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 そっと息を吐き出してリンネは総督府を出た。
町には行きかう人は少なく、以前のような活気は無い。
初めて訪れた時とまるで別の場所のようにも思えるが、ここは正真正銘のパルマコスタだ。
所々に残った看板や瓦礫は見覚えのあるものが多い。
 大通りは粗方瓦礫は撤去されているものの、細い道に入るとまだ瓦礫の道がいくつかあった。
細い路地を足元に気をつけながらリンネは進む。
カカオにも会いたいとも思ったが、今行っては再会に水を差してしまうのではと思うと行けない。
やはり先にブルートの所へ挨拶に行こう。
そう考えて、ふと足が止まった。

 (ブルートさんってどこにいるんだっけ?)

この町にいるということは分かっているが、肝心の居場所を聞き忘れてしまった。
一旦総督府に戻るべきだろうか。
だが義勇軍を立ち上げたというのなら、誰かは何か知っているだろう。
リンネは辺りを見渡し、近くにいた女性に声をかけた。

 「あの、すいません。ブルート・ルアルディさんという方をご存じですか?」

びくりと肩を震わせ、勢いよく女性がこちらを振り返る。
驚かせてしまっただろうか。
すみません、とリンネが反射的に謝ると女性は眉をひそめた。

「あんた、リンネ・アーヴィングかい……?」

鋭い視線に、思わず体が強張る。
何か失礼なことをしてしまっただろうか。
ゆっくりと頷けば、女性は俯いた。

「世界統合なんて……なんでしたんだい!」

「な、なんでって……」

突然の言葉に、何と答えたらいいのか分からず言葉がつまる。
その間に女性はリンネとの距離を縮め、同時にリンネの首元に痛みが走った。

「世界統合なんてしなかったら、あの子は死ななかったのに!!」

胸倉を掴まれ、数歩よろめく。
そのまま壁で頭を打ち、さきほどよりすぐ近くに女性の顔があった。

「樹の化け物が、全て悪いんだ!あいつが全部奪った!返してよ……私の家族を、私の家を!」

言葉が放たれる度に手に力が込められ、息がつまる。
本気で振りはらおうとすれば、振り払えるだろう。
だが、これは向けられるべくして向けられている感情でもある。
そう簡単に振り払えるわけがない。
これが、マーテル教に不信感を持つという人の想い。
逃げる訳にはいかない。
きちんと向き合わなければ。

「何とか言いなさいよ!!」

言い訳なんてしたくない。
でも軽々しく口を開いては彼女の傷をえぐってしまうのではないだろうか。
 言葉を探して口を閉ざし、唇を噛みしめたままのリンネに痺れを切らしたのだろう。
女性が更に声を荒上げたその時、誰かの足音が聞えた。
足音は力強いものが一つ。

「おい、やめろ!」

「離して!離してよ!!私は貴女達を絶対に許さない。許さないから!!」

痛みから解放され、軽く咳き込みながらも顔を上げれば聞き覚えのある声が聞こえた。
大きな背中に黒い髪、それにこの声はリンネが探していたブルート・ルアルディに間違いないだろう。
あの日以来一度も聞いたことはないが、この力強い声はよく覚えている。

 「彼女を責めても何も戻ってこない。どんなに悲しくとも、涙を流そうとも……神様は助けてくれないという事を、私たちはよく知っているはずだ」

そっと肩を叩いたブルートに女性が押し黙る。
騒ぎを聞きつけてきたのだろうか。
数人の男性がブルートと一言二言交わし、肩を落としたままの女性の背中を支えて何処かへ歩いていった。
 しんと静まりかえり、沈黙が辺りを支配する。
その中、ブルートはゆっくりとこちらを振り返った。

「お久しぶりですね。大丈夫ですか?」

「あ、はい…大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみません」

「いえ。こちらこそ仲間が失礼しました」

やはり彼はブルートだ。
軽く服をなおして、リンネはブルートに向き直った。
先程の女性が仲間ということは、クララ達の話は本当らしい。

 「ブルートさん、義勇軍を立ち上げたんですよね?」

「義勇軍というほどのものではないですよ。志同じくする仲間を集めているだけです」

言ってブルートは小さく笑った。
この様子だと、ニール達の不安も杞憂に終わるのではないだろうか。
彼の眼にはあの日と同じ優しい色がある。

「今日はおひとりですか?」

「はい。この町の様子が気になって」

辺りを見渡すブルートにリンネは頷いたが、何か気になる事があるのだろうか。
リンネはブルートに手招きされ、そのまま奥の細い道に足を踏み入れた。

 「あまり一人で出歩かない方がいいですよ」

静かに告げるブルートの目は真剣そのもの。
隣を歩く彼の横顔は鋭く、先程の笑みは見えない。

「今、この町には世界を再生させた神子様達を崇める者がいる中で、あの樹の化け物を呼び起こしたのは神子が世界再生から逃げようとしたからだと、教会に不信感を抱く者がいますから」

「違います!コレットは世界再生から逃げようとしたことなんて一度もない!!」

誤解を解こうとリンネは懸命に首を横に振った。
コレットは神子として世界を救う事だけを考えて旅立ち、一度は命を捧げようとした。
いつだって世界や仲間のことを考えて生きてきたコレットにとって、それは当然のことで。
でも、それではもう一つの世界を救えない事を知った。
そして自分の命と引き換えにして片方の世界を救うのではなく、例え前例のない困難な道でも二つの世界を救う為に旅を続けて、みんなが幸せになれる世界を手に入れた。
そのことはリンネ達がよく知っている。
だがリンネが訴えてもブルートの視線は鋭いまま。
 小さく息をはき、ブルートは足を止めた。

「シルヴァラントとテセアラが統合されたという事は聞きました。その事とあの樹の化け物は関係があるのですか。教会は、あなた達は一体何を隠しているのですか」

「それは……」

言葉を探して視線を泳がせても、彼を納得させられるような言葉は一向に見つからない。
いたずらに隠しているのではなく世界がこれ以上混乱するのを防ぐために、あえて全てを話していないだけ。
これは旅を終えた後、みんなで話し合って決めた事の一つだ。

「妻を、友を…樹の化け物に奪われたのです。納得のいく説明をして頂きたい」

顔を上げれば、痛々しいほどのまっすぐな視線のブルートがいた。
ブルートの黒い目を見、リンネはぎゅっと拳を握りしめる。
大切な人を突然失ったのに、その理由さえ分からないというのは憤りを感じるだろう。
だが彼は信じてくれるだろうか。
そう考えて内心首を横に振る。
何も知らなければどうしようもないが、何か知れば何かできる事もあるかもしれない。
例えそれでリンネが恨まれるような事になっても、それは受け止めなければならない事実だ。
それに何よりブルートには真実を知る権利がある。
リンネは躊躇いがちに、ゆっくりと口を開いた。

 「……長くなりますけど」

「構いません。全て話して下さい」

即答したブルートにリンネは大樹暴走の全てを話した。
古の時代に枯れてしまった大樹カーランの大いなる実が精霊の楔を失ったこと。
それはリンネ達の願いとは全く違う形で発芽し、暴走してしまったこと。
二度と暴走する恐れはないこと。
リンネの言葉にブルートは静かに相槌を打ち、全てを聞き終えた後彼は静かに目を瞑った。

 「大樹の暴走の責任は、私達にあります。許して下さいなんて言えません。でも……」

『でも』何なのだろう。
自分は何を言い訳するつもりなのだろう。
大樹暴走の責任はリンネ達にある。
例え二つの世界を救う為だと思ったとしても、何も知らなかったとしても、それですまされる問題ではない。
 大樹が暴走し、大切な人の亡骸を前に涙を流す人をこの目で沢山見てきた。
家を失い、絶望し、座り込んだままの人を沢山見てきた。
怒りや悲しみを吐き出すように叫ぶ人を沢山見てきた。
そのリンネに今、何が言えるだろう。
妻や友人を失ったというブルートに。
彼の家族や友人を奪ったリンネが。

 「教会に救いを求める者は大勢いますが、教会や神子を責める者もいます。ですが……その者たちをどうか責めないでほしい。彼らには新たな心のよりどころが必要なのです」

俯いたリンネに降ってきたのはブルートの静かで重い声。
握りしめた彼の拳は怒りか悲しみか、どちらともいえない、けれどどちらとも言えるもので震えている。
こうして彼のように悲しみに耐え、前を向こうとしている人は今このシルヴァラントには沢山いるのだろう。
リンネは唇を噛みしめてゆっくりと息をはくと、ゆるりと首を横に振った。

「責めるつもりなんてありません。償いきれるとも思いません。でも……少しでもシルヴァラントの力になりたいと思います」

これが今、リンネに言える精一杯の言葉、リンネに出来る精一杯の事。
リンネの答えに満足してくれたのか、ブルートはそうですかと呟いて苦く笑った。
悲しそうな笑みに、けれどそれでも笑おうとしてくれたブルートに胸が痛む。
 だがここでリンネも立ち止まるわけにはいかない。
顔を上げて、リンネは笑みを浮かべると彼に伝えるべき言葉を紡いだ。

「ブルートさん。今日も、それからあの日も助けて頂いてありがとうございました」

あの日はブルート達に沢山助けてもらったのに、礼どころか別れも言えずに旅立ってしまった。
状況が状況だったので仕方ないとも言えるが、こうして再会できたのならお礼を言わなくては。

「人として当然のことをしたまでですよ」

言って笑みを浮かべたブルートの表情はまだ少しぎこちない。
それでも応えてくれたことが嬉しくて、リンネは笑みを深めた。



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