2-09:Study.―騎士として、人として―
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石舞台地下は予想以上に広大な遺跡となっていた。
薄暗い石畳は、先が見えないほど遠くまで続いている。
遺跡の下にまた遺跡が続いているとは面白い。
室内にも関わらず風が吹いているのはどこか別の場所に続いているからか、それともここが風と縁の深い遺跡だからだろうか。
「このくるくる回ってる機械、なんだろう?」
魔物と戦いながらも先に進み、広間に出た所でエミルが足を止めた。
彼の視線の先にあるのは白い台座の上でくるくると回る白い輪。
首を傾げるエミル達の前に、テネブラエが姿を現した。
「ふむ、これはどうやらソーサラーリングの変換装置のようですね」
「精霊が祀られている遺跡などで多く用いられる装置ね」
テネブラエの言葉にアンジェラも頷き、じっくりと装置を観察する。
装置から感じるのは風のマナ。
中心に風属性の紋様が見えるが、これにソーサラーリングが反応するのだろうか。
「アンジェラも知ってるの?」
「文献で見たことがあるわ。実物を見るのは初めてよ」
「この装置を調べてみて下さい。恐らく、ソーサラーリングの機能を別のものに変換してくれるのだと思いますよ」
アンジェラが装置を見たままマルタに説明すれば、テネブラエが頷いた。
論より証拠、ここにエミルの持つソーサラーリングを翳せば何か反応があるはずだ。
おそるおそるエミルがソーサラーリングを翳せば、ソーサラーリングと台座が共鳴したかのように青みがかった光が零れた。
「ちょっと使ってみてくれるかしら?」
「うん……わっ!風が出た!」
「ちょっと見せてもらってもいいかしら」
ソーサラーリングから放たれた風を見て、エミルが頷く前にアンジェラはエミルの手を握る。
ソーサラーリング自体に大きな変化はない。
変化があるのは指輪の台座の部分だ。
「魔科学の一種のようね。簡略化した陣が刻まれているわ」
どういう原理かは詳しく調べてみなければ分からないが、この台座がソーサラーリングの属性を変化させたに違いない。
そっと指輪を撫でれば感じたのは風のマナ。
おそらくこれから先はこの風の力を使って進むことになるのだろう。
「あ、あの……アンジェラ?」
かけられた声に顔を上げれば、エミルが恥ずかしそうに目を逸らしていた。
ずっと手を握られて照れているのだろう。
可愛らしい反応をしてくれる。
「あら、ごめんなさい」
「アンジェラ、エミルを誘惑しちゃだめだよ!」
笑って手を離せば、マルタが口を尖らせていた。
やきもちを妬いているのだろう。
こちらも可愛らしい反応だと思いながらアンジェラはエミルの顔を至近距離で覗き込んだ。
「誘惑なんてしてないわよ。ね、エミル」
「う、うん」
照れたエミルが身体を逸らせば、マルタの大きな声が遺跡に響いた。
あまりやりすぎると本当にマルタの機嫌を損ねてしまう。
笑ってごめんなさい、と言うが、マルタの目はまだ怒っていた。
「アンジェラって遺跡マニアなの?」
「遺跡マニア?」
真剣な表情でじっとこちらを見るのはコレット。
よく意味が分からずにそのまま問い返せば、コレットはしっかりと頷いた。
「遺跡が好きでね、遺跡を前にすると遺跡モードに豹変しちゃう人のことだよ。リフィル先生とリンネは遺跡マニアだったんだ」
「特にリフィルさんのあれはすごいよね。あの豹変ぶりは、本当に……」
楽しそうに力説するコレットの隣では、ミトスが遠くを見つめている。
遺跡モードとやらにあまりいい思い出がないのだろう。
溜息をつく彼の口元は完全に引きつっている。
確かに遺跡は嫌いではないが、彼らに迷惑をかけるようなことはしていないはずだ。
そっと息を吐いて、アンジェラは軽くコレット達を見据えた。
「別にマニアじゃないわ。考古学を学んだのは昔の話だもの」
「色んな研究してるんだね」
「時間だけはあったもの。うんざりするくらい、ね……」
感心した様子のマルタにアンジェラは口の端を上げてみせた。
あそこで出来ることは研究しかない。
それを拒めば待っているのは死。
幼い頃あの地下に閉じ込められたときは絶望しかなかったが、あそこで得た物もある。
生きるための研究で得た知識は勿論だが、あそこにいたからこそリヒターやアステルと出会えたのだから。
「……でもやっぱり似てるなぁ」
過去に想いを馳せていると、辺りを見渡したコレットが首をかしげた。
「似てるって何が?」
「えっと、世界再生の旅でバラクラフ王廟って遺跡に行ったことがあるんだけど……そこにちょっと似てるみたい。そこにもソーサラーリングを変化させる装置があったんだよ」
辺りを見渡しながらエミルの問いに答え、コレットは先ほどの装置を指差す。
彼女は世界再生の旅の途中、試練の一環でバラクラフ王廟に行ったことがあるらしい。
だとしたら似ていると思うのは当然だ。
「それは、バラクラフ王廟もこの辺りもシルヴァラント王朝の領土だったからじゃないかしら」
「でもバラクラフ王廟ってここから北東の島だよね」
アンジェラが疑問に答えれば、今度はマルタが首を傾げた。
テセアラの歴史ならよく知っているが、シルヴァラントの歴史にはあまり詳しくない。
カーラーン大戦の事は知っているが資料が少なく、大戦後の資料もテセアラの歴史書ならよく読んだがシルヴァラント側の資料はあまり読んだことがないため断定はできないのだ。
だがこの質問ならアンジェラよりも詳しい人物がいる。
ちらりと視線を向ければ、ミトスが口を開いた。
「それだけ広い国だったんだよ。四千年前、世界はシルヴァラントとテセアラの二国に分かれていたんだ。そして、この二つの国が長年争っていたのが古代大戦なんだよ」
「それで、その古代大戦を止めたっていうのがミトス本人なんだよね。すごいなぁ……」
まさかその歴史的快挙を遂げた伝説の人物と旅が出来るとは思わなかったのだろう。
感嘆の息を零すエミルにミトスは照れたように笑った。
「ボク一人の力じゃないよ。一緒に戦ってくれる仲間がいて、全てに絶望しても手を差し伸べてくれる仲間がいたんだ。みんながいなかったら、ボクはここにいなかったよ」
仲間、という言葉にまた引っかかったのだろう。
エミルは一瞬寂しげな表情を見せたが、すぐに笑みを作った。
「仲間の力って……やっぱりすごいんだね」
「そうだね。でも、君だって一人じゃないでしょ」
微笑むミトスの目は真っすぐエミルを見つめている。
その目に宿るのは強い光。
思わず目がくらみそうなほどの想いがつまった、強い眼差し。
なんとなく直視できなくなって目をそらせば、エミルが小さく息を零した。
「どうしたら、ミトスみたいに強くなれるのかな」
ちらりと横目でエミルを見れば、彼は静かに拳を握りしめていた。
ラタトスクの騎士として思うことも色々とあるのだろう。
不安げなエミルにミトスは小さく息を零して首を横に振った。
「ボクは強くなんかないよ。守れなかったものは、沢山あるから……」
言ってミトスの空色の目が伏せられる。
その姿は、いつも強いと感じていたミトスの姿とは違い儚げに見えた。
やはり勇者と呼ばれても、強い力を持っていても、人は万能ではないのだろう。
だがゆっくりと目を開けた彼の目は、いつも通りの強い意志を秘めた空色の目だった。
「それでもやっぱり、強くありたいと思うのは守りたいものがあるからだよ」
彼の言葉は決して複雑ではない。
それでも彼の言葉に重みがあるのは、彼が決して楽ではない人生を歩んできたからだろう。
だからこそ、彼の言葉には不思議な重みがあり、力強さがあり、説得力がある。
「それが強さだと言うのなら、エミルもきっと強くなれる。キミにも守りたい人はいるでしょ?」
ミトスの言葉にエミルがちらりとマルタを見れば、マルタは一瞬目を見開いたもののすぐに微笑んだ。
エミルの視線の意味に気付いているのだろう。
「そうだね……」
エミルは照れくさそうにしながらも、しっかりと頷いた。
全く進展していない二人の仲だが、少しは進展しているらしい。
小さく笑みを零したエミルに、ミトスも小さく笑みを零した。
少しだけ、悲しそうに。
「でも、力の使い方を間違えちゃだめだよ。独りよがりな力の使い方は、大切なものを失うだけだから」
そこで一旦言葉を区切りるとミトスはそっと目を細め、
「キミなら、まだ間に合うからね」
「間に合う?」
意味ありげに微笑めば、エミルが大きく首をかしげた。
まだ間に合う、とは一体どういうことだろう。
ラタトスクの騎士としての力について、何か警告しているのだろうか。
あり得ない話ではない。
彼は古代大戦の勇者であり、テネブラエとの面識もあった。
文献にも載っていないラタトスクの騎士について、何か知っていることがあるのかもしれない。
「みなさん、雑談もよろしいですが、やるべきことを終えてからにしましょうね」
思考を巡らせていると、テネブラエがため息をついた。
テネブラエに言われて時間のロスに気付いたのだろう。
聞きたいことがあるが、この状況では聞けそうにない。
アンジェラはそっと息を零して頷いた。
「それもそうね。いつまでも固まっていたら魔物が来るわ」
テネブラエの言うとおり、雑談は後でも出来る。
それより先に進まなければ魔物に襲われる可能性も、コアを奪われる可能性も高くなる。
ただでさえ、ルーメンのコアを奪われているのだ。
これ以上コアをリンネ達に奪われるわけにはいかない。
が、マルタとエミルにとってテネブラエの忠告はうるさい小言だったらしい。
「テネブラエって時々口やかましい……」
「うん。ちょっとジジ臭いかも……」
「か、加齢臭がするというのですか!」
若干引き気味に二人が言えば、テネブラエが大きな声を上げた。
歳の甲が裏目に出たらしい。
だが二人の言うことにも一理あると考え、アンジェラは小さく笑った。
「でも、年長者なのは事実でしょう?」
「だいじょぶ。テネブちゃんカレーの匂いなんてしないよ」
アンジェラの隣でコレットがフォローのようでフォローでないフォローをすれば、テネブラは大きくため息をつき。
「私はいつになったら正しい名前で呼んで貰えるのでしょうか」
と、大きく肩を落とした。
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