ouverture



駅の中は人で溢れかえっていた。
何処を見ても人しかいないし、聞こえてくる音も人によって奏でられるもの。足音に話声に駅員さんのアナウンス、あとは荷物を置く音とかそういうのばかり。

それらに囲まれながらぼんやりとする俺は、何もしないで自分の大きな荷物を床に置いて自分が乗る新幹線を待つ。まだ来ないしホームに入れるようになるのはもう少し先。
こういうとき、本を読んだり音楽を聴いたりゲームをしたりして時間をつぶせばいいのだろうけれど、生憎何一つ持ち合わせていない。
唯一ポケットに入れている携帯は電池が残りわずかを通り越えて、先ほど「充電してください」とメッセージを表示して静かになった。


(それもこれも、)


長い電話をしてしまったからなんだけど。

俺は3日ほど前から東京に遊びに来ていた。今日は大阪へ帰る日なのだけど、東京で遊んだ氷帝のテニス部レギュラーやその他の友人達には今日帰るなんて言っていなかった。
なんでかというとその理由は簡単、寂しいから。見送りに来てほしくなんかないから。また会えるのに大げさに落ち込まれたり手を振られたりされると、なんだか大阪へ帰ってはいけないような気分になる。

けど、それに気付いたのが1人いたわけだ。
ソイツが電話してきてやれ何分の新幹線だとか何処にいるのだと聞いてきた、そのせいで俺の携帯は限界を迎えたわけですとも。

あぁ、早く時間が経てばいいのに。
ホームへ入れる時間になるまであと10分、新幹線が大阪までの道を辿りだすまではもう少し掛かるけれど…この時間が憎かった。

だって


「慎、」
「…侑士。」


ほらね。
見送りがきちゃったから。

俺を見つけるなり侑士はこちらへ駆け寄った。今の今までだって走ってきたのだろうに…額に汗かいているし息が切れているし。
どうしてコイツは俺に気付いてしまったのだろう。そしてわざわざ此処へ来てしまったのだろう…見送りに来てくれた侑士を心の中で恨んだ。

はぁ、と少し大きめに息を吐きだしながら俺の正面に立った侑士は、チラリと時計を見た。電話で何分にホームへ行くと言っていたからソレに間に合ってよかったと笑顔で俺に伝える。


「今日やって昨日言いや…素直やないなぁ。」
「またそのうち遊びに来るのに、見送りなんかいらないだろ。」


本音は全くもって違うのだけれども、と心の中で言葉をかき消す。侑士には嘘が通じた試しがないから。まぁそう思っている時点でバレているのかもしれないけれど。
駄目かもと分かっているけれど…それでも、侑士には知ってほしくなんかない。

もうすぐ時間がやってくる。いつもの生活に戻る。特別な時間が終わりを告げる。
確実に時間は先へ進む、瞬くその一秒を、何か話そうと考え込む10秒を、侑士を見れない一分を。あぁ早く時間よ進め、はやく侑士から離れたい。

これ以上一緒にいたら、


(離れたくなくなる。)


「慎。」


優しい声が、俺の考え込んだ時間を無駄にした。侑士を見上げれば何故だろう、苦しそうな顔をしていて。
その顔は俺がするべきなのに、と侑士から離れたくない俺は無意識に侑士の袖を摘まんでは言葉を待った、見ているだけなのに鼻の奥が少しだけ切なくなった。
表情はそのままに、侑士は俺が摘まんでいる方とは逆の腕を動かして、俺の髪を撫でる。指先だけでなぞるように撫でる仕草は言葉にできない想いを膨らませていく。離れたくない、一緒にいたい、それだけじゃない…この想いはそんな言葉だけじゃ表現できない。

たくさんの言葉が頭の中を回れば、俺の瞳に隠しきれないほどの涙が生まれては零れたくないと瞬きを拒む。泣きたくないよ、侑士なら分かってくれるだろ?
泣いたって変わらない、今も離れ離れになる時が近づく現実は変わらない。
だから、悔しくて悔しくて…侑士の袖をギュッと掴んだ。力いっぱい掴んだ、離さない、想いは言葉にならないから今できる事を一生懸命やってみたい。


『…分発、大阪行きのホーム入場…』


アナウンスが流れた。時間がやってきた。
結局俺は、何も言わず出来ず。今日もやってきた別れに唇を震わせながら笑い、袖から手を離した。侑士から離れるために。
床に置いていた荷物を拾いあげて肩に担ぐ。1つだけ息を吐きだして俺は上を見た、侑士がさっきよりは柔らかい表情でこちらを見ていた。ただそれだけなのに随分と楽になる。


「もう、行かなきゃ…。」
「……さよか。」


それだけ言って足を前へ一歩踏み出させれば、侑士は少し避けて改札口までの道を開ける。
だから見送りなんかいらないんだ、いつも侑士の事ばかり考えて寂しくて苦しくて悔しくなるから。だから黙って帰るのに…。一歩踏み出せば足は自然と動き出す、次へ次へとドンドン進む。改札口までそう距離はない、あっという間に俺は吸い込まれることだろう。
グチグチと頭の中で悪態をつきながら歩く俺の背を見ながら、侑士は何を思ってくれるのだろう。


「慎、」


俺はね、いつもこう思って改札口を通ろうとするよ。


「慎、待ちや…!」


侑士が隣にいてくれればって思う。

振り返れば、侑士は必死に手を伸ばしてくれた。心があまりにも喜ぶものだから笑えば涙が零れた、人だらけの駅で俺の涙など無音過ぎて誰の耳にも届かないのだろう。
ただ侑士だけ…侑士だけこの涙を聞けばいい、この音は侑士だけ知っていればいい。頬を伝い顎へ辿り着き、重力に逆らわず床へ落ちていくこの音を。
そしてこの音をかき消すのは侑士の声だけにして。

その他なんていらない。




ouverture




瞼が追いやった涙が目尻から零れていく、侑士は静かにそこを親指で拭う。
その手に自分の手を重ねる。それだけで涙がより一層溢れた。
人目も気にせず侑士は俺の涙を拭う、何度も何度も拭う。
でも俺は笑っていた。その優しい侑士に、意思とは裏腹に流れゆく涙に。


「ほんまに、ほんまに我儘言うてええ?」
「…なに?」

「帰らんで…泣いとる慎を見送れるわけないやん…。」


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タイトルはフランス語です。
意味は開始…始まりですね。
切ないお話は結構、いやかなり書きやすい。

2013,07,03

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