謙也とクリスマス



本日12月25日、時刻午後7時、場所大阪府某市内のさびれた歩道橋階段前。


「はよ行くで!」
「階段昇るのめんどい…。」


見上げたその先には何十段あるのか分からない階段に昇る気になれない俺と、そんな俺の腕を引き昇る気満々の謙也。
天気予報のお姉さんが「ホワイトクリスマスとはなりませんが翌日26日には雪が降ります」なんていっていたのを思い出す。その前の夜とあり空気がピンと張りつめられているかのように寒さが露出している肌に触れれば痛みに似た痺れを感じた。

こういう日は黙って家に居るべきなんじゃないだろうか。ソレが俺の意見ではあるのだが、ちょっと待てと意見してきたのは隣にいるぶっちゃけ恋人だ。
謙也に誘われたんだし少しならいいか、なんてOKした俺は知らなかった…こんな階段が待ちうけているなんて。


「ほら慎、昇るで!」
「テニス部のお前と帰宅部の俺の体力の差を舐めるなよ。」
「たいしたことないやろ?」


たいした事あるっての。
颯爽と階段を昇りだす謙也の背中を5段ほど下から見ながら、ゆっくりと一歩一歩昇る。アホらしい、なんで俺がこんなことで体力を使わなきゃいけないんだろうか。
寒いし疲れるしで文句だらけの俺に謙也は立ち止まり手招き、しかし答えは決まっている、無理。


「誰か居ったら困るやんけ!」
「むしろ居ればいいのに。」
「アホ!」


なんでも歩道橋の上からは街が駅前が見渡せて、クリスマスの今日は盛大なイルミネーションがされているだとか。
去年、謙也は歩道橋からの景色を知ったという。その景色の美しさを今年のクリスマス前に思いだし去年はそういう関係じゃなかった俺を誘い出したというわけ。
ゆっくりと昇っているといっても、歩は確実に上へ上へ。運動が苦手な俺は、ぜぇ、と白い息を吐き出しては冷たい空気を吸い込んで。ゴールを見上げれば謙也が遅いと言いたげにこちらへわざわざ降りてきていた。


「誰も居らんかったで。」
「…あそ。」


隣に並びスタート地点の時のように腕を引かれる。本当にせっかち、俺には俺のペースがあるんだよ…まぁそんなこと言ったらどうなるのか分かっているから口にはしない。


(せっかくのクリスマス、か。)

『せっかくのクリスマスやんけ!ごっつ景色ええ所知っとんねん!行かな損っちゅー話しやで!』


俺にとってはいつも通りの日常なのに、謙也によって特別に変わっていく。嫌ではなく慣れていない…いや、永遠に慣れそうにないから嫌々みたいな俺の態度。
違うんだ幸せなんだ、なんて素直に言えればどんなに喜んでもらえるのだろうか。

引かれる腕のせいで少し早くなったペースで最後の数段を昇りきれば、まずははーっと大きな白い息を作り上げた。整わない息に合わせてか火照る体にマフラーを緩めれば、謙也もマフラーを外していた。変な所で揃ったリズムに余計に火照ってしまいそうだ。

お互いの身なりを落ちつかせたなら…と、謙也は今度は俺の手を引いて歩道橋を歩く。謙也曰くベストスポットがあるらしいけど、もうすでにチラチラと鮮やかな光りが見える。


「コッチやコッチ!」
「疲れたから走れないって。」


もう急がなくていいのに。また走りだしそうな謙也の手を、好きにさせてなるものかと引っ張った。軟弱とでも言えば良いさ。

しかし、見えてくる駅前のイルミネーションは近づけば近づくほど光りの眩しさがハッキリとしてくる。暗闇を照らすためじゃない光りは何の力があるんだろうかと去年は無駄だなんて某友人並に思っていたが、今日からは変わりそうだ。
赤や緑や青や白…様々な光りが謙也の瞳にうつりこめば、暗闇の中に星を浮かべる宇宙のようだった。
勿論イルミネーション自体も綺麗だ。けれどその光りを受ける恋人ほど、輝く者はないと思えて…そこまで考えたら恥ずかしくなった。どんだけ好きなんだよ、馬鹿だ。


「なっ、綺麗やろ?」
「まぁね、寒いけど。」


口では少しひねくれた言葉だけれども、本当に綺麗だと思っている。だから身を乗り出して見てみようと鉄の手すりに手を掛けた、のだが。今日の低い温度のせいで流石というか想像以上に手すりが冷たくて諦めた、ら。
謙也の手が俺の手の下へ滑り込んできて「乗せてええで」とらしくもなく格好つけられて。

どうしてくれよう、この恋人。


「…乗っけるよ。」


ただその前に、俺はポケットへ手を突っ込む。手袋は持ってくるの忘れたけれど、大事なものは持ってきた。素直に渡すのはどこか照れくさくて、何回も悩んだソレの渡し方。いま思いついた。
ただそれで良いのかと恥ずかしさで戸惑う俺がしばらく遠慮してしまえば、待ちきれなくなったらしく駅の方を向き始めた謙也。だがコッチを見ていないのなら…その手の甲へクリスマスのシールが貼られている紙袋を乗せる、その前に、


「つめたっ!」
「あ。雪降ってきたんじゃね?」
「え、雪かいな!」


お先に、と落ちてきた雪を皮切りに空からチラリチラリと呑気に落ちてくる。天気予報通りにはならなかった雪は特別だぞと言ってくれているようだった。
ホワイトクリスマスなんていう言葉は誰のためにあるのだろうか、雪に夢を見るのは誰なのだろうか、それもまた去年の俺の考え。


「慎、その紙袋…。」
「……やるよ。」


覆されてしまえ俺の考え。
もう謙也なんか見てらんなくて紙袋を抱きしめ、謙也の腕の中へ雪を付けた俺ごと飛び込んだ。視界の端で煌めくイルミネーションの光りを受け白ではなくなる雪を恨み、そして尊敬しつつ閉じられた腕の檻に瞳を閉じた。




蛍雪




駅の方から幸せそうな笑い声。この雪に喜ぶのは俺達だけじゃない、イルミネーションも俺達だけのためじゃない。それを言えばクリスマスだって、俺達から見て特別なんじゃない。世界の全ての人にとって幸せであれと願う綺麗な日なのだろう。


「慎、慎。」
「なんだよ。」
「あかん、これはあかんやろ。」
「…理想通りになりすぎた?」
「おん。」


それがサンタさんからのプレゼントなんじゃね?そう言えば笑われたから笑いかえしてやった。
理想通りに文句をつけるなということほど理不尽なことはないだろう、理想通りならばただ素直に喜び受け入れればいい。きっとそれは世界で一番幸せなことなのだから。


「それともう一個、理想があるんやけど…。」
「ふーん、じゃ聞かないでおく。」
「なんでやねんっ!!」


謙也が幸せなら、俺も幸せだ。


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雪がないクリスマスは
経験がないので
どれほど感動的なものなのだろうかと
ワクワクしながら書いてみました。

紙袋の中身は
ご自由にお考えください!

黒糖さま、いかがでしょうか?
謙也がヘタレでは無くなっておりますが…(笑)
何かありましたら言ってください!喜んで直しますので!

リクエスト本当にありがとうございました!


2013,12,02


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