわ」

言うや否やマルタが踵を返し、ホークも続く。
これはまずいことになった。
よりによってアリス達と目的地が同じとは。
アンジェラが大きくため息をついていると、エミル達が物陰から出た。

「……マルタ。今の聞いた?」

「……仕方ないよ。なるべくアリスに見つからないようにパルマコスタに行くしかないよね」

浮かない表情のエミルに、マルタがぎこちなく頷く。
道中はなんとかなるかもしれないが、問題はパルマコスタに着いてからだ。
あそこにはヴァンガードの本部がある。
アリス達がパルマコスタを離れるまで待つという手もあるが、それではセンチュリオン・コアがリンネ達に奪われてしまう可能性がある。
危険を覚悟して行くしかないだろう。

 「あそこに滞在する時間も極力短くした方がいいわね」

「そうだね……」

緊張の面持ちでエミルが静かに頷く。
パルマコスタはエミルにとって故郷であると同時に両親が殺された場所。
それに加えて恐怖の対象であるアリスが加われば、固くなるのも無理はない。
それでもパルマコスタは避けては通れない場所。
エミルは溜息を零しながらも、前を行くマルタに続いた。

 「うっ」

だが数歩歩き始めた時、エミルは立ち止ったかと思うと頭を抱えてしゃがみ込んだ。
一体どうしたのだろう。

「エミル?」

「うわああっ……!」

異変に気付いたマルタが駆け寄ってしゃがめば、エミルは勢いよく顔を上げて空を仰いだ。
その目は固く閉じられ、眉間には深い皺が刻まれている。
一体どうしたのだろう。

「エミル!」

マルタが必死に呼びかけてもエミルは反応しない。
苦しげに頭を抱えてうずくまり、その身体は震えている。
先ほどまでこんな症状の予兆となるものはなかった。

「どういうことなのテネブラエ?」

まさか、ラタトスクの力が関係しているのではないだろうか。
ラタトスクの力は未知の力。
戦闘になれば興奮状態になり、身体能力が飛躍的に上昇する。
それほどの症状が出る力なら、人体に何らかの影響を及ぼしてもおかしくない。

「私にも分かりません」

アンジェラが睨みつけて言ってもテネブラエは首を横に振るだけ。
何か隠しているのか、それとも本当に何も知らないのか。
とにかく症状をもっと詳しく見てみようとアンジェラはエミルの傍にしゃがみこんだ。

 「や、やめて!」

「エミル!しっかりして!」

叫ぶエミルにマルタが肩を掴んで揺する。
そんな乱暴な事をしては、と思ったがどうやら効果があったらしい。
息を切らせながらも、エミルの緑色の目はまっすぐマルタを見つめている。

「マルタ……」

「いきなりどうしたの?」

心配げなマルタにエミルは目を逸らした。
エミル自身も自分が何をしたのかよく分かっていないのだろう。
答えを探すように視線を泳がせている。

 「……わかんない。なんか変な映像が見えて……白昼夢、なのかな……」

「どんな夢だったの?」

白昼夢?と首を傾げるマルタの隣でアンジェラはエミルに問いかけた。
白昼夢は非現実的な空想や、願望が現れる場合も多いと聞く。
じっと答えを待っていると、ややあってエミルが口を開いた。

「……よく覚えてないんだ。暗い場所で、武器を持ったリヒターさんが……」

暗い場所、武器を持ったリヒター。
一瞬にして、全てが狂ったあの日が脳裏をよぎった。
何故こんな僅かな情報であの光景が脳裏をよぎったのだろう。
ただの考えすぎなのだろうか。
それとも、やはりラタトスクと関係があるのだろうか。

「それで……?」

胸が高鳴るのを感じながら更に問えば、エミルは頭を押さえて首を横に振った。

「ごめん、よく覚えてないんだ」

ごめん、と再び言ってエミルは俯いた。
その答えに落胆すると同時に、安心している自分がいる。
自分は何に期待し、何に安心しているのだろう。
意味の分からない感情を抱く自分にアンジェラはそっと息を吐いた。

 「歩きながら夢見るなんて変だよ。少し休もうか?」

「……ううん、大丈夫。行こう」

マルタの笑みに、エミルがぎこちない笑みを浮かべて立ち上がる。
心配させまいと笑みを作ったのだろうが、あんなぎこちない笑みで誤魔化せるとでも思ったら大間違いだ。

「大丈夫じゃないでしょう?座りなさい、エミル」

エミルの手首を掴んで引っ張り、再び座らせればエミルは身体を震わせた。
いつもの笑みを作ったつもりだが怖がらせてしまっただろうか。
笑顔なんて作り慣れたと思ったが、自分もまだまだ甘いようだ。

「だ、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないでしょう。動悸も息切れもあるし、顔色も少し悪いわ。汗も出ているみたいだし……熱はないようだけど、疲れが出たのかもしれないわね」

手を取って脈を測り、瞼の裏などを手早く看る。
幸い熱はないようだがエミルが本調子でないのは確かだ。
少し休ませた方がいいだろう。

「だけど……」

「見たところ、それほど顔色も悪くありませんし大丈夫でしょう」

「ほら、テネブラエもこう言ってるし」

心配をかけたくないのだろうか。
苦笑しながらテネブラエの言葉に頷くエミルは休もうとしない。
だが気弱なエミルを言葉で従わせるなんて容易い事。
それにこちらにはマルタもいる。

「でもここからパルマコスタまでは、まだ距離があるわ。少し休んだ方がいいんじゃないかしら」

「じゃあ、あそこの小屋で休ませてもらおうよ!」

同意を求めれば、マルタはすぐに近くの小屋に駆けこんで行った。
考える前にまず行動のマルタと、行動する前にあれやこれやと考えてしまうエミル。
どちらが押しが強いかなんて考えるまでもない。

「と、いうことだけど異論はあるかしら?」

「……ありません」

にっこり笑えば、エミルは乾いた笑みを浮かべた――――









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