夏が運ぶ風(5/5)



最後の花火が打ち上がる。消え行く火花を最後まで見届け、誰かが拍手をすればそれは伝染するように広がる。帰宅する人も多い中、八重はまだ空を見上げている。ま、人の多い中帰るのも面倒だし人が少なくなってきたここにいる方がいい。何することもなくただ一緒に空を見ていた。唐突に花火師って凄くないかと聞かれ、確かにそう思うと返せば、だよね、と満足気に笑っていた。花火師についてこんなに語ることは今後ないと思う。もうはぐれる心配もないのに繋いだ手は離さない。でも別に、いい。


*


花火が終わってしまった。大きな拍手が響いて本当に終わってしまったと感じる。キラキラと星のように降っていた火花はすぐに消えてしまって、一瞬の美しさなのにこうも人の心に大きなものを残していく花火、というよりも花火師さんってすごいなと思った。レギュラスに聞いてみれば共感してくれて、二人して語り合ってみた。ふと気付いた指先。それはまだ繋がっていて、家につくまでこのままがいいななんて思ってみたりした。


*


人がいなくなってきた。屋台も店じまいを始める。昼間とは違う涼しい風が頬を掠める。灯りがどんどん消えていき、あんなに煩かった道も静かだ。俺は今の方が好きだけど、こうもギャップを感じると少し寂しくも思う。八重も夏の夜って寂しいよねと言っていた。まぁわかる。昼と夜の差が激しいからそう思うのだろう。祭りの会場から離れればそこは二人きりの空間で、電灯と月だけが道を照らす。ふと見上げた空で夏の大三角が見えた。


*


祭りが終わったとたんに静かになる感じがあまり好きじゃない。夏の夜は静かすぎる。虫の声がより一層そう思わせる。夏の夜って寂しいよね、とレギュラスに言えば、昼と夜の差が激しいからだと言われた。確かにそうだと思った。昼間が長く楽しい時間も長くなるから、一人の夜が物足りなくなるのかもしれない。人の足音すら聞こえない道を二人きりで歩く。レギュラスが空を見上げたのでつられて私も空を見る。月明かりしかないここでは星がよく見える。広い宇宙では夏の大三角が輝いていた。





夏の夜風





目を閉じた八重が大きく息を吸った。

「夏の匂いだー」
「なにそれ」
「季節によって匂い違うんだよ。分からない?」
「うん」
「朝が一番分かりやすいんだけどね。あ、夏がきたなーとか、もうすぐ冬だなって思う。その匂いが結構好き」

レギュラスは同じように息を吸った。

「分からない」
「えー、今は夏の夜の匂いがするよ」
「ふぅん」
「あ、でも今のは夏の匂いじゃなくてレギュラスの匂いかも!」

レギュラスは歩いていた足を止めた。必然的に八重も歩みを止める。

「は?」
「こんだけ近くにいるししてもおかしくないでしょ?」

八重はレギュラスの腕に抱きついた。レギュラスは薄く笑みを浮かべる。

「それ、俺の匂いじゃなくて兄さんの匂いだ」
「はぁ?なんで」
「この浴衣俺のじゃないし」
「でも同じ洗剤使ってるでしょ」
「これ洗ってないから。兄さんの匂いこびりついてる」
「うそー!汚いじゃん!」
「嘘だから汚くない」
「ちょっと!」

珍しくレギュラスが声を出して笑った。八重もつられて笑顔を見せる。

「レギュラスの肌の匂いも好きだよ」
「変態」
「すぐそうやって言う。本当のこと言っただけなのに」
「へぇ」
「……」
「……俺も」
「えっ!?」

家が近付く。口数が少なくなる。別れが惜しくなり、手に力が入る。

「あ、ここまででいいよ。ありがとう、楽しかったね」
「うん」
「じゃあ、また今度ね」
「うん」
「…えっと、家に着いたら電話して、」
「ねぇ」

レギュラスが八重の声を遮る。

「夏の匂い、する」

レギュラスが腰を屈め八重に顔を近付けた。八重は目を閉じその時を待つ。刹那、お互いの唇が重なり、暑い頬に涼しい風が心地よかった。

「レギュ」
「あ、やっぱ八重の匂いかも」



夏の風が連れてきたのは、あまいあまい、あなたの好きな香りでした




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