ねぇねぇ。



「長太郎、早くご飯食べないと遅刻するわよ。何時まで宿題していたの?」
「ふぁ…1時位だったっけ…。」


もう!って怒るお母さんの言葉に、いつもならすぐ「ゴメンナサイ」と謝るけれど今日はどうにも眠たいらしい。いつもの綺麗なぱっちり二重を今はとろりと眠たげに伏せた顔のまま、心此処にあらずと箸を手にしご飯を食べ始める。
そんな反応の息子に「長太郎!」と声を荒げたお母さんに、流石のお父さんも苦笑いで息子に声をかける。


「長太郎、無理はするんじゃないぞ。」


お父さんの優しい言葉にコクリと小さく頷きながら、ご飯を食べ進める長太郎。やれやれと肩をすくめたお父さんにお母さん。今日は先に学校へ行っちゃったお姉さんに、お庭で花に水をやるおばあさん。
そんな鳳家の朝の時間は長太郎が寝不足という事があっても、ゆっくりとなだらかに流れていく。

お母さんが長太郎の鞄の中にテニスウェアをしまいながらテレビでやっている天気予報を見ては嬉しそうに笑う。今日は晴れなんだって分かる笑顔にコッチまで嬉しくなる。
ご飯を食べ終わったお父さんが新聞を読みだす。今日はどんな難しい事を自分の知識にしていくのだろう。


「ごちそうさま。」


きちんと両手を合わせ小さく頭を下げた長太郎が壁掛け時計をチラリと見て「うわ」と驚きの声を漏らす。慌てて食器をシンクへ起きに小走りしてはそのままリビングを素通りして洗面台の方へ向かって行く。
しっかりしているようで、何処か抜けている。そんな体格だけは大人顔負けの息子にお母さんは溜め息を吐き…俺の方を見て「あらやだ」そう言ってほほ笑んでくれる。


「お兄ちゃん、今日は遊んでくれないみたいね。」


俺の今の気分が顔に出ていたんだ、お母さんは困ったように眉を寄せるけれど微笑んだまま。
いつもならこの朝の時間、長太郎はご飯も食べ終わっているし歯磨きだって済ませているし鞄の中に宿題やテニスウェアが入っているかチェックも済ませている。
そして余った時間は俺と遊んでくれるんだけど、今日はそんな余裕ない。いつもの時間に起きてこなかったから起こしに行こうか悩んだんだけど…俺もまた眠気に負けた。そのせいで今日は暇になっている。ちょっと後悔。

慌ただしい足音が洗面台の方から聞こえてくれば、自然と意識はソッチに行ってしまう。今日は無理だと分かっていながらも何処か期待する自分に呆れてしまう。
リビングへ入ってきた長太郎の顔は、さっきよりも瞳はパチリと開いているし背筋もピシッと伸びている。あぁやっと目が覚めたんだ。
長太郎がやっと目を覚ましてくれた、嬉しい。けど、俺は怒っているんだ。
だって昨日は練習で帰ってくるのも遅かったし、眠るときだって部屋の扉を締めきって寝てしまったし、今日だってまだ一度もコッチを見てくれない。

長太郎、長太郎。
俺はすっごく怒っているよ、絶対に許さないんだからな。


「慎。」


例え目と目が合っても、名前を呼ばれても、俺の方へ寄ってきても、優しい笑顔でも、許してやんないぞ。


「今日はごめんね、帰ってきたらたくさん遊ぼう?」


嬉しい誘いも頭を撫でてくれる大きな手も制服が毛だらけになってもいいと抱きしめてくれても…俺の決心は揺るがないんだからな。
でも決して拒否はしない、暴れもしないし怒りもしない。だってもう長太郎は学校へ行く時間だから。そんなことしたら優しい長太郎のことだから「どうしたの?」って俺から離れてくれなくなる。
それくらいの知識はあるよ、だって長太郎の事が好きだから。何をしたら喜んでもらえるのかなとかちゃんと分かっているよ。

お母さんが鞄を長太郎へ持たせて、代わりに俺を受け取る。長太郎の腕よりも細くて柔らかな腕に抱かれながら長太郎を見る。長太郎は「じゃ、夕方まで良い子でいてね」と言って俺の額に唇を寄せた。
そして時計をちらっと見て今更焦ったのか、早足で玄関まで行く。リビングを出る前に新聞を読んでいるお父さんに「行ってきます」と律義に手を振る。
お母さんは慌てふためいている息子の後を追い、玄関まで俺を抱いたまま向かう。重たくない?無理はしなくていいのに。

わたわたとしながら靴を履いて鞄を肩にかけ、扉の鍵を開けつつ此方を振り返った長太郎はいつものキラキラしている笑顔にちゃんとなっていた。
もう眠たくないの?そう、なら良かった。でも長太郎、俺はまだ怒っているんだからね。


「じゃ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。ほら、慎もいってらっしゃいって。」


でもね。


「にゃぁ。」


どんなに怒っていても、いってらっしゃいくらいは言ってあげる。
いってらっしゃい、必ず帰ってきてね。




ねぇねぇ。




俺が人間だったらこの思いを伝えるのは簡単だけど、きっと言わないと思うんだ。だって恥ずかしいじゃないか。長太郎は俺の言う事が分からないままでいてほしい。分かったら恥ずかしくて一緒に居られなくなっちゃう…そんな気がする。

長太郎。
ねぇねぇ長太郎?
帰ってきたらその腕で抱き上げて、大きな掌で頭を喉元を撫でて、お鼻の先にキスをして、膝の上で眠らせて、お布団の中にもぐりこませて。
こんなこと、猫の俺とじゃないとできない…そうでしょ?


「ただいまー!」


おかえり、長太郎。


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ほのぼのな感じで。
猫主でした。


2014,05,16


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