小指をおって



チッと小指に熱が走った。

適当に鞄の中に手を突っ込んでノートを探したのが悪かったんだって分かった時には遅くって。
恐る恐る鞄に入れていた左手を見れば、小指には赤い線が出来てしまっていた。思っていたより深く大きな傷であっという間に赤い線はじわりじわり広がりを見せ線を太くする。


「あー…。」


何やってんだろ。でも悪いのは自分だ、宍戸と話しながら鞄の方を何も見ないで手を突っ込んだんだから。中にはノートのほかにクリアファイルやむき出しのプリントも入っていた。ちょっと考えれば危ないよな。


「どうした?」


さっきまで笑いながら話していた俺の変化に気付いて宍戸が声を掛けてくれる。
右手で怪我を庇って「別に」なんて軽く返しても宍戸にはバレてしまっているようで。右手を捕まれて左手を露わにされる。ドンドン浸食していく赤い線は端から斜めに道を作り、俺の肌の上から今にも逃げ出そうと指の腹へ溜まっていた。


「お前これ、」
「あはは、クリアファイルで切ったっぽい。」


プリントや紙ではこんな深く切れないだろう。
笑って誤魔化したのに、宍戸は眉間に深く皺を寄せて今にも怒鳴ってきそうだ。心配性な奴、こうやって誤魔化すのは一番嫌うのを知っていたけれど咄嗟に出てしまったんだ仕方ないだろ。
こんな事している間にも小指はそこに新しい心臓でも作ったかのようにドクドクと脈打っているような、そんな錯覚を感じた。

もうすぐ英語の授業が始まってしまうだろう、でもこの小指の怪我ではノートをとる時も教科書を捲る時も赤い痕を残してしまう事など分かり切った事。
やれやれと面倒だけど保健室へ行く方が良い様だ。なにより、目の前の男が許してくれないだろうに。


「宍戸、俺ちょっと保健室行ってくるから先生に言っといて。」
「俺もついていく。」
「え?」


なんで?と聞くよりも先に左の手首を掴んだ宍戸は立ち上がって「行くぞ」と俺に催促する。まぁ宍戸も少しサボりたいのかもしれない、なんて宍戸には似合わない理由で納得しておいた。

しょうがないと立ち上がった時に少しだけ腕が揺れた。そんな些細な振動で、指の腹にたまっていた血がポタリと逃げた。ヤバい、と思った時には宍戸が左手小指の付け根で逃げた血を捕まえてくれていた。


「あぶね。」
「宍戸…」


床や制服に着くのは困ると思っていただけに、ナイスキャッチと褒めるべきなのか、それともバカと怒るべきなのか。
俺がどちらにしようか悩んでいるのに宍戸はお構いなしと歩き出す。自然と引っ張っれる形で俺の足も宍戸の歩いた後を真似するように歩く。

扉を出て、なんとも良いタイミングで英語の先生が少し先から歩いてくるのが見えた。「すいません、天城が怪我したんで保健室につれてきます」と少し俺の左手を先生に見せつけ頭を下げる宍戸に、なんか違くね?と言いたくなる。
「それは大変」と言って先生は頷いて俺達が授業に遅れる事を許してくれた、もう一度頭を下げた宍戸を真似して俺も頭を下げて先生が教室の扉をくぐった、のを見送って保健室へ歩き出した。

階段を下りている最中も左の手首を掴む宍戸の右手、また逃げてしまう血を受け止めてしまう宍戸の左手。
そこまでしなくたって平気だけど、と思い一応言っておくことにした。


「別に1人でも平気だけど。」
「いいんだよ。」
「なんで。」
「サボれるから。」


らしくないね。そう言えば「うるせぇ。」とかえってくるから少し笑ってしまった。

1階の保健室の前に来るまでの間、流石に授業が始まったからか生徒とか先生とかとは一切すれ違わず。誰にも会わずに此処まで来た俺達は、保健室の扉を開いてガックリした。


「いないな…。」
「あぁ…。」


いつも保健の先生が座っているはずの席は空っぽ、何処かへ行ってしまった様で。
でも消毒とか絆創膏とか分かるから、俺達は俺達で何とかしようと保健室へ入って扉を閉めた。

まず宍戸がティッシュで指の傷から流れてきた血を拭ってくれた。「痛くないか?」と優しく聞いてくる。全然痛くない、本当に優しく拭ってくれているから痛いって言う方が可笑しいと思う。
ある程度綺麗になった所で消毒液をティッシュに染み込ませる宍戸の手に、俺の指から逃げた血がまだついている事に気付いた。


「宍戸。」
「なんだよ。」
「手、汚れてる。」


そう言った俺の言葉を無視して、俺の傷口に当てられる消毒液の冷たさ。じくりと染みる痛みに顔を歪めてしまったがしょうがない。
それを思いやってくれているのか、血を拭うとき同様とても優しい撫でるような力加減で傷口を消毒された後、大きめの絆創膏をぐるりと巻いてどこまでも優しい宍戸式治療は終わった。
綺麗に巻かれた絆創膏を色んな角度から眺めて、後片付けをする宍戸に礼を言う。


「ありがと。」
「こんなの礼言われるほどじゃねーよ。」


照れているのか髪をガシガシと混ぜたその手は、左手で。
嫌でも思い出すのは自分から逃げ落ちていった血を捕まえてくれていた事。今もまだ汚れているままだろう。
それを忘れたように髪を混ぜているから、


「宍戸、」
「あ?」
「手、汚れてるよ。」


しつこいけれど一応もう一回言っておく。宍戸に限って忘れないと思うけれど一応、な。「あぁ」と小さく返事して汚れている掌を2人で眺める。まるで宍戸に怪我が移ってしまったみたいで可笑しくって笑ってしまって。いきなり笑いだす俺は、そりゃ宍戸からしたら気持ち悪い事この上ないだろうけれど。


「なんだよ…」
「へへ、宍戸。絆創膏はってやろうか?」
「は?」
「怪我してるみたいだから。」


ティッシュを取り出して絆創膏をヒラヒラさせれば、宍戸はプッと笑いを零しながら俺に左手を差し出した。





小指をおって





「できた。」
「激ダサだな…。」
「そう?お揃いじゃん。」
「…慎」
「ん?」
「ありがとよ。」


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名前呼ぶのは最後だけっていう、ゴメンナサイ。
宍戸はそっけない優しいイケメンですよね
でもテニスとか大好きな人とかには
大事すぎるからこそ、ちょっと強引であってほしいです。
てか、まじクリアファイルは怖い。

2013,04,18

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