ガラス製の胸



お腹が空いた時、お腹に穴があいてるような錯覚を覚える。胸から下、臍のあたりまで全て無くなって透明になってしまっているんじゃないかと。
だからお腹って言うのは食べ物によって目に見える触れられるようになるんだと俺は思っている。

そして、そのお腹に覚える透明感を今、胸に感じている。

鎖骨から下、肋骨の分かれ目の辺りまで透明でヒューヒューと風が吹き抜けているようだ。
なんでこんな気持ちになっているのだというと…。


「慎先輩、なにしているんですか?」
「……あ、日吉だ。」


全ての授業を終えた放課後、俺の教室の自分の机の上。突っ伏して眠ってしまおうかとも思っていた所を、日吉に発見されてしまった。
これからテニス部の活動なんだろう、大きな鞄を肩から担いで神経質そうなキツい印象を与える顔を不思議そうに歪めて。教室の扉に寄りかかって窓際の席に座る俺を見ていた。


「いつもならもう帰っている時間じゃないですか。まさか居残りですか?」
「んなわけない。」
「ならさっさと帰ったらどうですか?関係ない生徒がウロウロしているのって迷惑だと思いますし。」


ズバッと一言言いきって、俺に席から立てと顎で指図する。まぁ日吉だからなんか許せる、これが侑士なら蹴っているだろう。
さっさと部活へ行けばいいのに見かけたってだけで俺にかまってくれる日吉は、こうもキツイこと言う奴だけど根はそうでもない。慣れればこの言葉が俺を思ってのものだと分かるから逆に楽だとすら最近思うようになった。

でも今日はこの重い腰を上げる事が出来ないと思う。


「日吉、誰かを好きになったことある?」


日吉の瞳が驚いた、と大きく開かれた。まぁいきなりこんなこと聞かれても…だよな。

実は、今日俺はフラれました。
いや告白したわけじゃないんだけど、こう片思い中の相手にもう恋人がいたっていう事実を知ってしまったってだけ。それが俺の胸が透明になってしまった理由。


「いきなりなんですか?」
「んー…誰かを好きになっていなかったら、今の俺の気持ちを理解出来ないから聞いているの。」


恋と言うものの喪失感はとんでもないものだと、俺は思い知ったよ。今の今まで片思い相手を見られただけで顔はにやけるし鼓動は早くなるし、それだけで一日が最高になった。
でもどうだ?現実を知ってしまった今、その片思い相手を見れば顔はそむけてしまうし鼓動は妙に大きいのを1つ奏でてひやりとさせられるし、それだけで悲しくなった。


「フラれたから凹んでるの。」


何も隠さずに言う。だって誰かを愛するってことは恥ずかしくないことだから。恥ずかしい恋なんて、恋なんて言わないと思う。胸張って好きな人だって言えることこそが恋なんじゃないのか。


「へぇ、慎先輩でも恋とかするんですね。」
「どう言う意味だよ。」


深い意味はありません。と日吉は誤魔化しながら教室の中へ入ってきて。どうやら慰めてくれる様で、俺の席の目の前まで来ては大きなテニスバッグを床に下ろした。
なんでも話せばいいとでも言うように俺の机に寄りかかり、こちらを見てきて…その瞳のなんて優しい事。そんな瞳の色、見たことないよ。


「日吉…今さ、俺の胸空っぽなんだ。」
「はぁ。」
「きっと今まで好きって感情が胸の中に詰まっていたんだよな…透明…いや、空洞出来てんじゃないかってくらい違和感だらけ。」


ぽっかり空いたこの胸に、何を満たせばいいのだろうか。また新しい恋に出会える日までこのままなんて、我慢できそうもない。
いっそ命を愛さない方が幸せなのだろうか、そう思ってしまった途端…視界は海の中。
そんなつもりもないのに視界はぼやぼやと霞みもう日吉の優しい瞳が見えない。此処は陸地で学校で教室で俺の席で。海とは遠くかけ離れたこの場所で俺一人、心から滲みでた海で溺れなきゃいけないなんて、


「慎先輩。」


そんなの、日吉は許してくれなかった。

立ち上がって俺の体を背中から抱きしめて、思いっきり体重を掛けられる。無理矢理机に伏せられ濡れた頬が机とキスをして、空っぽの胸も机の淵に当たって痛い。


「痛い、重い、ひよし、」
「ですよね。」
「っ、おい。」

「痛いってことは、慎先輩の胸は空洞じゃないってことですよ。」


本当に空洞になったらもう二度とその胸は機能しない、でも痛いと感じるということはまだ人を愛してその胸に恋を詰め込む事が出来るということ。
ずっとずっとギュウッと一生懸命抱きしめてくれる日吉が囁く俺の話しを聞いて思い考えた仮定の話し。


「その気持ちは俺も理解できますよ。でも空洞になんてなってませんけどね。」
「…嫌味か。」
「えぇ。」


本当に俺の胸に空洞ができてしまっていたら。
今この瞬間、日吉によって俺は殺されていたと思う。


「空洞じゃないですよ、ただガラスになっただけですよ。」




ガラス製の胸




「そのガラスの胸に、誰への思いを詰めるかは慎先輩次第ですけど。」


笑い声が聞こえた。
日吉の優しい笑い声。

日吉は誰を愛してその胸に色をつけているのだろうか。
そしてその愛されている人は幸せなのだろうか。


「…日吉、日吉が好きな人は、幸せそう?」
「さぁ?今目の前で泣いているので分かりません。」


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ぴよしーと。
最近、

ひよ子=日吉
なめこ=観月

という方程式ができていて…

んふんふ。

2013,06,14

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