鈍色の恋心



頭を下げて女の子に謝る謙也ほど、美しい物はないと俺は知っている。

放課後の校舎裏なんていうベタなシチュエーションに主役が2人、脇役が1人。主役は会ったことのない顔も名前も知らない結構可愛い感じの女の子と、同じクラスにしてテニス部で大活躍している(本人談)浪速のスピードスター忍足謙也。
そして俺、脇役こと謙也と一緒に帰る約束しているので謙也の荷物を持って主役2人の話しが終わるのを待っている天城慎である。

何処か近くの電柱で一休みしているカラスがカァカァと切なく鳴くもんだから、カラスが鳴くから帰ろかな、という有名な歌をなぞって帰ってしまおうかと思う。
けれど


「ほんまにすまん。」


遠くから謙也の姿を見ていると、なんだか非現実の中へ飛びこんだ気分になるのだ。カラスの鳴き声が警報に聞こえるし主役の名前も知らない女の子が敵に見える。
そして何より今の俺の例える事の出来ないこの気分を作り出した原因の謙也が、俺には世界で一番儚く美しく、触れてはいけない物に見えるのだ。

俺の頭、結構やばいと分かっている、ただね言わせてもらいますけれど。
謙也は恋人なんかいらない、今はテニスだけ見ていたいんだって声を大にして言っているんだぜ?クラス中どころか学校でも有名な話だ。
それなのに告白する女の子は俺の何倍ももっとヤバいと思うよ。俺は正常、女の子は異常。

それなのになんで謙也が謝っているのだろう。悪いのはどっちなんだよって、意味が分からなくなる。
だから謙也が仏の様に寛大で優しく光り輝く美しさを持つ存在に感じてしまうのだ。

謙也が頭を下げてから何分か経って、やっと女の子は泣きながら1人校門へとむかっていった。
夕暮れ、カラスの鳴き声、長い影、揺れる肩…主役に相応しいガラスの様な繊細さが見るだけで嫌ってくらい感じ取れる。あぁ主役怖い怖い、でももう何人の主役を見送ったのか分からない俺としては、吐き気がするけど。


「慎。」


ぼうっと見送った主役に遅れて舞台から降りてきたもう1人の主役、謙也は何事も無かったかのように笑って俺が持っていた謙也の鞄を持つ。
「すまんなぁ」と女の子に掛けた物よりも幾分か溶けた優しく暖かな声で言うから、意地の悪い俺は優越感に浸るのだ。恋人にもなれない砕け散った女の子よりも、脇役の俺の方が謙也にとって安心してもらえる地位に存在しているのだと。


(サイテイ)


明晰なる下心。
俺にとって謙也は、一番仲の良い友達で、それでいて一番の憧れで。
何も知らない謙也はただそのまま舞台に立ち続けていればいいさ、俺は舞台の隅で毎回変わる主役の女の子の砕け散る様を見て、自分を優等生に仕立て上げるから。


「いいの?」
「おん?」
「…いや、気にしてないならいいけど。」


曖昧に呟いて、自分の鞄を持ち直した。あとは帰るだけ、主役の代わりに謙也と俺2人でエンドロールをなぞるだけ。
幾度となく繰り返された事を今日も辿る、それこそ映画を映し出すフィルムの様に。

カラスが鳴くから帰りましょう、母が遠い昔に歌ってくれた歌が頭の中で流れた。カァカァと、俺の気持ちも知らないカラスが何処かへと羽ばたいていった。

もしも神様に会えたなら。
俺をカラスにしてくださいとお願いするのにな。


「遅なってもうたな。」
「たまにはいいんじゃない?」
「いやいや、慎が怒られへんか心配っちゅー話しやで。」


無邪気なこの笑顔を傍で見るたびに、優越感と虚無感に襲われてしまうから。




鈍色の恋心



唯一無二の友にして
唯一無二の叶わぬ夢を見る。

それこそ君のすぐ側で。

何時の日かこの恋心が明るい色に塗り替えられますように。


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鈍色(にびいろ)って読むのに
「にびいろ」では変換できない罠。

色は濃い灰色です。

2013,05,20

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