狩りしましょ 2



鈍い音だった。

ゴリッと鎧と肋骨がぶつかる音、地面に叩きつけられ全身を打つ音、そして


「慎っ!!こんのなに調子こいてんねん!」


俺が吹き飛ばされたことに怒ったらしい謙也のスラッシュアックスが、形状をソードへ変え刃をイビルジョーの太く筋肉質な足へ突き刺す音。
一度に俺の耳へ飛んできた音に意識を奪われて、何が起きたのかと現状を今すぐに理解して行動することができずに俺はぼんやり倒れたまま空を仰いだ。
このまま、俺が起き上がる前に全てが終わればいいのに…。

なんて思っていても、そうはいかないぞと少し離れた所からイビルジョーの森を揺るがす大きな咆哮が耳を劈いた。
その次に地面を揺るがすイビルジョーの足踏み。どうやら怒り狂ってしまったらしい、気合入れの足踏みを揺れで感じ上半身を起こせば、


「っ…て…。」


胸、正確には鎧とこすれあった肋骨が…そして背中一面が鈍い痛みを訴えた。
動こうと力を入れれば肺にまで突き刺さるような痛みに、体は力を入れるのを拒否する。そこを何とかと足だけに無茶させて立ち上がろうとする俺へ向かって、ガシャガシャと鎧がこすれ合う音がやってくる。
それは右の方からやってきているようだ、と顔をそちらへ向けてみる。


「慎先輩、」
「…ひかる…」
「めっちゃ吹き飛ばされとったから…立てます?」


光、さっきまで俺とはイビルジョーを挟んで反対方向にいたのに、わざわざ来てくれたようだ。

心配させたくなくて弓を杖の代わりに地面へ突き立てながら、なんとか立ち上がろうと体に鞭を入れた。が、途端ズキリという音では表現しきれない痛みが肋骨から肺、背骨と横一直線に突きぬける。
鋭利な刃物を突き立てられたような、そしてそのまま捻られた様な痛みに奥歯を噛みしめた、このままじゃ倒れそうだ、何とか足だけでも力を入れて踏ん張り本当にゆらゆらと揺れるように立ち上がる。はぁはぁと切れる息に嫌気がさす、息するのも辛い、あぁもう全身痛い。

しかし俺のその考えは、目の前の光景によって止まった。

イビルジョー、そう俺はイビルジョーを皆と狩りに来ているのだ。
だから離れているとはいえ、イビルジョーに狙われてもおかしくないし攻撃を受けたっておかしくない。
イビルジョーの宝石の様な金色の瞳が俺を見つめていた。

あ、見られた。気付いた時には俺の何倍もある体をこちらへ向け始めていて。


「チッ…慎先輩コッチ!」
「い、いたいいたい!!すっごく痛い!!」


狙いがこちらへ定められた、まともに動く事が出来ない俺を光が勢いよく担ぎあげた。俺の体重なんて光と同じくらいだし鎧着ているからとても重いだろうに、これこそ火事場の馬鹿力とそのまま走りだした。
光には悪いけれど担ぎあげられている間ずっと体が痛み続ける、ギリリと締めあげられるような嫌な痛みに光の肩を掴む左手に力を込めてしまった。

下ろせとは言いたいが言えない、こうも苦しんでいる間にもイビルジョーはこちらへと足を踏み出しているのだから。
でもこのままじゃきっと逃げられない、下手すれば2人そろってやられる。それだけは嫌だ。


「ひか、」
「何も喋らんでええから!」
「え」

「おいてけとか下らんこと言ったら殴ったる!!」


いつもの言葉づかいより砕けた言葉で俺に言うその声は、顔を見ずとも分かる…この状態にヤバいと焦っている。俺の口は閉じるしかない。
不吉な地響きを光の肩越しに感じる、イビルジョーの足が地面を踏みしめるたびに鈍く響くもの。謙也がこちらへ向かって何かを叫んでいるけれど俺の方まで届かない。
いまだイビルジョーの視線は俺達に降り注いだまま、攻撃の1つでもしないと気が済まないらしい憤怒に満ちた顔を見るたびに汗が一筋流れ落ちる。

どうしよう、このままじゃ…。

光の肩を掴む左手とは反対の手に、自分が愛用している先ほど杖代わりにしていた弓が握られていることにようやっと気付く辺り、俺はやっぱり新米なのだと思う。
もう何処が痛いのかも分からない中、腰から下げている矢筒に手を伸ばして2本矢を取り出す。一本は唇で咥えて、もう一本は弓に当て弦を引き上げる。ギリリと弦を引き上げるその動作すら自分の寿命を削っている気がした。でもそれでも、俺は決めた。

当ててやる。

痛みに叫びそうな所を矢を噛みしめ声を殺す。どうせ死ぬなら俺はお前を殺して死んでやる。
いつもなら余裕で引ける弦を、今は命を掛けて引き切る。震える腕で狙いを定める、迫りくるイビルジョーが大きく吼えた。空気がピリピリと震えるのを肌で感じた。
吠えながら傷だらけの顔を横へ向け、金色の恐ろしい左瞳をこちらへ向けた。

今しかない、そう思った瞬間腕の震えが止まっていた。本当に今しかないと弦を引き続けていた右手を離し矢をイビルジョー向け放つ。
どこでもいいとにかく当たれ、そう祈り続けながら矢を見守ったその一秒程度の時間、一切の音は俺の耳へ届かなくなってしまうほどその行き先を見つめた。

矢の行方を見送り切った途端、耳を劈くイビルジョーの悲痛な咆哮。

今までで一番の咆哮に光は足を止めてイビルジョーの方へ振り返る。幾つもの死線を越えてきただろうイビルジョーの瞳、俺達から見て右目には俺が放った矢が突き刺さっていた。


「…先輩やりますやん。コレで逃げれますわ。」


そう言うと光は俺を下ろしたが、歩くのも辛い俺の肩を担いで歩く。
でもまだ狩り終わっていない…そう思いながら後ろを振り返ればそこには村一番と言われる所以を見せつけられた。

謙也がイビルジョーの足元を崩し倒れきった所を、蔵が軽い身のこなしでその体へ昇りとどめだとランスを巨大な体の喉元へ突き刺した。痛みに暴れる体から下りては軽く笑ってはもう一度その体へランスを全て埋め込む勢いで突き立てる。
飛び散るイビルジョーの血、深緑の皮膚を切り裂かれ溢れた血が蔵の着ている袴を身につけている笠を、そして蔵の頬を汚した。
ゆっくりと、ゆっくりとイビルジョーは一鳴きしてその体に入れていた力を全て抜いていく。俺が放った矢が刺さった方とは逆の瞳を、静かに下ろしてその鼓動を止めた。


「自分、強いわ。ほんまエクスタシー感じたで?」


笠を固定するための顎紐を解きながら笑い、その大きな体を愛おしそうに一撫でした。







「先輩、よう生きてましたね。」
「それは俺が言いたい…い、いってぇ!!」
「あだっ!!…慎!手当てしとる人間を殴るなっちゅー…!」


ベースキャンプ地へ戻ってきた俺達は、まぁ元気だ、俺を除いてはね。鎧を脱いで驚いたよ、体中打身だらけで至る所が紫に変色していて腫れていた。
ただでさえ肩には大きな傷跡があって綺麗ではない体は無残。痛んだ肋骨辺りは特に酷く色がついている…もしかしたら骨をやってしまったかもしれない、背中にも幾つもの紫の痣。触られると痛いのだが手当てをしなきゃいけない。即席で作った薬草の塗り薬を謙也に塗って貰うたびに思わず手が出る、すまん。


「でもあの目への一撃は良かったで?」
「まぐれ。まぐれだからもう一度は出来な痛い!!」
「せやから殴ろうとするなや!!」


殴ろうと動くと痛いのだが、その痛みを押してでも殴りたくなる。
蔵が爽やかに笑いながら体についているイビルジョーの返り血を拭いながら、俺の体をまじまじと見ては痛そうだと顔を歪めた。俺からしたらお前の返り血浴びている姿の方が嫌なんだけど。


「…これ、そう簡単には治らんやろうなぁ。」
「え、」
「まぁ一か月もあれば綺麗に治るとちゃいます?」


一カ月?冗談じゃない。こんな痛みとそんなに戦うなんて。嫌だと顔をしかめれば「ま、しゃーないすわ」と光が肩をすくめた。

しかし、やはり思う。1人で狩りに行っていたらどうなっていたのかと。
三人に一緒に来てもらってこの打撲なら、1人なら間違いなく死んでいるよ。この三人に助けられた、それが真実。
でも、今回の狩りで分かった。


「俺、もう狩りに行かない。」
「なにヘソ曲げとんねん、慎はほんま可愛えなぁ。」
「素質はあるんやで?勿体ないっちゅー話しや。」
「これからはずっと一緒に狩り行ったりますから。」

「……絶対、嫌だ!!!!」


そうとは言い切った俺はこの時思いもしなかっただろう。
この怪我が治ってすぐ、三人によって狩りへ連行される事を。そしてまたそこでもバカみたいなラッキーを起こしてしまう事を。

このスパイラルからは逃れられないのだった。


---------------

長くなりすぎて急いで終わらせた感、
お分かりいただけたでしょうか(笑)
本当はもっとイビルのシーンを増やしたかった。
謙也はちゃんと活躍しています、一応(笑)

2013,07,01
2013,07,12移動(手直し&名前機能使用)


(  Back  )


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -