檻の外から
ストリートテニスコートは金網に覆われていて。その中はテニスから逃げた俺から見たらとても窮屈な檻のようで。
でもそこで輝き活躍する皆からしたら最高のステージなんだろうな。って思うと切なくって、俺の価値が亡くなってしまいそう。カシャン、金網に指先を掛けた。こすれあってなる金網の音だけ今ここに俺がいるよと慰めてくれている。
長太郎達のストリートテニス見てやる、なんて言うんじゃなかった。
いまテニスを楽しんでいるのは長太郎に宍戸に侑士に岳人…その中の長太郎と一緒に帰ろうって約束してしまったのだ、損した。まだあと一時間くらいは終わらない。
勝手だとは分かっている、こんな当てる場もない悲しい気持ちになってしまうなら帰って眠っている方が良かった。約束を破ったって謝れば優しい長太郎は許してくれるけれど。
(それは可哀想だ。)
惨めな思いを抱いたのは俺の勝手だし。
金網ばっかり眺めていて中にいる長太郎の事を覚えているのに忘れていて。タオルで汗を拭う長太郎が俺を見つけてくれていたのも知らず、金網に額を押し付けた。変な痕が残るかも、なんて思っても真っ直ぐ立つのも面倒になっていた。
このまま一時間?くっそ帰りたい。
「はぁ…帰りたい…。」
「じゃあ一緒に帰りますか?慎先輩。」
「…あ、長太郎。」
口から漏れてしまった言葉に、返ってきたのは優しい声。上を向いて見上げれば背の高い長太郎。何処でどう頑張ったらそんな背が高くなるんだよ。
別に俺の言葉にショックを受けたとか悲しんでいるとかではなく、ただ俺の「帰りたい」に笑い提案する、喜んで付き合ってくれるようで。
でもまだ一緒にテニスをしている皆に申し訳ない、適当に笑って首を振る。
「いいよ、待ってる。」
「別に無理しなくても良いんですよ?」
俺の方が年上なのに、長太郎の方が年上みたいに優しい。
金網に引っ掛けていた俺の指先の上に、前触れもなく長太郎の指先が重なる。動き回っていたから熱くて少し汗っぽい頑張った指先。心臓が大きく鼓動を打った。
無理しなくていい、と問われて言い返さずただ重なった指先を眺めていた、指先まで綺麗だなって。羨ましくて顔を下げた。傍に居て話す事も怖いくらい、そう、長太郎のこと、
「慎先輩。」
「…ん?」
「顔、上げてください。」
長太郎の背中に掛けられる侑士の声も気にしないで、俺の事呼んでくれる。
顔をそろりそろり、上げてみれば、屈みながら金網に額を押し付けて俺の目線に合わせている長太郎の姿。怖いくらい俺の視界は長太郎だけになっていて。もっと見て、そう夕陽で輝く瞳に言われているみたいで逸らす事も出来ない。
重なっているお互いの指先が、どちらともなく力がこもって。金網の痕が残ったっていい、その痕を長太郎が優しく撫でて謝ってくれればいい。
金網の揺れる音も残るだろう痕も気にせずに、長太郎は一層顔を俺の方へ近づける。
まるで磁石の様に俺も額を金網に押し付けて。金網が邪魔でも良い。長太郎の額と自分の額が触れ合いたくて。
コツリとぶつかった額。瞳を閉じれば感じるのも頭の中を支配するのもただ1人。今の俺を満たすのは、
「先輩…」
「ん…」
「キス、したいです。」
目の前にいる、君だけ。
頷く事もなく拒否する事もなく、名残惜しいけれど額を離し瞳を閉じたまま金網に唇をあてた。血の匂いに似ている嫌な鉄錆の匂いも、すぐにやってくるだろう長太郎の匂いで忘れられる。
檻の様な硬い金網、優しくて柔らかな唇、重なっていた指は絡み、額に感じた長太郎の熱の代わりに感じるのはフワフワの長太郎の銀の髪。
感じる全てが、俺に価値をつけていく。
誰も俺に値段なんかつけなくったって良い、いっそ俺自身も俺自身に魅力も何も感じなければいい。
ただ長太郎だけ、俺の価値に気付いてほしい。
「長太郎…」
「はい。」
「俺の事、宝物にして。」
檻の外から
「もう宝物ですよ。」
「ならいいや。」
「なにイチャイチャしとんねん…!」
「ゆーし、嫉妬かよ。」
「激ダサだな。」
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金網ってなんかいいですよね。
言葉にできないような良さが…
決して越えられないってわけでもない
頑張れば越えられる
そんな優しい壁ですよね。
2013,04,19
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