音は意味を持たず
余裕があったはずの鞄にはもう隙間がない、家族や友達へのお土産でぎゅうぎゅうだ。
送ろうかとも思ったけど面倒だしお金もかかるしでやめた。何とかなりそうだと鞄にお土産を押し込みながら笑えば裕次郎は少し寂しそうに俺を見ている。
明日、俺は大阪に帰る。夏休みを利用した一週間の沖縄滞在は長いと思っていた最初を裏切って、あっという間に帰る日がやってきた。晩御飯を食べて風呂に入って後は眠るだけ。
結局この一週間、裕次郎の家に泊めてもらったし毎日いろんな所へ遊びに連れて行ってもらっていた。これでもか、と沖縄を満喫した俺としては完璧な一週間だったと思う、けどだ、
「ちょぎりーさーけーるぬか…。」
はぁ、と溜め息を零した裕次郎を見ると一週間じゃ時間は足りなかった様で。
裕次郎の部屋で荷物を纏めている間中、ずっと俺の隣に居ては俺の迷惑にならない範囲で俺の荷物を弄ったりわざと隠したりと別れを惜しむ子供そのもの。
この一週間、本当に楽しかった。
コッチのテニス部達ともなんだかんだで仲良くなったし、写真もたくさん取ったし、皆には負けるけどそこそこ肌は焼けて良い色になったし、美味しいご飯はたくさん食べれたし。
ただ裕次郎に言わせて見れば「2人で遊びたかった」だそうですよ。
「ひっちーんなぁがいのみぐさぁーし、たいであしびのみぐさぁーかっのみぐさぁー…。」
「また遊びに来るよ、それか裕次郎が遊びにおいでよ。」
俺が滞在中に家族へのお土産にと買った小さなシーサーを弄りながら、裕次郎は文句を言い続ける。
いつもいつも裕次郎は遊ぼう遊ぼうと楽しい事を望んだ、条件は簡単で俺が必ずでとにかくはしゃいで笑えること。
でも裕次郎が何か迷惑を掛けたら困ると、いつも幼馴染だという永四朗とかテニス部が一緒でそのたび裕次郎は「たいであしぶからちゅーさな!」と言っていた。
じぃーっとパンパンに膨れ上がった鞄のチャックを閉じて試しにと持ってみれば、初日の倍近い重みになったが持てなくはないし我慢できる。
これで後は飛行機に乗って帰るだけ…と一応部屋を見渡してしまい忘れがないか確認する、と嫌でも視界に入る不機嫌な顔。
「しょうがないよ、俺だって自分の家があって学校があって帰らなきゃいけないし。」
「やしが…慎とたいであしびのみぐさぁーかっのみぐさぁー…」
「まだ言うか。」
まったく、と裕次郎の顔を覗き込めば唇を尖らせた拗ねた表情。こんな顔見たことなかった、そう気付けば裕次郎がそこまで寂しがって目的を達成できなかったのが悔しいのか分かる。
けどもう夜だ、今から遊ぶ事も出来ない。
俺は一週間を甘く見ていたのかも入れない、長いからそのうち2人で遊ぶ時間も取れるだろうと後回しにしてばっかで、結果これだ。
悪い事をした、謝っても時間は帰ってこないから謝るのはやめておこうと思う。
だから、裕次郎の肩に額を押し付けた。
「…慎?」
「次は裕次郎が遊びにおいで。1人で遊びにおいで、そんで2人でたこ焼きでも食べよう。」
瞳を閉じれば裕次郎の体から微かに香る海の匂いに鼓動が速くなった。『2人で』『2人が』ってバカみたい。
一緒の部屋で寝てたし一緒の机でご飯食べたし、なんだかんだで沖縄に居たこの一週間、誰と一番時間を共有したと思っているんだよ。
肩に触れる裕次郎の掌がもっと傍に来て、と力が込められる。ふわふわの茶色の髪が頬に触れてくすぐったくても文句なんか言わない、体が今までで一番の距離に熱くなったって構わない、何よりこの距離を許されている事が嬉しいから。
「しちゅんってからはちごーさん…。」
「なにそれ。なんて言ったの?」
「ぬーもあびてぃねーらん。……慎、しちゅんってあびてぃ。」
「ん?しちゅん?」
知らない言葉、裕次郎から聞く言葉達は不思議な言葉。
知らなくてもいいのかな、と言われたとおりに口にすれば、裕次郎は力なくふにゃりと笑っては涙を流した。
「わんも。慎が苦さんほどしちゅん。」
音は意味を持たず
らしくないな、って笑って涙を拭えば。
何回も何回も「しちゅん」って可愛い言葉を俺に言っては抱きしめられた。
あぁ、しちゅんってそう言う意味なのかな。
そう察した頃には時計の針が12時を指していた。
飛行機の時間までのカウントダウンが始まったのだった。
眠りそうな俺は裕次郎の頬にキスを送った。
その思いを忘れてしまわないように、口にした言葉に意味を込めたかったから。
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はじめて!しゅんっとした甲斐君のお話でした。
相も変わらず隣のページには翻訳しているのあります、はい。
可愛いね、しちゅん。
2013,06,24
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