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テーマ「推しとの恋」
- ナノ -


41:Jellyfish[1/2]


「結局わかったことって、総長が何かおっきなレプリカを作ろうとしてるってことだけ?」

「それで充分だ。……行くぞ」

「行くって、どこへ……」

 アニスが軽く土埃を叩いて立ち上がり、来た道を戻り始めたアッシュについていく。次はどこに行くつもりなのだろう。

「後は俺一人でどうにかなる。おまえらを故郷に帰してやる」

タルタロスの移動では目立つ。ヴァンも神託の盾も馬鹿ではない。そろそろこちらの動向を把握しつつあるだろう。情報を探るなら、目立つ団体行動より、身動きの取りやすい単独行動。タルタロスの機動力は惜しいだろうが、このまま目立つよりはいいだろうというのがアッシュの判断だ。それで困るのはリンネぐらいだろう。

「はいはーい!じゃあまず最初にイオン様と私をダアトに送ってください」

元気よく挙手したアニスに分かってる、とアッシュが煩わしそうに舌打ちを零した。平和の象徴とも言われるイオンが帰還すれば、多少の混乱は抑えられるはずだ。だがそれは敵側も承知のはず。戻るならば十分に警戒して戻らなければ。

「アッシュはこれからどうするのですか?」

「俺はこのままヴァンの動向を探る。お前はキムラスカに戻れ」

ナタリアもまた帰るべき場所が、帰らなければならない場所がある。王女ナタリアがアクゼリュスで命を落とした、というのはキムラスカ側の開戦の口実だろう。生存が確認されれば、開戦も免れるかもしれない。

「それならまずはダアトに向かってから、鳩を飛ばす方が早いでしょう。それに単独で戻ってモースに待ち伏せされてはいけませんからね」

ここなら、距離的に最も近いのはダアトだ。ここまでヴァンの動向を探ってばかりで、両国の動きを把握しきれていない。情報収集を兼ねて一度ダアトに向かうのがいいだろう。

「じゃあ、ひとまずはみんなでダアトだね」

内心安堵の息を吐いて、リンネは頷いた。故郷に帰すとアッシュは言ってくれたが、今のリンネは故郷に帰ることができない。それになにより、このままヴァンを放っておくことは出来ない。まだもう少し途方にくれなくてすみそうだと、歩き始めたアッシュたちを目で追った。

「ダアトについたあとは、どうしますか?」

 かけられた声に、思考を巡らせる。ジェイドも、ダアトでイオンの安全を確認したらマルクトにでも戻るのだろう。ずっと一緒に行動しているが、彼はマルクトの軍人。もし開戦するとなれば戦線に加わらないわけがない。なにせ彼は皇帝の懐刀と呼ばれる人間だ。
誰も彼もが、必要とされる人間の中、リンネだけは誰にも必要とされていない。それが身軽といえば身軽なのだが、寂しいといえば寂しい。本音を隠して、リンネはジェイドに笑みを送った。

「ヴァンの目的を知りたいし、なんとか情報収集してみるつもりだよ」

一人でどこまでできるだろうと、内心嘲笑が溢れる。キムラスカにはナタリアが、マルクトにはジェイド。そして中立の立場としてのイオンと彼を守るアニス。それぞれしっかりした立場の人たちがいる。彼らと比べて自分にはなんの力もない。あれほど足かせに感じていた権力が喉から手が出るほど欲しくなる日が来るとは思わなかった。
 とはいえ、嘆いている暇はない。ルークが立ち上がるその日までに、彼が歩みをためらわないように、少しでも道を作りたい。だから無い物ねだりで嘆く時間などないのだ。

「それなら、私と来ますか?」

「え?」

意外な提案に、間抜けな声が出た。聞き間違いだろうか。誰に対して言っているのだろうか。ぽかんと口を開くリンネに、ジェイドはにっこりと笑った。

「単純に戦力としては数えられますからね。一人でむやみに行動するよりましだと思いますが」

確かに、それは魅力的な誘いだ。今までキムラスカ領で行動することが多く、マルクトの街での情報を得られてない。ましてや、今は二国間の緊張が高まりつつあり開戦の気配が忍び寄っている。そんな中、身分証を持たぬリンネなどどこに行っても怪しまれるに決まってる。
だがジェイドといれば、少なくとも不審者扱いは避けられるだろう。それでもここに至るまでの彼の態度から、喜ぶよりも先に驚いてしまったのは仕方のないことだと言い訳させてほしい。

「なんかちょっと意外。あたし、ジェイドには信用されてないと思ってたから」

「すみませんねぇ。職業柄、身分証のない方をそう簡単に信用するわけにはいかないんですよ」

それは当然だ。皇帝の懐刀とあろう者が、身分書を持たない者をそう簡単に信じるわけがない。異世界から来ました、なんて人間をそう簡単に信じてはならないのだ。そこに怒りはまったくない。ジェイドはジェイドの仕事をしているだけだ。その上でのこの申し出なのだから、やはり嬉しい。肩をすくめるジェイドに、リンネは口元をゆるめた。

「それでも、行くあてがないあたしに手を差し伸べてくれたのは事実だから。だから、ありがとう」

「利用価値のある道具として使い潰すつもりかもしれませんよ」

「それがジェイドにとっての評価なら、肯定的に受け取っておくよ」

本当に道具として使うのなら、こんな言い方はしないだろう。少しは信用してくれたと、いい意味で受け取るべきだ。笑ってうなずいていると、前を歩いていたアッシュが剣を抜いていた。その眼光はするどく、海面を睨みつけていた。おそらく、魔物だろう。リンネも静かに剣を抜けば、ジェイドも槍を取り出していた。

「……気をつけろ。何かいる」

「え……!?」

ナタリアが身構えるや否や、海面からプルプが2体、そしてそれより更に大きな魔物が顔をだした。青い体に、長く伸びた二本の腕には蟹のような巨大な鋏がついている。威嚇のつもりなのだろうか。その長い手を掲げ、こちらを睨みつけている。

「あれはアンキュラプルプですね。気をつけてください。通常の数倍の大きさですよ」

「な、なんですかそれ!?」

「来るぞ!」

長い腕が伸び、とっさに飛び退く。横から飛びかかってきたプルプを剣で受け止め、そのまま押し返し魔神剣を放つ。

「刃に更なる力を――シャープネス!」

ナタリアの術でアッシュの剣に赤い光が灯る。同じ術なら効果も同じだろう。

「双牙斬、魔王絶炎煌!」

斬り下ろしからの、素早い斬り上げに続き、アンキュラプルプの足元から炎が上がる。

「残影連旋撃!」

「荒れ狂う流れよ――スプラッシュ!」

そこにジェイドの術が放たれ、水圧にアンキュラプルプが押しつぶされる。水辺ということで水属性のFOFが集まりやすかったのだろう。青い光の中、リンネは剣を構えた。

「驟雨水龍戟!!」

水の音素を集め、一気に振り下ろせば水は龍の形となって無数に降り注ぐ。倒したはずのプルプもまた増えている。こいつが親玉なのだろうか。このアンキュラプルプを倒さなければ延々とプルプは増え続けるかもしれない。

「もーー!しっつこーーーい!」

 アニスがトクナガの腕を振り回し、プルプをなぎ倒す。ガイもルークもいない今、前衛が休むわけにはいかない。ガイの穴を埋めるべく、アニスがいつも以上に前に出てくれている。矢を番えるナタリアは後衛。周囲の状況を把握しつつ、リンネはアニスが討ちもらしたプルプに狙いを定め剣を構え直した。

「散沙雨、剛・魔神剣!」

無数の突き、からの強く剣を握りしめての衝撃波。やはり以前より体が軽い。少しずつ体がこちらの世界に慣れてきたのだろうか。これならいけると、リンネは強く地面を蹴って体を大きく回転させた。

「裂空斬っ、空破衝!アッシュ!!」

その勢いのまま剣を突き出せば、アンキュラプルプがのけぞった。邪魔なプルプは今いない。決めるなら今しかない。

「指図するんじゃねえ!雑魚がっ!!」

アッシュが剣を掲げれば、アンキュラプルプを巨大な衝撃波が襲った。刹那、

「絞牙鳴衝斬!!」

突き立てた剣の周囲に、さらに白く大きな衝撃波がアンキュラプルプの巨体を突き刺していく。眩い光の中、ゆっくりとその巨体が倒れ海底へと沈んでいった。水しぶきが飛び、泡が音を立てるがそれも徐々に小さくなっていく。終わった、と安堵の息を零して剣をしまえば、アニスが小さくしたトクナガを抱きしめた。

「なんなの、今の!でかっ!キモっ!」

「フォミクリー研究には、生物に悪影響を及ぼす薬品も多々使用します。その影響かもしれませんね」

「ここ、このままにしといていいの?」

あんな危険な魔物が万が一、港や街に現れたらと思うとぞっとする。危険な芽は摘んでおくべきだろうかと浮かんだ思いに、ジェイドは槍を仕舞った。

「どの薬品の影響かわからない以上、下手に手を出すわけにはいかないでしょう」

つまりは、放置するしかない。釈然としないが、ここはシェリダンの研究者にとって大事な場所でもある。一概に悪と決めつけ処分する権限はリンネにはない。そうだね、と納得させるしかなかった。

「アッシュ……あの、庇ってくださって、ありがとう……」

「……い、行くぞ!」

 アッシュに守ってもらったことが嬉しかったのだろう。礼を述べて歩み寄ったナタリアだったが、アッシュに避けられてまたもや盛大なため息をついていた。何度も見てしまった、見慣れた光景。ナタリアじゃなくてもため息をつきたくなる。

「素直じゃないんだから」

「ムキになるとこ、あのお坊っちゃまそっくりだよね」

やれやれ、と大げさに肩をすくめるアニスに頷くしかない。あんなにナタリアを特別扱いして、大切にして、歩み寄ったように見せて自分はルークではないからと突っぱねる。複雑な状況だとは分かっているが、やはり素直になればいいのにと思ってしまうのは仕方がない。きっと当人以外は同じ考えだろう。子供なんだから、と最年少にぼやかれるアッシュをなんとなく不憫に思った。



 親玉とも言えるアンキュラプルプを倒したからか、帰りはそれほど魔物に遭遇しなかった。特に問題もなく桟橋まで戻れば、こちらの姿を見つけたイオンがタルタロスから大きく手を振ってくれた。

「おかえりな……」

イオンの声をかき消すように、地面が大きく揺れる。

「地震!?」

「きゃ……!」

ふらつくナタリアを素早くアッシュが支える。リンネたちも身を低くして揺れに耐え、程なくして揺れが収まるとゆっくりと姿勢を戻した。

「あ、あの……ありがとう……」

近づいたアッシュとの距離に、ナタリアの頬が赤く染まる。さすがにそんな彼女を突き放すことはしないらしい。ゆっくりと身体を離したアッシュの頬も微かに赤かった。

「……前にもこんなことがあったな」

「そうですわ!城から抜け出そうとして、窓から飛び降りて……」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

ぽつりと零したアッシュに、ナタリアが目を輝かせて両手を合わせる。二人だけの思い出なのだろう。言葉を続けようとしたナタリアに、アッシュが空を睨んだ。

「……今の地震、南ルグニカ地方が崩落したのかもしれない」

「そんな!何で!?」

「南ルグニカを支えていたセフィロトツリーを、ルークが消滅させたからな。今まで他の地方のセフィロトでかろうじて浮いていたが、そろそろ限界の筈だ」

息を呑むアニスに、アッシュが腕を組んで眉間に皺を寄せた。アクゼリュスからの綻びが、世界中に影響している。

「他の地方への影響は……?」

「俺たちが導師をさらってセフィロトの扉を開かせてたのを忘れたか?」

ジェイドの問に、アッシュは口の端を上げた。つまり、大地の崩落はまだ終わらない。まだ始まったばかり、とでも言うのだろうか。このままでは、と拳を握りしめていると、タルタロスからイオンが降りてきた。

「しかし扉を開いても、パッセージリングはユリア式封咒で封印されています。誰にも使えないはずです」

「ヴァンの奴は、そいつを動かしたんだよっ!」

導師にしかできないことをできる何者かが、技術がある。ということだ。思ったより切迫しているらしい。

「つまりヴァンは、セフィロトを制御できるということですね。ならば彼の目的は……更なる外殻大地の崩落ですか?」

「そうみたいだな。俺が聞いた話では、次はセントビナーの周辺が落ちるらしい」

あそこには大きなマルクト軍基地がある。あそこが落ちれば、マルクトにとって大きな打撃となるだろう。セントビナーだけではない。他の地域もいつ崩落するか問題だ。事態は一刻を争う。

「行くぞ。まずはダアトだ」

すぐさまタルタロスに乗り込み、リンネたちはダアトに向かった。



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