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「父ちゃん!」
到着するやいなや少年が強く大地を蹴って走り出し、少年の声に作業をしていた男性の手が止まりこちらを振り返る。
そして両手を広げて少年をしっかりと抱きとめると、離さないようにぎゅっと抱きしめた。
少年だけでなく、疲れを全く感じさせない足取りで人々は大切な場所であるルインへと、大切な人の元へと駆けて行く。
いくつもの再会が生まれ、幸福な声がどんどん大きくなって辺りに響いていくのが分かる。
今まではディザイアンという存在に家族や友人と引き裂かれていたが、その絆が引き裂かれることは二度とない。
悲しみを生みだしていた存在、ディザイアンはもういないのだから。
「ありがとうございます、皆さん」
幸せに浸っていると声をかけてきたのはルイン復興の先頭に立つ彼。
リンネは背筋を正して、口を開いた。
「ピエトロさんもご無事で何よりです」
挨拶を交わして、そこで彼の右腕にある怪我に気付く。
包帯は巻かれているが、かすかに血が滲んでいる。
「怪我してんのか?」
ロイドも気付いたのだろう。
心配げに声をかければ、ピエトロは包帯を擦りながら笑った。
「パルマコスタからこちらに向かう途中で少し……大丈夫ですよ」
「見せて下さい」
そっと傷口に手をかざして、いつものように傷を癒す。
ピエトロの言う通り深い傷ではなかったのだろう。
癒しの光が消えたところでそっと包帯を解けば、傷があったと思われる場所には傷一つなかった。
「やはりすごいですね。ありがとうございますリンネさま」
「他にも怪我している人がいたら治療させて下さい。ロイド達は荷降ろし手伝ってあげてくれる?」
「ああ。俺達も終わったらそっちに手伝いに行くよ」
頷いたロイドが人々の元へと走って行った。
ああいう力仕事はロイドに任せた方がいい。
行きましょうか、とピエトロに声をかければ彼は遠慮するかのように視線を泳がせたが、ややあって頷いて歩きはじめた。
「復興はどうですか?」
ピエトロの隣を歩きながらリンネは口を開く。
先日ここを訪れてからあまり間を開けていないせいか、町に変化はないようにも見える。
きっと時間の問題だけではないのだろう。
言葉を探すように、ピエトロはゆっくりと言葉を選びながら苦笑した。
「ぼちぼち、といった所ですかね。やっぱり足りないものは多いですけど」
「一番足りないものはなんですか?」
足りないものばかりなのは分かるが、ルインの人々が一番必要なのは何なのだろう。
難しい問題なのか、ピエトロは中々口を開こうとしない。
短いような長いような沈黙の後に、ピエトロはそっと息を吐いた。
「食料などは森から調達してなんとか足りてますが……やはり資金ですかね」
「お金ですか…?」
「以前はパルマコスタから支援を受けていましたが、今はこちらから支援にいかねばならない状況ですから。資材も人材も、何もかもが足りません。物資を調達するのも人を雇うのもお金がかかりますからね」
今、この世界には足りないものが沢山ある。
何をするにも金が必要になるが、稼ぐことさえいまのこの世界では難しい。
確かに世界は統合されて一つになった。
もう誰も無意味な死の犠牲になることもなく、誰もが当たり前に生きて幸せになる世界になった。
だが、それでも絶対ではない。
不幸のどん底にいる人々は沢山いるだろう。
「でも、私達には命がありますから。それに、天使様もいますからね」
優しいピエトロの声に顔を上げる。
彼等の心の支えが天使かと思うと少し心が沈んだが、どんな形であれ救いとなっているのなら無理に真実を話す必要もないだろう。
どんなに苦しくても前を向こうとしている人が今、目の前にいるというのにリンネが落ち込んでも状況は何も変わらない。
今必要なのは落ち込むことではなく、リンネの力を必要としてくれる人の気持ちに応えること。
リンネはピエトロの笑みに任せて下さいと微笑んだ。
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