星になる



両親が千葉の祖父ちゃんの家まで行ってしまった。なんでも転んでしまい立てなくなって入院、とのこと。
俺も一緒に行きたかったのに、今日の昼千葉へ行き明日の朝一帰ってくるという強行スケジュールだから、明日学校がある俺は家に残れと言われ絶賛お留守番中。

とはいえ、大事な身内の入院となれば嫌でも心配になる。テレビを見ていてもご飯を食べても風呂に入っていても別の事を考えていても、ふっと祖父ちゃんの顔が浮かんでしまう。こうして部屋でベッドの上で眠ろうと寝転がっていても、だ。もう9時を回ってしまっているのに。
考えたくない、考えれば不安で千葉へ飛んで行きたくなる。今だけ祖父ちゃんの事を忘れたくって、俺は携帯の電話帳から謙也の登録している番号を選択し、通話ボタンを押してしまっていて。上半身を起こして膝を抱いた。

トゥルルル、と聞きなれたコールは三回で途切れた。コールの代わりに聞きなれた声が耳に届く。


『もしもし?』
「謙也?ごめんな夜に。」
『ええけど、どないしたん?』


珍しいやんけ、と聞いてくる声が穏やかで急な電話にも嫌がっている素振りを感じなくて。俺は甘えるように全部話していた。
祖父ちゃんが転んで入院した事も両親が千葉へ行ってしまった事も、何をしていても祖父ちゃんが心配で、そしてその場へ行けない事への寂しさに似た心の空洞も。
話している間、ずっと謙也は『ほんまか?』とか『そら心配やな』と親身に返してくれて。でもこんな俺の家の話しなんか謙也にはどうでもいい話だよな、と思った途端、やっぱり迷惑だろうと不安が沸いてきた。


「ごめんな、こんな話し…」
『謝んなや。俺は慎に頼られて嬉しいっちゅー話しやで?』
「…はは、ありがとう。」


電話越しでもわかる、謙也が笑ってくれている事。それが嬉しくて、感極まって不意に瞳を覆う涙の膜が厚みを増した。祖父ちゃんが心配なのもある、そして今、謙也がこんな自分の話しを聞き逃さないでしっかり聞いてくれている事が嬉しくて。
そうだ、俺はずっと怖かった。あり得ない事だと心配しすぎだって分かっていても、万が一にも祖父ちゃんに会えなくなったら、って考えたら怖くて。それを誰かに知ってほしくて。


『慎?おーい慎?』


お礼を言ったきり黙りこんだ俺を呼ぶ謙也の声が、随分と遠くに感じた。自覚してしまったせいで喉が引きつる。唇が微かに震えてしまって返事をするのにためらう。
瞳を閉じれば涙が零れて俺の頬を滑り落ちていく。一度零れたらもう止まらなくて次から次へと零れては顎に流れ着いていく。
なんとか袖で拭って止めようとしても止まらなくて、鼻水も出てきて、ズッと鼻をならせば電話の向こうで俺を呼ぶ声が止んだ。


『な、泣いとんのか!?』
「だって、だって…」


色々言いたい、謙也が優しいせいだとかいつもの調子で言い返したいのに。でも出てくる言葉は何も意味をなさなくって。
もう本格的に止まらなくなった、もう泣きやむ事が出来なくなった。やっぱり無理にでも千葉に行ってしまえばよかった。その後悔ばかりが思考を支配して。
電話し続けるのも謙也に悪いと思って、せめてちゃんと「ありがとう」と「ごめん」を言おうと深呼吸をして口を動かした。


「けんや…ごめんな、ほんとごめん…」
『せやから謝らんでええって…』
「うん、ほんとありがと…。」
『今、家やろ?』
「え…うん…。」


急な質問に少し驚いて一瞬だけ涙が引っ込んだ、俺は両親の言いつけ通り友達の家にも行かず家で大人しくしている。
頷きながら返事を返せば『よっしゃ!』と謙也が気合の入った声で返事してくる。いきなりコイツは何を言っているのだろうかと電話の向こうに言ってやろうかと思っていたら、


『待っとき、今そっちに行ったるわ!!』
「は、」
『電話はつなぎっぱでええからな。』
「けんや?」
『俺は浪速のスピードスターやから、あっという間っちゅー話しやで。』


電話の向こうが扉を開ける音や謙也以外の声で騒がしくなった。その騒がしさの中で謙也が『ちょお出掛けてくるわ』と誰かに話しかける言葉。それにハッとする、本当にコッチくるんだって。
そんなつもりで謙也に電話したわけじゃないのに、それに家族だってこんな夜に出掛けるなんて心配するだろう。零れ続ける涙を我慢して謙也の名前を呼ぶ。


「いや謙也、別に俺…」
『ええねんって!…俺が会いたいっちゅーだけや。』


風を切る音も謙也の呼吸が少し早くなっていく音も電話越しに伝わってくる。走っている最中も通話しっぱなしで話しかけてくる。
そう遠くない謙也の家から俺の家までの距離と謙也の足の速さを考えれば、俺の家に辿りつくのはすぐだ。
ベッドから降りて部屋の窓を覆うカーテンを開けた。きっともうすぐ金色の髪を揺らしながらやってきてくれるから。がらりっと窓を開いて身を乗り出した。電話から『お、見えたで!』と嬉しそうに言う謙也に早く会いたくて。

ぽつりぽつり街灯が照らす仄暗い道、キラキラの金色が俺の瞳でも確認できた。夜空に煌めく星にも負けない眩しい金色が。
家の前まで来て息を整えてから、二階にいる俺目掛けてとびっきりの笑顔で電話からもそして直接からも謙也の声が響いた。





星になる





『「な、早かったやろ?」』
「…うん。電話、切るよ?」
「あ、忘れとった。」


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夜中に駆けつけてほしいランキング
ナンバーワンの謙也です(え
足早いから誰よりも先に会えそうです。

2013,04,22

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