ブーゲンビリア



「久々だね、慎。」
「…おう。」


一年振り以上だろうか、俺は昔通っていた病院に顔を出したのだ。
今は違う病院で定期健診を受けているので此処へ来る必要は全くないのだけど。此処へ来た理由は1つ、知り合いがいるからだ。

幸村精市。同い年の彼は怪我前の俺と同じでテニスをやっている。今は重い病気にかかってしまって入院しているが、少し前に手術を行ったそうだ。その知らせを受けて会いに来た。
知り合ったきっかけは確かテニスだったと思う、実はハッキリと覚えていないんだ。凄く昔から知り合いだったような、それでいて最近知り合ったような新鮮な気持ちにもなれる。


「手術、お疲れさま。」


久々に会ったら、スッと伸びている背筋から大人びた雰囲気と独特のしなやかかつ力強さが増したと思う。
此処へ友達の見舞いに行ってくると母に言ったら持たされた小さい鉢植えを見せれば、嬉しそうに笑ってベッドをぽんぽんと叩く。座れと言っているようだ、一応周りを見渡して椅子が無いか確認するが、唯一見つけた椅子は幸村の荷物の下敷きだった。仕方なく叩き進められた場所へ座る。
ぎしっときしむ音に不安になって一度ベッドを見れば「この間、丸井達が座っても大丈夫だったよ」とクスクス笑われた。


「わざわざ遠くからありがとう。この花…」
「あ、名前とか知らないんだ、母親が持ってけって五月蠅くて。」
「そっか。」


紫に色を変えた花なのか葉っぱなのか詳しくないから分からない部分を、幸村は優しく撫でて。きっと知っているんだろうなって思うと少し悔しくなる、ガーデニングが好きだって前に言ってたし。
「綺麗だね」と零しベッドの横にある棚に飾って、俺の方を向いた幸村の顔はとても嬉しそう。手術も終わったし後は回復を待つだけ、そうすればコイツもまたコートへ戻れるのだ。俺はまだ戻れないけれど幸村がコートへ戻るのが楽しみだ。

なんとなくその笑顔を向けらられているのは恥ずかしくて、頬を掻きながらまた鉢植えに視線を戻した。


「なんて花?葉っぱ?」
「あぁ、ブーゲンビリアっていうんだよ。紫の部分、一応葉っぱだから花じゃないのかもね。」


この辺じゃ珍しいんだよ、と笑られても貴重さがいまいち分からない俺は首を傾げた。なんでそんな花を母が持っているのかも謎だ。ソレを俺に持たせたのも謎。
でも幸村はまた俺の方を見て「お母さん優しいね」と褒める。


「花はたくさんあるからね。」
「…葉っぱ成分不足してた?」
「そんな所かな。」


確かに花瓶には色とりどりの花達が今が見頃よ見て頂戴、と言っていると勘違い出来るほど咲き誇っている。
きっと幸村を見舞いに来た仲の良い友人達が花を持ってくるのだろう、確かに葉っぱ成分不足気味だなと思うと笑ってしまった。
どうにも花じゃないらしい花、ブーゲンビリアを気にいったらしい幸村はブーゲンビリアの話しをしてくれる。沖縄などでは有名だとか他には白や赤、珍しいのではオレンジもあるとか。
さすがガーデニングが趣味だというだけはあるなと思わされる。叩けば叩いた分、情報が出てくる。


「本物見たの初めてだよ。」
「ふぅん…。」
「家に帰ったら大事に育てるね。」
「でかくなるんじゃね?」
「大きい方が良いよ。」


そう言って俺の顔を覗き込み優しい色の瞳は俺の瞳を射抜く。
さっきまで普通に話していたのに、急な幸村の行動に条件反射で距離を取ろうとした。が、幸村の細く白い指が俺の手首を捕まえて引っ張った。幸村からは想像できないほどの力強さに驚いて体が硬直する。

引く事もまさか近づくなんて事も出来ない俺は、せめてもの誤魔化しに視線を掴まれている手首の方へ向け幸村の顔を見ないようにした。
窓の外で蝉が延々と鳴いている声と、病室の外から聞こえる看護婦さん達の声が異常に遠く感じた、何百キロ先にいるのだろうかと勘違いし本当の距離が分からなくなる程。

何も言わない俺と、何も言ってくれない幸村だけのこの病室に次に響き渡る音は、


「ブーゲンビリアの花言葉、知ってる?」


幸村の聞いたことない優しい声だった。


「慎はブーゲンビリアみたいな人だから心配だよ。」


俺を置いてきぼりにしながら、幸村はそう呟き俺の肩にもたれかかった。サラサラの黒い髪が俺の首元をくすぐる。吐き出される息も吸い込まれる空気も俺の首元で感じ取れて、いま此処に病気を乗り越えて幸村が生きてくれているのだと思うと、自然と涙が瞳を覆って。
ブーゲンビリアの花言葉を知らない俺はどうする事も出来なくて、ただもたれかかってきた幸村を労わるように、細い背中を、絡み知らずの黒い髪を撫でてあげた。




ブーゲンビリア




静かな空間に、何も求めずに。
綺麗な花々が飾られた横、俺が持ってきた鉢植えでイキイキとしているブーゲンビリアは俺と幸村の今の現状をまるで他人事のように捕えているのだろう。
お前のせいでこんな不思議な事が起きているのに、なんて少しだけブーゲンビリアを嫌いになった。

幸村が俺みたいな花だって言った。
ねぇ幸村、ブーゲンビリアは俺みたいな花なのかな?
何も言わない幸村の温もりに心臓は足を速めるばかりで。

意味が分からないまま置いていかれた俺、蝉の鳴き声止まないある日の午後だった。


『貴方は魅力に溢れている』


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ブーゲンビリア(ブーゲンビレア)
沖縄など暖かな一部の地方で秋から春、または春から夏にかけて
葉の色を変え花のように咲いているように見える。
花言葉は「貴方は魅力に溢れている」「情熱」

…と、管理人が見たサイトで紹介されていました。
間違いなどありましたらスイマセン。

幸村さん少し嫉妬&拗ねを意識した結果。

2013,05,17

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