そそいだ人へ



日曜日の朝一番に届いたメールの送り主は白石だった、内容は「少し会いたいんやけど」と短い物。
白石らしくないな…そう思いつつも俺もまた「いいよ」と短いメールを送信した。それからちょっと二度寝して、母さんに「出かけてくる」と伝えて家を出ては白石の家へ向かった。
夏へ向けて暑さを増してきたこの五月は、道端の花壇やご近所さんの庭に色とりどりの花が咲き誇っていて。俺はこの季節が好きだ、散歩するにはちょうどいい気温と瞳に映るカラフルな景色。

それらを楽しみながら白石の家へ向かう足取りは軽やかだった。だからたどり着くまでの時間がいつもの半分位に感じられた。


「しーらいしー。」


インターフォンを押しながら白石の部屋の窓へ向かって声をだす。勿論俺の声に反応して白石が窓から顔を出す…なんてことはないんだけど。なんというか今は機嫌がいいんだ、それもまたこの季節だからだけど。
そういえば、今日は白石の家族がいたのかもと声を出した後に考えて、恥ずかしいことしてしまったなんてちょっと後悔しつつ。
しかし案じた事は無意味だったようで、玄関の扉が開いた先には白石が顔をのぞかせては「慎、ようきたな!」とさっきの俺に負けない大きな声をだした。
学校で会う黒の学ランとは違い、淡い青のシャツに白のカーディガンと涼しげな色合いの私服を着て中へおいでと手招きしてくる。


「家族おらんし、中に来ぃや。」
「じゃ、お邪魔するよ。」


お言葉に甘えて白石家の敷地へ足を踏み入れる。開いたまま待ってくれている白石のもとへたどり着けばニコニコと上機嫌の笑顔で家の中へはいれと背を軽く押してくれる。
学校で毎日のように見る顔に「数学の宿題終わってなかったからもってくりゃよかった」、その事を思いだして笑いながら言えば「俺も今日やるところやってん、あとで一緒に取りに行こか」といつも通りの優しい言葉。
1人でも別に良いんだけど…なんて言わないで笑い返し、靴を脱いでリビングへ通してもらう。
白石の家は久々に来たなぁ、とソファに勧められるまま座ってキッチンへ向かった白石の背中を見送って、視線を正面へ戻した…その先に。


「おー。」


此処へたどりつく前に見た花の数々よりも、赤く華やかかつ愛らしい花が何輪も花瓶に活けられ咲き誇っていた。
花弁がとてもおおい薔薇のようなその花は年中見かけるものではない、ある期間中によく見かける花だった。花を見るのが好きとは言ったものの花に詳しいわけではない…そんな俺でもその花の事くらい知っている。
どうしてその花が此処に…と、ぼんやり眺めて首を傾げてしまった。思わずスマホを取り出してカレンダーを見る。今日はー…5月の…。


「…やっべ、」
「ん?なんか用事でもあったん?」
「今日って母の日だったのか。」


お茶を入れた二つのグラスを持って戻ってきた白石が呟いた俺の言葉に「え」と短く零した。たったそれだけなのだがいかに驚かれたかがよくわかる声色だった。
母の日…そういえば最近は忙しくてテレビもろくに見ていなかったし、買い物とかも言っていなかったから忘れてしまっていたらしい。カレンダーにはちゃんと「母の日」と書かれていた。

白石家のリビングテーブルに飾られている花…カーネーションはどうやら朝一番に渡したようで。グラスをテーブルに置いてもらい俺の隣に白石が座っても、視線はカーネーションから離れなかった。
いつもは父さんと話しあってプレゼントを贈っているんだけど、数日前から出張へ行っている。それもあって完璧に忘れていたのだ。やばい、と溜息を零してしまう俺に隣から笑い声が向けられる。


「忘れとったん?」
「…うん、今から間に合うかな。」


せめてカーネーションだけでも贈らないとな…と時計を見ながら今日の事を考える。ちょっとここで白石と話してから、いったん家へもどって宿題を取りにいって、宿題して、そのあと花屋?
宿題のでき具合(おもに俺の)によっては花屋がしまっていそうだ、しくじった。もう一度溜息を吐きだしてしまいながらせっかく用意してもらったお茶をいただこうとグラスに手を伸ばす。

別に俺の母さんはその辺気にしない…よく言えばおおらかな人だから、訳を話せば許してもらえるんだけど。
冷たいお茶を喉の奥へ招いたのち、カーネーションを眺めてはソファの背もたれに体を預けた。
そんな俺の顔を白石が覗き込んで変わらぬ優しい笑顔で俺の頭を撫でてくる。そろそろとつむじ辺りから毛先へと滑らせては、もう一度つむじ辺りへ戻っていく。慰めてくれるのは嬉しいもので、つい甘えるように撫でてくれる掌に自分からすり寄る。


「カーネーション、此処から何輪かもってってええで。」


そう言うや白石が俺と同じようにソファの背もたれへ体を預け、お互いの肩をぶつけあう。優しさゆえの言葉なのだろう、白石の言葉に驚いてしまいつい目を見開いてしまう。


「え?それはダメだろ。」


此処にあるカーネーションは白石含め兄妹から贈った大切なものなのに持って行っていいと言うのはいかがなものかと。しかも兄妹から贈って貰った白石のお母さんは此処に居ないし。せめて白石のお母さんに許可をいただかないと貰おうと思わない。
そうだろ?と思った事は口にしていないけれど首を傾げ白石を見れば、息を吐き出すようにフッと笑って体を起こして花瓶から一輪カーネーションを抜きとった。そしてまた体重を背もたれへ預けなおし、俺へ差し向ける。
綺麗だと思う、けど同時に可愛いとも思うその花は茎の先から一つ滴を落としソファに染みを作りあげる。その様も絵になると思う、思わず手を伸ばしたくなってしまうけれど受け取る事はできない。


「貰えないって。」
「せやったら…理由がちゃんとあるんやって言ったら貰ってくれるんか?」


理由?それはなんなのだ?首をかしげる事も出来ずに白石を見上げれば、カーネーションが俺の唇に触れた。柔らかな花弁が触れるその感触とふんわり漂う花の甘い香りに釣られ視線を下げた俺の額に、花とは違う柔らかなものが触れる感触そして何処か慣れた爽やかな香り。


「愛する人のお母さんに、お礼を言いたいねん。」


生んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう。
お母さんがお父さんが居てくれたから、愛する人に出会えました。
そして愛する君を生んでくれた育ててくれた君のお母さんお父さん。

ありがとう。




君に愛をそそいだ人へ




恥ずかしいはずの言葉を平然と声にのせ俺へ言う白石の顔は見えなかった。俺の頭へ手を添え腕の中へおいでと引き寄せられて。視界は淡い青一色、そして唇から頬へ移動したカーネーションが少しだけ熱くなる体温を吸い込んでいく。

あぁなんて言葉を俺へ贈るのだろう。

つい白石のカーディガンを握りしめてしまう俺に、らしくもなく白石の顔が赤く染まってしまっていた…そんな事を聞いたのは三年後の母の日だった。
あの頃は…なんて照れながら話し俺を抱きしめる蔵に、愛されているのだと感じざるを得ない俺が当時のように腕の中で蔵にすがりついていた。


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本当は
母の日に
書きたかったけど
間に合いませんでした(^ω^)
いつも通り遅刻です、はい。

2014,05,12

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