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 「地震なんて……また、あの樹の化け物が復活するんじゃないのか?」

あたたかい空気の中、落ちてきたのは冷たい声。
声のする方へと振り返れば、少し離れた瓦礫の傍らで両膝を抱え込んで座り込む男性がいた。
樹の化け物……大樹の事を知らない人々は大樹暴走の事をそう呼んでいる。
大樹暴走の責任はリンネ達にある。
 やはり神子としての責任感からだろう。
男性の言葉にコレットは悲しそうに首を横に振り、空色の目で懸命に訴えた。

「それはないと思います。あれは、統合の作業中に起きた事ですから」

「絶対に大丈夫だと言えるのか?」

大丈夫だと言いたいのに、男性の目に言葉が凍りついたように出てこない。
負けじとロイドが口を開くが、それより早く口を開いた者がいた。

「大丈夫だと信じましょう。少なくとも、もうディザイアンに怯える日々は終わったのですから」

穏やかな口調でピエトロが座り込んだ男性に歩み寄る。
ディザイアンの恐ろしさを知っているピエトロだからこそ、その喜びも大きいのだろう。
だがピエトロの言葉を聞くつもりはないのか、男性は黙って俯き口を噤んだ。

「今はまだ、世界統合の反動があるんだと思います。でもこの世界は必ず平和な世界になる筈です」

リンネは立ち上がって、自分の言葉の誤りに気付いて一旦口を閉じた。
なるはず、じゃない。
まっすぐ男性を見つめて、リンネは再び口を開いた。

「平和な世界にしてみせます。必ず」

これはリンネがこの手でやらなければならないこと。
いや、やりたいこと。
誰もが生きる権利を持つ世界の為に、幸せになる権利を持つ世界の為にリンネ達はずっと旅をしてきた。
けれどそうした旅の中で彼等のように傷付いてしまった人は大勢いる。
そんな人を一人でも多く救いたいと思う。
この世界は誰もが無意味な死の犠牲になるような世界ではないのだから。

「無理だよ、そんなの…」

 だがリンネが何を言っても、男性は一向に顔を上げようとしない。
なんとかしなければ。
そう思って口を開きかけた時、ちらりとこちらを見た男性の目が想像以上に冷たくて思わず言葉がつまった。
 大丈夫です、なんて言えない。
この人はあの大樹暴走で大切なものを沢山失ったのだ。
彼から大切なものを奪ったと言えるリンネ達が。
このまま黙っていたくないのに、彼を励ます言葉が見当たらない。
リンネの言葉でこの人を傷つけてしまわないだろうか。
何もいえずに唇を噛みしめると、男性がゆっくりと口を開いた。

「……今度はもっと大きな地震がくるかもしれない。そうしたら今度こそこの町だって」

「だったら壊れないように丈夫な家を建てましょう。私たちなら出来るはずです」

視線を合わせて屈み、笑みを浮かべるピエトロに男性は笑った。
明るい笑いではなく、嘲笑するように冷たいものだったがそれでもピエトロは笑みを崩さない。
きっとピエトロはこういった人を沢山見てきたのだろう。
大切な人や大切な場所を失った人を、世界に絶望する人を。

「そんな簡単に言うなよ」

「簡単なことじゃないさ。でもやらないわけにはいかない。壊されるだけなんて、まっぴらだ」

力強く言ったのは、先程も木材をどけるのを手伝ってくれた男性だった。
握りしめられた拳がその想いの強さを物語っている。
彼もここに来るまで、沢山苦しんできたのだろう。
それでも、こうして前を向いて進もうとしている。

「人手も増えたんだ。もっと立派な家を建てようぜ!」

前を向こうとしているのは、彼等だけではなかった。
改めて辺りを見渡せば、そこにいたのは力強い光を目に宿した人々。
復興作業でみなりを整えている余裕もあまりないのだろう。
汗や泥まみれだが、それでも今リンネの周りにいる人々は眩しく輝いて見えた。

「俺、大工やってたんだ。腕には自信がある」

「あたし、結構腕力には自信があるのよ。力仕事なら男どもにだって負けないわ」

「私は力仕事は出来ないけど……子供たちの面倒を見ることはできると思います」

「みんなで新しくルインをつくろう。大丈夫!この町は今まで何度でも立ち上がってきたじゃないか」

一人、また一人と力強い言葉が生まれ、ただひたむきに生きようとする人々の生命力が伝わってくる。
なんて強い人達だろう。
ここにいる人々の多くが人間牧場に捕えられていた。
牧場から脱出して、けれどそこで待っていたのは大樹の暴走やシルヴァラント中に蔓延っていた魔物の脅威。
その多くの苦難を乗り越えて、今ここにいる。
いや、だからだろうか。
多くの絶望を知ったからこそ、こうして立ち上がってここの人達は強い。
もしかしたら、リンネよりずっと、ずっと。

 「あたしも手伝います。父がドワーフなので、大工仕事も手伝ってましたから」

だったら、リンネのすべきことは『救う』ことでなく『協力する』ことではないだろうか。
彼等はリンネにないものを持っている。
リンネは彼等にないものを持っている。
力を合わせれば、このルインだってきっと……いや、絶対にシルヴァラントは復興出来るはずだ。
この力強く生きる人々と一緒なら。

 「復興なんて、本当に出来ると思うのか?」

「みんな一人ではありません。きっとできるはずです」

「そうね。きっと、大丈夫よ」

笑みを浮かべたピエトロ達に俯いていた男性がゆっくりと顔を上げる。
みんなに見守られても、また彼は俯いてしまったが。

「そんなにうまくいくかよ」

「無理しなくていいのよ。私だって、あなたみたいに悲観的にしかなれない時期もあったから」

俯いた男性に、女性がしゃがみ込んでどこか悲しそうに笑った。
その笑みに感じるものがあったのだろう。
男性はそれ以上何も言わずに両膝に額を預けて俯いた。
俯いた彼の手は、ぎゅっと自身の服を鷲掴みにしている。
様々な感情と戦っているのだろう。
小さく聞こえた嗚咽に、女性はそっと彼の手を撫でた。

「よし、俺もみんなのこと手伝うよ!」

「私も!」

「本当にありがとうございます。みなさん」

ロイドやコレットの言葉に、人々から湧き上がる力強い声にピエトロが嬉しそうに笑った。
復興は簡単には出来ないだろう。
何カ月、何年かかるか分からない。
それでも彼等と一緒なら、この力強いシルヴァラントの人々と一緒なら元の世界に……いや、それ以上の世界を創れるだろう。
確かな希望を胸に、リンネは人々を見つめた――――――



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