丸井ブン太



「食おうぜ。」
「いらない。」


たまたま両親がデートに行ってしまった休日の午後、俺は後悔した。何をって、両親に「一緒に行こう」と誘われたのを断ったことをだ。
二人の邪魔をするのは気が引けるから…と家で留守番していることを選んだ、それは間違いじゃないと思う。良くできた息子の判断じゃないだろうか。午前は掃除して洗濯物して…ほら良い息子だろ?
午後は勉強でもしておこうか…と考えていたら、来訪者が現れたのだ…そう、アイツが。


「せっかく持ってきたんだから受け取れって言ってるだろぃ!」
「頼んでないし欲しくもない。」


一応机の上に広げたノートは一行も埋められない、騒音被害にあっているので仕方ないけれど。
赤い髪の来訪者、丸井は我が物顔で俺のベッドに横になりながら袋をぶんぶん振り回した。ぷくーっと膨らませたガムが今の不満指数だとでも言うのだろうか、今までで一番の大きさを記録しております。

俺はどういうわけか、この丸井に好かれている。それも友人としてではなくだ。
小さい頃から一緒にいた丸井が俺のことを贔屓し始めたのはいつの事だったか。言えるのは一つ、誰から見ても分かるほど露骨に依怙贔屓されてきた。
昔は分からなかったけれどソレはアレだ、そういうことだ。丸井も無意識だったかもしれないが、いつでもどんな時でも俺の傍にいた。喧嘩も良くする俺たちだけどどういうわけか絶縁にはならない。


「お前、甘いもの好きだろ。自分で食えよ。」
「それじゃ意味ねーだろぃ。」


理由は簡単だ、こいつは折れないのだ。
何度も追い払ったし酷いことも言ってみたけれど、丸井は一切折れなかった。俺に対する態度は決して変えなかった。何時までも同じ。
だから俺も喧嘩を引き摺るのは無駄だと思い、一定時間立つと忘れるようにしている。

今日はなんでも良いチョコを貰ったとかどうとかで俺の元へやってきた、いい加減袋を振り回すのはやめろ。
ていうか今日はバレンタインだ、チョコを貰ったってことはソレは送り主から丸井への愛の告白なんじゃ…そんなものを俺に食えと?死ね。
本当に俺以外を見ない丸井には驚かされてばかりだ、鶏でももう少しマシな脳を持っているぞ。
そんな事を話して教えなきゃならないなんて…嫌なのだが、俺が食べなくても済むためにはそれが必要だ。


「丸井、ソレは貰ったんだろ?」
「おう。」
「ならお前が食べるべきだ、バレンタインってそういうもんだろう?」


ベッドでゴロゴロしていた丸井が真剣な話を感じ取って体を起こし、ベッドで胡坐。俺はベッドに空いたスペースに座って袋を指さす。


「送り主が丸井のためにって渡したものなんだから。」


そうだろ?って首を傾げてやると、丸井のガムがぱちんっと弾けた。
昔から甘いものが大好きで回りからいっぱいチョコを貰ってきた丸井には分からないかもしれないけれど、一つ一つに込められている思いは大きいと思う。
だからそれを誰か他の人にあげてはならない。…そんな当たり前なこと、なんで教えなきゃいけないんだろう。

ふぅ、と息を一つ吐き出す。ちょっと真剣な話をしてしまったか…少しだけ静かになってしまった空気に寒気を感じた。
何か暖かい飲み物でも持ってこようか、ベッドから足を投げ出し立ち上がろうとしたら。

むんず、シャツを掴まれた。


「…なに?」


立ち上がりかけた半端な体制のまま、俺は首だけ丸井の方へ向けた。そうしたらどうだ、膨らんで復活したガムの姿がそこにあった。
でもその大きさは小さかった、さっきのよりも3分の1程度しか膨らんでいない。瞳はジッと俺を見据えていて、袋を持っていない手は俺のシャツを掴んだまま離さない。
なんか怒らせたのかもな、そう分かっていても俺は俺の持論を変える気にはならない。正常じゃないかもしれなかったけれど、異常だとは思っていない。

むしろこの男の方が異常だろう。


「じゃ本当の事話したら、コレ受け取るんだな?」
「は?」
「嘘言った、貰ってない。買ってきたんだよぃ、女子ばっかの売り場に一人で行って、一人で選んで、一人で買った。」


少しずつ、頬を髪の色と同じ色に染めていく。
ポッと灯った熱いもの、それがどんどん燃え広がっていく。みるみる顔を赤くさせていく丸井に俺は言葉を失った。
バレンタイン時期のチョコレート売り場っていうものは女子でいっぱいだ、母親がそんなことを話していたのを思い出す。そんなところへ一人で行って、選んで、買ってきた。


「もみくちゃにされたし疲れたし…それでも慎に笑顔になってほしくて買ってきたんだろぃ。」


ギュッと、引っ張られたシャツ。まるで『褒めて』って言われているようだった。

俺は今まで丸井の気持ちに気づいていたし、分かっていて受け流してきた。だって今の関係に不満なんてなかったから。
今のままでも満足だ、喧嘩して、笑いあって、教えあって、ふざけあって。それでもいいじゃないかと思ってきたんだ…いまの、いままで。

俺に笑ってと言った丸井の悔しそうな顔が、掴まれたシャツが、胸に押し付けられた袋が、ちょっとくすぐったい。
本当の本当に馬鹿だ、そんな嘘なんていらないじゃないか。俺に怒られるだけの嘘なんてさ。


「ばーか。」


初めてかもしれない。
俺から丸井を抱きしめる、なんて。

酷い言葉のくせに俺が出したとは思えないほど優しい声、その理由は笑っているから。
いつもは押してくるくせに、いざと言うときは臆病者になるのかよ。赤い髪を梳いてやれば苦い声で甘い言葉が零された。
俺はソレに頷きながら、短い一言を返した。「知ってたよ」とだけ。






オランジェット
(芯まで甘くして)




知ってたよ、ずっとずっと。
だから改めて言わないでくれよ、どんな顔すればいいのか分からない。


「…慎、顔真っ赤になってんだろぃ。」
「丸井の方が赤いって。」
「いーや、慎の方が赤い。」


ほら、と頬と頬と合わせられれば赤みの浸食が止まらない。体中赤くなったらどうしてくれるんだ。
袋がガサガサと音を立てれば立てるほど、俺たちの熱は止まらない。チョコが溶けたらどうしようかな…と少し危惧した、けれど。


「慎、ずっと愛してる。」


今まで通りでいいじゃんって思っていた俺を溶かしにかかってくる丸井を止められないからどうしようもないよ。俺のせいじゃない、俺のせいじゃない。全てを丸井のせいにして瞳を閉じた。

もう好きなようにしてくれ、溶かすなり焼くなり食べるなり。


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一人で買い物
できるもん
(in戦場)

オランジェットは
細切りにしたオレンジピール(またはレモン)を
砂糖漬けにして
チョコを掛けたり浸したり
したものです。

アンケート第三位
丸井ブン太でした。
たくさんの投票
ありがとうございました!


2015,02,13


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