希望します




「…でな、その時何て言ったと思う?『犯人は白石やっちゅー話しやろ!』って。」
「……」
「バカだよなー、嘘だってバレバレでさ。光の奴、めっちゃ呆れてたよ。」


下校する生徒の声が遠くに聞こえる。「またな」と友達と別れて家への道を辿るのだろう、教室の壁に掛けられているシンプルな時計の針が16時47分を指していて。ちっちっちっと秒針の音が「早く家に帰りなさい」と言ってくれている気がした。

それなのに帰らないで誰もいなくなった3年2組の教室で、俺はお地蔵さまになっていた。
行儀悪く自分の机に座って、ただしょうもない事ばかり話しかけてみたり。

俺の椅子に座って、俺の背中へ顔を埋めるユウジに向かって。

腹へ回された腕の力が、離さないと言ってくれているようで。ソレが嬉しいようなこのまま夜が明けてしまうのではないかと怖くなってしまったり…少し複雑な思いがぐるぐる廻って。
それでも振りほどかずにいるのは、ユウジがたまに鼻をすするから。
それでも振り向かないのは、背中に感じる湿った温もりが見るなと言っているから。


「そうだ、今度みんなで遊びに行かない?ユウジもだけど小春とか蔵とか謙也とかみんな誘ってさ。」
「…」
「たこ焼き食べに行きたいなー。美味しいたこ焼き屋さんどっかにないかな。」


この状態がもう何分も続いている。始まりはたいしたことないはずだったのに、なんだか大事になってしまった。ユウジを泣かせたって結構おおきな罪だな。
最初に比べて今は落ちついているけれど、本当数分前は酷かった。震える腕で今以上に俺を抱きしめて。嗚咽混じりに暴言の嵐、もともと口は悪い奴だって知ってたけど予想の遙か上を行くものだった。
何言っているのか分からない位酷いものだった。なんでこんなにユウジを怒らせたのか分からなかった、今は少しだけ分かったけど。

落ちついてユウジの言った言葉を思い返し、暴言で大げさに飾り付けられた言葉達を篩いにかけてユウジが本当に言いたい事だけ拾いあげれば、なんとなく見えた。


(ほんまにお前何やねん人間か!?なんで気付かへんねんボケ死なすど、俺がどんだけお前に…っ、小春の方がええわ、お前なんかいらんわ!ほんまに許さんからな!!)


心が痛いよ。ユウジの言葉で出来た傷がずきずきと鼓動とともに痛むよ。
だから俺はそれと同じだけの痛みをユウジにも感じてほしいんだ、だから意味のない話ばっかりしてユウジの事怒らせてあげる。

もっと、嫉妬して。もっと、俺の事気にしてよ。


「俺さ、明後日の休みに金ちゃんと謙也と遊びに行くんだ。」


俺もその分、小春の話ばっかりするユウジに嫉妬するし気にするから。

ギュッと強くなる腕の力が、その話しは嫌だと言ってくれている気がした。たったそれだけの事なのに、俺は自然と口元が緩んでしまう。心も一緒に締め付けられる。

腕の中に俺一人いる、腕の中は俺一人だけ。


「…もう17時だ。」


時計はドンドン足を進めていく、動かない俺達とは正反対に。
そろそろ帰らないと親心配するよな、って考えていると、背中からズッと大きく鼻をすする音。シャツにつけられたかな。
ごしごしと俺の背中に顔をこすりつけて涙を拭うユウジの動きに、とうとう俺達の時間が動きだすのだろうか、と瞳を閉じてユウジを待った。俺はもう何時でも動き出す準備出来ている。
抱きしめる腕をそのままに、椅子がガタン、音を鳴らして後ろの席へぶつかるほど急にユウジは立ち上がった。

やっと離れた背中の温もり。瞳を閉じている分離れた温もりへの寂しさが酷く大きいものに感じられた。

名残惜しさに瞳を開いて、初めて後ろを振り返ったら、思ったよりも近い所にユウジがいた。俺の頬にユウジの鼻先が掠ってしまうほどに。
その距離だとユウジの赤い瞳だとか少し瞼が重たそうでいつも以上に怖い顔になっているのだとか…その全部、俺のせいなのかなって思うと、回され続けているユウジの腕に手を添えていた。


「…ユウジ、」
「慎、ほんまに死なす。」
「は?」


きっと謝ってくるのだろうと思っていただけに、俺からでた言葉は一文字。
その返事が気に食わないようで眉間に皺を寄せたユウジは、俺の事を自分の方へ引き寄せた。
いきなり引き寄せられてバランスを崩してしまった俺の体をユウジはしっかり抱きとめて。さっきよりも近くなった距離に動揺しながら顔を見上げれば、やっと会えた笑顔がそこにあって。


「俺の前で俺以外の話しすんなや…浮気かって。」
「いや、それは…ってか、お前は俺の何だよ。」


ユウジを慰めるために言い続けていた他愛ない話しはどうにも不評だったようで。何のために話し続けていたと思うだよ、と文句を言いたいところだが、浮気って。
俺の反論にユウジは一瞬瞳を泳がせた。そして若干悩みながら、そっと形の良い唇を小さめに開いた。


「…………と…」
「なに?」


こんなに近い距離にいるのに聞こえないほどの声だったので遠慮なく聞き返す。
ただやっぱり気にいられなかったらしい、キッと俺を睨むなり抱きしめる力をこれでもか、と込められて俺の肩へ顔を埋めて、


「慎の恋人希望や!」


やけくそ気味に叫んだ。





希望します





「…っふ、あっはははは!!」
「笑うなや!!死なすど!!」
「だって、だって…あはははは!!」
「くっそ…!」

「じゃあ、俺も恋人希望するよ。」

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ひらきなおりーの。
ユウジは笑い顔が可愛いから
困ります、どうにかして笑わせたくなる。
だからこう、無理にでも
笑わせようとしてしまう。

2013,05,16

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