居眠り王子を起こすのは



-芥川次郎-


「ジロー、跡部が呼んでるよ。」
「んー…あと…五分だけ…」
「それ五分前も言ってたじゃん。」


そよそよと流れる風はジローの癖っ毛を優しく揺らし、大きな日陰を作る木は夏だというのに涼しい世界を作ってくれている。
本当に眠る場所を探すのが上手いな、と毎度毎度感心するよ。こうやって跡部に呼ばれるたびに昼寝していた場所は塞がれているというのに、次から次へと新しい昼寝場所を見つけて眠る。

猫は涼しい場所を知っている。
どんなに暑い夏でも一番涼しい場所を見つけ出しては呑気に眠る、冬もまた暖かい場所を見つけ出して呑気に眠るのだ。


(そうか…ジローって猫なのか。)


こんな所で寝ていたのか、と猫に問いかければ「なに?」と眠気眼でこちらを見ては欠伸をしてまた眠る。
ジローも俺の声に「なに…」と片目だけ薄ら開けて見て「あと五分…」そう言っては眠る。どちらも同じ行動をしているなって思うと面白いというか、なんというか。

近い場所で蝉がジリジリ鳴いている、五月蠅からどっか行けと思う反面ジローの目覚まし時計代わりに捕まえてやろうかなとも思う。耳元で鳴いてくれないかなって。

でも、きっと現実でジローの元へ蝉が飛んできたら、


(絶対、追い払っちゃうよ。)


猫のように自由気ままに。そして幸せそうに夢の世界へお出かけ中のジローを見守る幸せっていったら、言葉にならないくらいなんだ。
ジローの事だから寝顔を見せるなんて俺以外の人にでもしてしまうんだろうけれど、それでも俺は幸せな気持ちになる。今だけ、俺にだけ許された事だと思い込んで勝手に優越感に浸っては、同じ世界へ行きたくなる。

芝生の上に体を投げた、ジローから少し離れた所で。両手両足を伸ばしてもジローには届かない。俺にとってジローはそういう奴。近くにいて遠くにいる、曖昧な距離に今日も満足して、瞳を閉じて。

跡部に何て言われるのかな、なんて少し心配になってしまったけれどどうでも良くなってみたり。今日はそういう日なんだよ、って言い訳しよう。


「…あれ…」


ジローが寝返りをうち草とジャージが擦れる音と、眠たげなハッキリしない声が聞こえた。いつもならこの辺で無理矢理起こして連れて行くから変だと思い起きた様だ、それなら俺も起きなきゃ。
瞼を持ち上げ上体を起こせば、ぼんやり目をごしごしと擦りながら俺がいる方とは反対の方を見て首を傾げている姿があった。


「ジロー、起きるの?」


探してくれている。嬉しい思いを押しやってこっちだよ、と呼びかければ、くるりとこちらへ向けられる顔。まだ半分くらいしか開いていない瞳が俺を捕えれば、瞳を優しく閉じながら笑う。
見慣れた笑顔も二人きりだと心臓が張り切りだす、やめて、爆発しそうだから心臓落ちついて、頑張らないで。


「あぁ…そっちか…俺、置いて行かれたかと思ったC…」
「置いていくわけないだろ。」
「寝るなら、一緒に寝よ。」


のそのそと俺の方へ寄ってきて、ガバリ、覆いかぶさるようにいきなり抱きつかれた。
え?と声を出す暇もなく俺はジローに押し倒される形で再び芝生へ倒れ込んだ、首に巻きつくジローの腕に苦しさを覚えながら、俺の胸を枕にするジローの頭を覗き込む。つむじしか見えなかったが、俺が見ていることに気づいてかジローは顔をこちらへ向けた。
さっきまで開き切っていなかった瞳がしっかりと開き切って俺を見ていた、現状を把握できない俺を楽しいでいるのか覚醒しきった笑顔で体を起こし顔が見えなくなるほどジローは傍へやってきた。
頬と頬が触れ合い熱を奪われ奪って、心臓が今までで一番の速度で機能するこの距離から逃げられない。ジローは唇が耳たぶに触れているのもお構い無いに、優しくそして甘く囁いた。


「ね、2人で寝よ?Eでしょ?」
「…っ、な、」


「ジローにはまだ早ぇよ。」


視界がグルリ、回った。
ジローの下で寝転がっていたのに、いきなり立ち上がってジローを見下ろしている…襟首を誰かに掴まれているのだ、そして引き上げられたんだと気付いた時にはその声がその場を支配していた。
いまだ掴まれっぱなしの襟首が息苦しいなか、俺は背後にいる王様を見た。


「あ、とべ…。」
「お前ら、サボりとは良い度胸じゃねーの?」


そして見たことを後悔した…メッチャ怒ってる。見るのも怖すぎたので顔を前へ向ければ、自然とジローが視界に入って。
見ればジローは、頬を膨らませながら跡部を睨んでいた。
その瞳は

『邪魔するなC〜』

そう言っていて、さっきまでのジローとの距離を思い出して俺は耳も含めた顔中が熱くなって辛くなってしまった。

猫は気まぐれ、何を思っているのか分からないって言うけれど。

まさにその通りだと、思い知った。




居眠り王子を起こすのは




「もー…せっかく良い雰囲気だったのに…悲C〜…。」
「あーん?これからは俺様が直々に起こしてやってもいいんだぜ?」
「ソレだけは嫌だC〜!!跡部が来たら俺逃げるから!!」
「…おいジロー、お前その言葉覚えとけよ。」
(あ、次は跡部が起こしに行くんだな…。)

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八月拍手にと書いたけど、
似たような話を前にも書いたのを
思い出したので。

2013,07,23


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