跡部景吾
「配りすぎだ。」
大きなタッパーの限界まで詰め込んだトリュフチョコを氷帝のテニス部に配ったのは一時間ほど前のこと。
「配りすぎって…成長期の男子があんだけいるんだから普通だろ。」
何個作ったかなんて覚えていないけれど、ざっと50個はあったと思う。それでも皆が手を伸ばせばあっという間に無くなった。
久々に会えた氷帝メンバーに差し入れしたチョコ、まぁ時期が時期だし『いつもお世話になっています』という思いを込めた所謂友チョコだったわけで。
しかし王様は気に入らないらしい。
「俺様以外に渡すチョコなんざ手作りじゃなくていいだろ。」
「買ったらお金がかかるんだよ。」
「あーん?」
王様は自分にだけ手作りを渡せと言っているのだ。
あっという間に無くなったトリュフチョコにご立腹の跡部は「なんで俺様にだけ渡さないんだ」と俺に抗議。そのあと部活解散となったあと俺に王様直々に説教をして下さっている…それが今この時。
きっとお迎えの車を待たせているんだろうに、部員でもない俺を捕まえ部室でくどくど文句を言い続ける。
「なら渡さなきゃいいだろ。」
平民と富豪の金銭感覚の違いは、これまでの付き合いで教え込んでいるので俺のお金がかかる発言には深く突っ込んでこないものの…次は根本的な部分をついてくる。
跡部は不快そうに整っている顔を歪め問い詰めてくる、そんな顔まで格好良いというのはどういうことなのだろう。不公平を感じる。
俺も顔を歪め跡部の質問に答えるけれど、跡部ほど威圧感も格好良さも及ばないのだろう。
「あのさ…皆にはお世話になっているからっていう意味の友チョコとして渡したわけで…。」
「その友チョコって言葉で片付けるのが気に入らねぇ。」
「…じゃ義理チョコで。」
今では一般的な言葉になっているはずなんだけどな…と心の中で愚痴りながら良い直せば、「そう言えばいいだろ」と納得したのか若干眉間のしわを無くして…はぁよく分からない。
「義理なら別に構わねぇ。」
「そうですか…。」
跡部の中では『義理チョコ<友チョコ』らしい。いや大した違いはないけど。
しかしその辺突っ込むとさらにややこしくなるのでもう完全スルー。後はそのまま機嫌を直していただければ幸いです。
跡部が不機嫌なわけ、俺が手作りの友チョコを大盤振る舞いしたことの他にもう1つある。それは凄く分かるけど小学生並にアホらしい。
「で?俺様はその慎が作ったチョコを二粒しか食えなかったわけだ。」
俺のせいじゃない、全てはジローと岳人と侑士のせいだろ。
あの三人が尋常じゃない速さで食っていたせいだから、その文句はソッチに言ってくれないかね?…そんなこと言えたら苦労はしない。無理なんですけどね、はい。
多分そう言えば「個別に用意してないお前が悪い」ってなるんだよ。そのパターン知ってるし。
そろそろこの無意味なやり取りを終えたい、何も生み出さないし何も得られないし。
「跡部、もうこんな話やめない?」
「あーん?」
「済んだ話しなんだからさ…もう忘れなよ…。」
もう日は落ち切ってしまって窓に映るのは暗闇。いくら跡部の家に泊まることになっているとしてもこんな時間まで学校に残るなんてちょっと悪い事をしている気分。だいたい王様がそんな小さいことを何時までも責め立ててくるって格好悪くね?
そう提案する俺の言葉に、また眉間のしわを復活させたものの窓の外へ視線を向ければ跡部も流石に時間をかけ過ぎたかと小さく舌打ちを零す。
とりあえず此処から離れた方が良いだろう、言葉にしないで持ってきていた鞄を持ち机の上に置いていたココアパウダーまみれのタッパーを持ちあげる。見事と言うほかないほど、ココアパウダーしかない。
あとは王様の笑顔を家に連れていくのが、俺の役目となるのだろう。
自分の荷物を持ちあげ部室の鍵を探すその背に、声をかけた。
「…跡部。」
タッパーを鞄の中へしまう、それと入れ替わりに透明な袋に詰め込んだ生チョコを取り出す。出来れば出したくなかったんだけど…と自分の家でコイツを鞄の中へしまっている時の気持ちを思い出しては恥ずかしくなる。
トリュフチョコに比べてコイツは見てくれが凄く悪くなってしまったのだ、しかもちょっと潰れてさらに見た目は最悪。それでもきっと、コイツにしか出来ない事があるのだからしょうがない。
青いリボンを巻いたソイツを、コッチを振り向いた跡部に差し出せば数秒間だけ時がとまる。
俺達が息する音と時計の音、それだけが響く部室はいつもより広く感じた。跡部の指先が透明な袋へ触れるまでが遠い。眠ってしまいそうなほど長くて遠くて…待ち遠しい。
だからその間を埋めるため、吐き出した言葉は
「義理はたくさんだけど、本命は1つだから。」
俺の本音で、跡部が求める言葉。
ほらほら王様、俺が好きな笑顔で俺を抱きしめて。
kingが求めた宝物
見た目いまいちだけど、味だけなら上々。
そんな生チョコを家に帰るまで手に持ち続けた跡部は、帰るなり俺を部屋に連れ込んで目の前で開封。そして手が汚れるのもお構いなしに1つ摘まみあげパクリと口へ運んでは、ポロリ一言零した。
「慎、愛してる。」
「え、どこをどうしたらその言葉が出てくるんだよ。」
「普通に美味いじゃねーか。」
「そっちが先じゃね?」
「俺様が言う言葉に不満があるのか?あーん?」
「えぇー…もうどうでも良いよ。」
跡部が笑ってくれるなら、もう細かい事は何も気にしない。
だって俺も跡部の事を愛しているから。
跡部が俺の目の前で柔らかく笑う、いつもの周りを魅了する氷の王様の笑顔じゃなくて無邪気に喜び笑ってくれる。だから俺も一緒に笑う、その笑顔をもっと見たくて。
「まぁ見た目からは期待してなかったけどな。」
「……チョコ返せ今すぐ返せ。」
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あみだくじ選出
跡部さまでした。
私はべっさまに納税
しなきゃいけないレベルまで
あと少し。
2014,02,13
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