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2-10:Embarrassment.―不可解な心、戸惑う心―

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 無事報告も終わり、これで本当の意味で事件は解決した。
先ほどの町長の話ではこの街もヴァンガードの影響を受けているらしいが、そんなことはここの住民が解決すべき問題だ。
アンジェラには関係ない。
センチュリオン・コアも手に入れたことだ。
もうこの街に長居する必要はないだろう。
空を見上げれば、思わず目を瞑ってしまう程の眩しい太陽が輝いている。
その雲ひとつない空のように、晴れ晴れとした表情でマルタが空を見上げた。

「これで変な突風も起きないね」

「マルタ、良かったね」

「うん。みんなで頑張った甲斐があったね」

エミルに頷いて、マルタはコレット達の方へと振り返る。
これでこの街で為すべきことはもう何もない。
とすれば、それぞれがそれぞれの目的の為に旅を再開する時だ。

 「……それじゃ私達、そろそろ行くね。みんなありがとう」

「元気でね」

コレットが羽を出せば桃色の光が舞い、ミトスが羽を出せば七色の光が舞った。
絵になるという表現はこういう光景を言うのだろう。

「もう行っちゃうの?」

「うん。ロイド達のこと、心配だから」

寂しげなエミルにコレットが寂しげに微笑む。
アンジェラ達は無事に事件を解決したが、彼女達にとっては問題が一つ増えたようなもの。
一刻も早くロイド達に会いたいに違いない。

「ヴァンガードに気をつけて」

「マルタ達もね」

マルタが心配げに声をかければ、コレットはふわりと微笑んだ。
ヴァンガードに狙われているのはマルタも同じ。
コレットは至極当然の言葉を返して少しだけ羽で浮いたが、やはりまだ名残惜しいのだろう。
マルタ達は、ぽつぽつと他愛のない話を始めてしまった。
一刻も早く次のコアを探したいのは山々だが、これはいい機会かもしれない。
マルタ達を少し離れた所で見守っていると、ミトスが歩み寄ってきた。

 「じゃあ、これでお別れだね」

言ってミトスは微笑んだ。
コアを探すアンジェラ達と、コアを探すロイドを捜すミトス達。
再会の可能性は高いが、またいつ会えるかは分からない。
聞けることは今のうちに聞いておいた方がいいだろう。
アンジェラはテネブラエがコレット達と楽しげに話しているのを確認すると、ミトスに問いかけた。

 「あなたはラタトスクを知っているのよね。ラタトスクの騎士についても何か知っていることはないの?」

彼は、何か知っている気がする。
まっすぐ見つめればミトスはちらりとエミル達の方を見、小さく首を横に振った。

「ボクはラタトスクの騎士について、何も知らないよ」

「でも、ラタトスクには会ったことがあるのよね」

再び問えば、ミトスは迷うことなく頷いた。
ミトスも会ったことがないということは、ラタトスクの騎士とはラタトスクが弱体化した時にのみ現れる存在なのだろうか。
それとも、と思考を巡らせているとミトスが口を開いた。

「ラタトスクは、この世界を守る存在。守護者ともいえる精霊だよ」

守護者、と聞いてアンジェラは湧き上がる感情を抑え込んだ。
何故、世界の守護者であるはずのラタトスクがあんなに残虐非道な性格をしているのだろう。
奴がもっと精霊らしかったら、こんなことにはならなかったはずなのに。

「精霊にも心がある。人を慈しむ気持ちも、人を恨む気持ちもある」

ミトスの言葉に、アンジェラは顔を上げた。
まるでこちらの思考を見通したかのような空色の目に胸がざわめく。
彼はやはりラタトスクのあの性格を知っているのだろう。
だからこそ、こんなことを言う。
もしかしたらアンジェラの事情でさえ、彼は勘付いているのかもしれない。
目に力がこもるのを感じながら、アンジェラはミトスの言葉を待った。

「だから慈しみには慈しみで返してくれるし、憎しみには憎しみで返してくる。精霊だって、心はボク達と同じなんだよ」

「心は、同じ……?」

ぽつりと零せば、ミトスはどこか静かに微笑んだ。
ただの綺麗ごとに思えないのは、彼が実際に精霊達と契約を交わした勇者だからだろう。
否定する言葉なんて山ほどあるはずなのに、そのどれもが口から出てきてくれない。

「こんなこと、ボクに言う資格はないかもしれないけれど……」

言ってミトスは苦しげに笑みを零した。
どうして彼が苦しげなのか、アンジェラには分からない。
彼の目には、アンジェラが汲み取るにはあまりに多すぎる感情が入り混じっている。
これは経験の差なのだろうか。
じっと言葉の続きを待っていると、ミトスはそっと息を零した。

「でも、君が心から誰かと笑いあえる日が来る事を願っているよ」

思わず息をのんでミトスを見つめる。
まさか、マルタ達でさえ気付かなかった作り笑いを彼は見抜いたというのだろうか。
彼の前で感情的になったことなどないはずだ。
いつも通り笑っていたはずなのに。
それでも動揺を肯定するのは癪に思えて、何のことかしら、と笑みを作ればミトスは小さく笑った。

 「それでは、またお会い出来るのを楽しみにしています」

あちらの話も終わったのだろう。
コレットが羽で宙に浮かぶとミトスも同じように羽を使って宙に浮いた。

「ありがとう、テネブちゃん!それじゃあね!」

「またね。みんな」

「うん。またね」

「元気でね!」

手を振るコレットとミトスに、エミルとマルタも笑みを浮かべて応える。
アンジェラも別れの言葉ぐらいかけた方がいいだろう。

「また会える日を楽しみにしているわ」

笑みを作れば、ミトス達も頷いてくれた。
まだまだ彼には聞きたいことはあるが、さすがにこの状況では聞けるわけがない。
 背を向けて飛び去っていったコレット達から零れた光の粉が、大地に降り注ぐ。
二人の光は軌跡となって空に輝いていたが、それも段々と消えて行き、二人の姿は青い空に消えていった。
たった数日の出来事だが、ずっと長い間一緒にいた気がするのは様々な変化があったからだろうか。
尤も変わったマルタに視線を移せば、彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。

 「これでよかったのかしら?」

「何が?」

二人の姿が消えていった所でアンジェラは手を下ろし、隣のマルタに声をかける。
アンジェラの考えなど分からないのだろう。
マルタは不思議そうに目を瞬かせている。

「神子のこと、憎んでいたのでしょう?許して良かったの?」

あの表情を見れば、出逢った時のような憎悪を抱いていないことは分かる。
でも、それでも、アンジェラは問わずにはいられなかった。

「……正直、何とも思ってないわけじゃないよ」

視線を逸らしたマルタの声は、いつものマルタの声より小さい。
やはりわだかまりがないわけではないのだろうか。
自信なさげにマルタは少し俯いている。
それでも現実を受け入れ、前に進もうとしているのだろう。
顔を上げたマルタは、コレット達が消えていった空をまっすぐ見上げた。

「でもね、一緒にいて分かったの。コレットは悪い子じゃないって。だって、あんなに誰かのために一生懸命で、世界のこと大切に思ってるんだもん」

マルタの迷いのない言葉に、どきりとした。
その言葉に嘘が何一つないことはマルタの目を見れば分かる。
つい最近まで神子を恨んでいたはずの少女は、微笑みさえ浮かべて神子を語っている。
その微笑みに、何とも言えない気持ちになった。
このままマルタの言葉を聞けばこの感情の正体が分かるだろうか。
アンジェラは思考を巡らせながら、ただ静かにマルタの言葉に耳を傾けた。

「だからコレットのことをよく知らない人達の悪い噂話なんかじゃなくて、私がこの目で見たありのままのコレットを信じるって決めたの」

こちらを向いて微笑んだマルタの視線が痛いくらいにまっすぐで、うまく言葉が返せない。
マルタの考えは正しい。
他者の意見に流されず、他者の意見に感情的にならず、自分の中で確固たる考えを持ち、自分が得た情報に基づき答えを導き出す。
そうして導き出したマルタの答えは間違っていない。
コレットは恐ろしいくらいの善人だ。
人なら誰しもが持つ悪意というものを全く感じなかった彼女達は、信用してもいい人物だ。
考えていると、おそらく質問してきたアンジェラの反応を窺っているのだろう。
マルタがじっとこちらを見つめており、アンジェラは笑みを浮かべた。

 「そうね。えらいわマルタ」

言って軽く頭を撫でれば、マルタはくすぐったそうに笑った。
こうしていると、マルタは本当に子供だ。
実際、彼女はまだ親離れが出来ていない。
父親に歯向かってはいるものの、根底にあるのは父親を救いたいという気持ち。
だが子供だからこそ、変に固くならずに柔軟な考えを持てるのだろう。
アンジェラとは、違って。

「それにほら、コレットを恨んで憎んだって自分がみじめになるだけだもん」

(自分がみじめに……)

何気なく言うマルタに、胸に棘が刺さったような気がした。
恨んで憎むことが愚かだというのなら、憎しみの為に行動するアンジェラやリヒターもみじめになるのだろうか。
そう考えて不思議そうに首を傾げるマルタに気付き、アンジェラはマルタから手を離すといつもの笑みを作った。

 「そう……ならいいわ。さあ、私達も行きましょうか」

「そうだね」

「どこへ?」

すぐにマルタは頷いたが、エミルは首を傾げた。
そういえば、次の目的地についてはっきりと話したことはない。
だがマルタもしっかりと決めていたわけではないのだろう。
考え込むように視線を走らせ、少しだけ口と閉ざした後にゆっくりと口を開いた。

「とりあえずロイドの故郷で何か聞けないかなと思ってるんだけど」

「ロイドの故郷って…イセリア?」

「ここから北にあるけれど、陸路で向かうより海路で向かった方がいいわね」

アンジェラは持っていた地図を広げ、エミルに地図を見せる。
方角的に見れば北上すればいいが、山間部はまだ道が整備されていない。
若干遠回りになるが、少し南下しパルマコスタで船に乗ってイズルードから徒歩で向かった方が安全で確実だ。

「そうなると、船に乗らなければいけませんね」

「パルマコスタからなら数日で行けるんじゃないかな」

地図を覗き込んだテネブラエに頷き、マルタはエミルを見た。
パルマコスタはマルタやエミルの故郷ではあるが、血の粛清があった場所でもある。
楽しい思い出があると同時に辛い思い出の場所でもある。
エミルに抵抗はないだろうか。

「うん。僕もそれでいいよ」

「では、出発しましょうか」

だがそんな心配は無用だったらしい。
笑顔で答えたエミルに、テネブラエが頷いた。
 歩き始めたマルタの背を見て、アンジェラはぼんやり思う。
マルタはまだたった十六年しか生きていない子供だ。
思い込みが激しくて、いつも感情に振り回されて暴走して、失敗してばかりで。
甘えん坊で、いつも誰かに頼ってばかりで、誰かの助けがなければ生きていけない子で。
大人たちに甘やかされて育ってきた、お姫様のような女の子。
そう思っていたし、それは今もそう変わらないと思っていたのに、この気持ちは何だろう。

 『自分がみじめになるだけだもん』

マルタの何気ない言葉が耳から離れない。
アンジェラとマルタは違う。
アンジェラはマルタのように単純に割り切ることなどできない。
アンジェラにとって、今でもラタトスクは憎むべき敵だ。
奴を許す日など一生来ないに決まっている。
絶対に。
胸にたまった重い息を吐き、アンジェラはマルタ達を追って歩き出した。


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