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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
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 風呂から出てダイクの作ってくれたワンピースに着替えたリンネは、お茶の差し入れをしようとキッチンに立った。
やかんを火にかけていると、出てきた欠伸を噛み殺して目をこする。
長風呂で寛いだせいか、瞼が重い。
少し早いが、今日は無理をせずにダイクの言葉に甘えてゆっくり休ませてもらおう。
 あと少し頑張ろうと髪をゆるく結んだ所で違和感を感じて、リンネは家の中を見渡した。
外から微かに虫の声は聞こえるものの、家の中は静まり返っている。
どうしてこんなに静かなのだろうと思うが、すぐに答えが出た。
ここに彼が、ロイドがいないからだ。
いつも明るい声で家をにぎやかにしてくれていた弟は今どこにいるだろう。
エクスフィアの回収はうまくいっているだろうか。
 考え込んでいると、玄関からノックの音が聞こえた。
こんな時間に訪ねてくるなんて誰だろう。
疑問に思いながらもドアを開けば、その先に見えた赤にリンネは息をのんだ。

「ゼロス?!」

「よっ!リンネちゃん久しぶり〜」

「な、なんでこんな所に?メルトキオにいたんじゃないの?」

右手をひらひらと上げて、いつもの調子で明るく笑うゼロスにリンネは自分の目を疑う。
どうして彼がこんな所にいるのだろう。
忙しいのではなかっただろうか。
ぐるぐると思考を巡らせるリンネにゼロスは更に笑った。

「なーんか会いたくなっちまってさ。ちょっと時間あるか?」

その言葉に、ぐるぐると回っていた頭がぴたりと止まる。
 今、ゼロスは会いたくなったと言ってくれた。
リンネは会いたいという気持ちだけで会いに行くのは気が引けたのに、ゼロスは会いたくなったからという気持ちだけでここまできてくれた。
ゼロスもリンネと同じ気持ちでいてくれたなんて何だか嬉しくて嬉しくて、笑いがこみ上げてくるのを止められなくて。
突然笑い出したリンネにゼロスは首を傾げた。

「リンネちゃん?」

「あたしもね、この前ゼロスに会いたくて家まで行ったんだよ。そしたら出かけてるって言われて、ついさっき帰ってきた所」

会いたくて、でも会えなくて、寂しくて、家に帰ってきて。
暫くは会えないと思っていたのにこんなに早く会えるとは思わなかった。
でもゼロスが忙しいのに変わりないだろう。
一分一秒でも無駄にはしたくないと、リンネはゼロスを家の中に招き入れた。

 「お茶でもいれるから、座って待っててね」

ゼロスをテーブルの方へと促してキッチンに行けば、ちょうどいい具合にお湯が沸いていた。
本当にいいタイミングに来てくれたなと思う。
三人分のお茶を入れて一つをダイクの所へ、残りの二つを持ってリンネはゼロスの元へと戻る。
初めて来た場所でもないだろうに、ゼロスは落ち着かないのか部屋の中を見回していた。

 「なんか久しぶりだね。こうやってゆっくり話すの」

「だってリンネちゃん会いに来てくれるって言ったのに全然来てくれねえしー」

子供のように拗ねたふりをしてお茶を飲むゼロスにリンネは苦笑する。
確かに、あの半年前の別れの日に会いたいと言ったのは確かだが、あれは弱気になっていたというか、なんというか。
思い出せば恥ずかしくなって、リンネは視線をそらして手の中にあるカップを見つめた。

「あんまりすぐに会いに行っても迷惑かなって思って。あたしはゼロスと違って、最近やっと自分の道を決めたばっかりだし」

「シルヴァラント復興だろ?」

「ゼロスもテセアラ側から色々助けてくれてるんだよね。ありがとう」

顔を上げれば全てお見通しだと言わんばかりのゼロスがいた。
そういえばお礼がまだだったと思うが、そこで疑問が浮かんで首を傾げる。
復興の手助けをすることはゼロスには言ってなかったはずだ。

「なんであたしの事まで知ってるの?」

「親善大使のしいなから色々と聞いてるからな〜」

笑って答えるゼロスに納得がいった。
ミズホの情報網を使えばこれくらいの情報は容易く手に入る。
しいなもミズホの一員として頑張っているのだろう。 

「しいなは元気?」

「元気元気!あのナイスバディーで世界中飛び回ってるぜ」

「しいなはスタイルいいもんね」

でひゃひゃと独特な笑い声を上げるゼロスにリンネも笑う。
しいなも元気そうだが、ゼロスも相変わらず元気そうだ。
もう少し落ち着いたらしいなに会いに行ってみるのもいいかもしれない。

 「そういや、リフィル先生達はもう旅立ったのか?」

「うん。ハーフエルフの地位向上の旅で、ロイドとコレットはエクスフィア回収の為にね」

様々な苦楽を共にした仲間達はみんな旅立ってしまった。
皆いつ戻るかは分からないが、元気でいると信じよう。
皆それぞれの道を歩み、それぞれの目標に向かって頑張っている。
自分もこれから頑張らなければと、リンネはお茶を一口飲んだ。

 「ロイド君がいなくなっちゃって、寂しいんじゃねぇの?」

図星をつかれてどきりとした。
平然を装っていたつもりなのに、そんなに分かりやすいだろうか。
なんとかごまかそうと考え、けれど彼に隠し事が出来ないということはよく分かっている。
リンネは優しい青い目にそっと息を吐いた。

「寂しいけど……でもロイドが自分で選んだ道だから、応援したいなって思うよ」

十五年間ずっと一緒にいたのだ。
寂しくないわけがない。
それでも、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
うつむけばまた暗い言葉が出てきそうで、思考を切り替えようとリンネは下がっていく視線を上げた。

「まぁ、あんま無茶すんなよ」

と、その時ぽん、と頭に置かれた手から安堵が全身に広がっていく。
そういえばこうやって触れてもらうのも久しぶりだと思うと頬がゆるんだ。
ついこの前まで当たり前のように触れ合っていたはずなのに、こうして触れてもらうと懐かしい気持ちになる。

「ありがとうゼロス」

礼を言えば、撫でてくれていた手がふと止まった。
何か変なことでも言っただろうか。
微かに首を傾げれば、ゼロスは微かに目を見開いており。
かと思えば、にっこりと笑った。
 
 「リンネちゃん可愛くなったね〜」

「えっ?」

「なーんかいつもと雰囲気も違うし」

突然何を言い出すのだろう。
あれから何も変わっていないが、いつもと違うのと感じるのは服装のせいだろう。
リンネはワンピースの裾をつかんで笑った。

「『家にいる時くらいゆっくりしてろ』って言われてさ。あんまりこういう裾の長いのは着ないから慣れなくって」

昔からそうだったが、旅をしているときは特に動きやすさ重視の服が多く、膝上のものばかり着ていてこんな膝下まであるスカートなんてはいたことがない。
笑って言うもゼロスの視線はずっとこちらを向いたまま。
じっと向けられる視線に落ち着かなくて、リンネは思わず視線をそらした。

「……似合わないでしょ?」

「そんなことねーよ。似合ってるぜ」

さらりと答えたゼロスに乾いた笑みを浮かべるしかできない。
やはりこういう場面にはなれているのだろう。
そんなことないよと返すも似たような言葉が返ってきて、リンネは話題を変えようと口を開いた。

 「そ、そういえばゼロスの方こそ大丈夫?教会関係とか大変なんじゃないの?」

流石にこんな脈絡のない話では不自然だっただろうか。
口元が引きつるのを感じたがゼロスは追求してこなかった。
おそらく話題にのってくれるのだろう。

「まぁ、ぼちぼちってところだな。リンネちゃんこそ教会の奴らからなんか言われてないか?」

「手紙が届くけど、ほとんど食事会とかの招待ばっかりだよ。全部忙しいからって断ってるけど」

ほら、と視線で促せば留守している間にも溜まりに溜まった手紙の山があった。
気が重いが、あの手紙の整理も明日するしかないだろう。

「もしかして、あの手紙の山全部がか?」

「なーんか日に日に増えてるみたいなんだよね。放っておいてくれればいいのに」

断っても断っても手紙の山は減ることはない。
もう少し断り続ければ、手紙も途絶えるのか、それとも一度顔を出してきっちり断った方がいいのか。
 思考をめぐらせていると、ノックの音が聞こえてきた。
夜も遅いというのに、今日は来客が多い日だ。

「はーい」

返事をして立ち上がり、ドアを開ければ見知らぬ女性がいた。
黒い髪に黒い目、身にまとうのはミズホの装束。
射抜くような眼差しに何故か胸がざわついた。
しいなとよく似た顔立ちの女性だが、しいなと違ってどこか冷たくも感じる。

 「ゼロスはいる?」

女性の口から出た言葉に、眉間に皺が寄った。
ゼロスの知り合いなのだろうか。
問いかけようとした時、背後から聞こえたのは不機嫌そうなゼロスの声だった。

「ったく、今日は休ませろって言っただろ?手紙読んでねえのかよ」

「読んだから来たのよ!護衛もつけずに出歩くなんて、あなた自分の立場分かってるの!?」

「分かってるよ」

「だったら」

何か言いかけた女性の肩をぎゅっと掴んで、ゼロスは押しやるようにそのまま家の外に出た。
こちらに背を向けて何やら内緒話をしているようだが何を話しているのだろう。
ざわつく胸を押さえていると、話は終わったのかゼロスが笑みを浮かべてリンネの方を振り返った。

「ごめんなハニィ〜。こいつ空気読めなくて」

「ゼロス!!」

「恋人同士の逢瀬に首突っ込むんじゃねえよ」

女性に言い放った声は、先ほどとは違って少し低い。
声色の違いに女性も気づいたのだろうか。
何か言いたげだったが、何も言わずに口を閉ざした。
二人のやりとりに胸のざわめきが大きくなっていく。
このざわめきは、言いようのない大きな不安感はなんだろう。

「村の入り口で待ってろよ。あとで行くから」

ゼロスが言うと、女性はリンネを一瞥して夜の森に消えていった。
最初はゼロスの友人かとも思ったが少し違う気がする。
親しげに見えて、でもそうでもないように見える。
二人は何を話していたのだろう。
彼女はどうしてここまでゼロスを追ってきたのだろう。
何か重要な話をしにきたのではないだろうか。
考えても考えても答えは出ない。
リンネは、何も知らない。
分からない。

 「あの人……誰?」

「ああ、キリエっていう今の護衛だよ」

何気なく答えてくれたゼロスだが、不安は拭えず強くなるだけで胸元を握る手が強くなる。
ゼロスは何か隠しているのではないだろうか。

「そんじゃ、お迎えが来ちまったみたいだし、俺さまそろそろ帰るわ」

「ゼロス、今何してるの?」

踵を返しかけたゼロスをまっすぐ見つめる。
笑みは先ほどからまったく崩れないが、それがかえって怪しく見えてくる。
この顔は隠し事をしているときの顔だ。

「まぁ、色々とな」

「あたしには言えないこと?」

「そんなんじゃねーよ」

「じゃあどういうこと?」

問い詰めるも、ゼロスは何も話してくれない。
悩み事も話せないくらいリンネは頼りないのだろうか。
ゼロスはいつもリンネの弱音を聞いてくれた。
辛いときも苦しいときもいつも支えになってくれた。
リンネだって、ゼロスの力になりたいのに。

「俺さまの心配なんてしなくていいから、リンネはリンネのやりたいことをやればいいんだよ」

そう言って微笑んでくれたゼロスの目は優しい。
リンネの反論を全て打ち消すように、リンネの全てを包み込むように。
そっと頬に伸びてきた手はやはりあたたかくて、優しくて。
その手にそっと手を添えれば、ゼロスは笑みを浮かべた。

「お前の居場所も、お前の道も、全部俺が守るからな」

こちらを見つめてくる青い目は息が詰まるくらいにまっすぐで、痛いくらいに真剣で、目がくらむほど力強くて。
この目は何かを決意している目だ。
やはりゼロスは何かしようとしている。
リンネはぎゅっとゼロスの手を握り締めた。

「何か危ないことしようとしてるんじゃないの?」

「んなことないって」

「うそだ!だって」

「俺さまのことそんなに信用できない?」

悲しげに微笑むゼロスに、言葉は最後まで続かなかった。
また、ゼロスを傷つけてしまっただろうか。
リンネはただゼロスの力になりたいだけなのに。

「信用できないんじゃなくて、心配なだけ。ゼロスってすぐに無茶するから」

「ハニィ〜にこんなに心配してもらって、俺さまって罪な男〜」

気を抜けば目をそらしてしまいそうになるのを耐えて言葉を探せば、ゼロスは明るく笑った。
こういうとき、なんと言えばいいのだろう。
どうしたらゼロスに寄り添う言葉が出てくるのだろう。

 「じゃあ、またな」

「ゼロス!」

言葉を探しているとゼロスは踵を返し、リンネは慌てて呼び止めた。
だがやはり肝心の言葉が出てこない。
何も言えずにいるリンネにゼロスは微笑んだ。

「俺はもう、お前に嘘はつかない。絶対、また来るからよ。それまで信じて待ってて欲しいんだ」

「でも……」

待っているだけでいいのだろうか。
リンネに何か出来ることはないのだろうか。
何も出てこない言葉の代わりに視線で訴えれば、ゼロスはこちらを振り返ってくしゃりと笑った。

「今度来た時はリンネちゃんの手料理が食べたいな〜。ビーフシチューとかフルーツポンチとか」

待ってるだけなんて、料理を作るだけなんて、そんなことだけでいいのだろうか。
こんなことしか出来ないのだろうか。
だがリンネの出来ることなんてたかが知れている。
力になりたいとは思うが、それが裏目になってしまったら意味がない。
迷惑をかけるくらいなら、足をひっぱるくらいなら。

「……分かった。じゃあ、待ってるからね」

今はただ、信じて頷くことしか出来ない。
それにゼロスがリンネに望んでいることは、待っていること。
待っていることがゼロスの望みならリンネに出来る事は、しなければいけないことはゼロスを待つことだ。

「よっしゃ!約束だぜ」

「うん。約束するよ」

嬉しそうに笑うゼロスにリンネも頑張って笑う。
そしてそのまま去っていくゼロスにリンネは大きなため息をついた。
少し前まですぐ傍にいられたのに、今は傍にいることさえ出来ない。
これがゼロスがゼロスの、リンネがリンネの道を歩んでいるということなのだがやはり遠ざかる背中にはため息しかこぼれない。
ゼロスの背が森の中に溶けるようにして消えても、リンネはその場を動けずに立ち尽くした。










そして、そんな気持ちを引きずったままのリンネの元に一通の手紙が届いたのは、ゼロスが訪れて数日後のことだった――――









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