ナミダドロップ



「シャーペンと消しゴムありがとな、今日一日助かったで。」
「あ、返さなくていい。白石菌でまみれているから。」
「なんやそれ。」


朝も一番、前の席に座る白石がペンケースを忘れてしまい困っていた。仲のいい忍足のところへ行けばいいのに俺にシャーペンと消しゴムを貸してくれと頼んできた。
俺のペンケースにはシャーペンが三本、消しゴムが使い終わりそうなのが一個と新しく買ったばかりのものが一個。貸しても困らないから貸してやった…もとい、やった。
授業もすべて終わり、帰り支度をしているとさすが完璧男。笑顔付きで礼を言ってきたわけ。
だけど礼儀もくそもない俺の言葉に白石が頬をひきつらせながら「洗ってこよか?」と尋ねてくるがノーサンキュー、首を横に振って拒否する。洗ったって結局白石菌にまみれているのだから。
頑なな俺に白石は首を傾げ、笑顔を消してそっと小さい声で俺に話しかけた。


「知らん間に慎の地雷踏んでもうた?」
「いや。俺がただ嫌っているだけ。」


ずっぱり言い切ってやると数秒、「うそ」と言いたげに瞳を見開いたかと思ったらプッと吹き出しがちに笑って見せた。よく見る、女子に人気なアレだ。


「えー、俺なんか嫌われるようなことしてもうたかな?」
「自覚ないならいいんじゃない?そのまま生きていけば。」
「辛辣すぎるわ、そんなん言われたら泣いてまうで?」
「泣けば?」


荷物をまとめ終え、俺はカバンを肩にかけて白石を無視して歩き出す。ソレに合わせて白石もカバンの中へ乱雑に教科書やらを詰め込み、やったシャーペンと消しゴム片手に俺の後をついてきた。
部活も終わった三年生の冬なんて、塾行くか適当に遊ぶかくらいなものだ。俺はどちらでもない、家に帰ってゲームする奴。
白石は頭良いしテニスも上手いから推薦を受けていたはず。だから焦っていないようで暇なのか俺の隣をキープしてさっきの話を無理矢理つなげて来た。傍迷惑な。


「なぁなぁ、ほんま理由とかきっかけとか何?」
「白石のことを嫌う理由?…言うわけないじゃん。」
「まさか真正面から嫌いって言われると思わんかったわー。で、理由は?」


階段を下りていく歩調も俺に合わせて、歩く速さも俺に合わせて。でも話のスピードだけは合わせてくれない。嫌々会話している俺と、喜々として会話してくる白石。すれ違う奴らが不思議そうな顔で俺たちを見る。

そういうところが嫌いって言えば引くわけでもないだろう、俺たちってあんまり話したことなかったし。じゃあ、俺がどうやって白石のことを嫌ったのかというと簡単だ…同じクラスに振り分けられた運命、白石はどんな授業でも休み時間でも目立つから。
いつの間にか目は白石を見てしまう、そう目立つから。それがすごく分かるから俺は、俺は、白石に恋したあの子を責められなかった。
格好いいもんね、頭良いもんね、運動だって完璧だもんね、なんでもそろっている白石に恋したって誰も怒らないんだ。むしろあの子に恋した俺が、間違いなんだ。


「…マジ、嫌い。」


あの子の、白石を見つめる横顔を思い出して気分は急降下。一気に温度を変えた俺に白石も気づいたのかさっきまで良く開いていた口が引き締まった。
面と向かって本気で嫌いなんて言われて、白石も困ったのか、玄関までの直線廊下を歩く最中は何も言わなくなった。ソレにちょっとだけ、居心地悪くなった、なんて、我儘な気持ち。誰といたって笑顔で輝いていて完璧な白石、そんな奴に勝手に嫉妬して嫌って…嫌い宣言して困っている俺…真逆すぎ。

ラッキーなことにクラスの棚には誰も居なかった、珍しいこともあるものだ…白石に追い回されることと同じくらい珍しいことが。
沈黙を間に挟み込んだ俺たちは、各々下駄箱から靴を取り出して上履きをしまい靴を履く。ついて回るのは此処までだろうし、俺は白石に向き直った。俺の気持ちなんか知らない男に、せめて何か言いたかった。
「ばか」でも良かった、「アホ」でも「嫌い」でも良かった。俺の惨めな恋心に終止符を打つためにはそれが必要だと思えたのだ。

それなのに、それなのに。


「なんで、そんな悲しそうな顔しとるの?」


眉を寄せた、悲しそうな顔した白石が俺のほうへ腕を伸ばしてきた。まるでさっき冗談交じりに言った通り、泣き出しそうな顔した白石が。
白いテーピングを施された左手が、俺の腕をつかんだ。あぁ、白石菌が移っちゃうな。


「…その言葉、そのまま返してやる。泣きそうな顔してるけど?」


綺麗すぎて怖い白石菌、我儘な俺を受け止めようとしてくれる白石菌。
笑おうとしたら、涙で視界が曇りだした。お互いさま、白石も俺の顔を覗き込んだ瞬間、宝石みたいな瞳に涙を浮かべ、笑った。そういう多感な歳なのかな、些細なことに反応しちゃうのかもしれない。ほろり、溢れた涙は勇気の一粒。

どうして、白石を嫌いになってしまったのだろう。こんなに優しくて暖かい奴を、俺の敗れた恋心だけで判断して。




ナミダドロップ




「そら嫌いて言われたら傷つくし。」
「ごめん。」
「理由も教えてくれんし。」
「悪かった。」
「だいたい白石菌て。白石菌ついとるからって…」
「ごめん悪かったって、言ってんだろ。」


グズッ、格好悪くなってしまう鼻も気にせずに隣を歩く白石の足を蹴った。そして小声で「やべ、白石菌ついた」と言ったのちズボンをバッバッとはらってみせる。するとすぐに飛んできたのは、


「せやからなんやねん、その白石菌て。免疫つけたらええやんけ。」


俺と同じ、グズッと鼻のなる音。でも笑顔で俺の肩に腕を回してきた白石は、俺よりも何倍も強いんだって思うし…尊敬する。
学校でのギスギスした空気もいつの間にかいなくなり、何処か肩の荷が降りた俺とくだけきった白石は二人並んでちゃんと話をした。あの子のことも、ぜんぶ。
テニスで鍛えた腕は筋肉ついているだけあって重い、菌とかそんなのよりも重さのほうがやばい。押し返してやれば教室で見るよりも無邪気な笑顔。


「重い。邪魔。免疫とか無理。」
「せっかく友達になったんやから仲良うやろうや!」
「キモイ。」


辛辣な言葉は教室と変わりないのに、白石はとにかく笑い声を上げるばかり。でも、毎日嫌々ながらに見ていたから分かるけど…いつもより楽しそうだ。今まで見て来たのが台本通りに演じていただけ、と言われても違和感ないくらいのびのびしている。そんな白石に、少しだけ俺ものびのびしてしまう。

日暮れが早くなってしまった、もう夜になりそうだ。徐々に下がってきた気温に一日の終わりを感じる、無意識に感じる。
一日が終われば、また明日がやってくる。明日になれば、また学校へ行くんだ。となると…白石に会うわけ。
家へ帰る為に歩く道は、右へ曲がるもの。白石の足取りはまっすぐと向いていたから足を止めた。どんなことであれ、白石には世話になってしまった。あの子のことを吹っ切れたのだから収穫は大きい。


「…俺、こっちだから。」
「そうなん?」


俺の止めた足につられ、足を止めた白石は俺を見てから右の道を見た。「ほな此処までやな」と言いながらポケットに手を突っ込んで…貸していたシャーペンと消しゴムを取り出しまた無邪気に笑う。


「この白石菌にまみれたシャーペンと消しゴムはどないすればいい?」
「いらない、誕生日プレゼントだ。」
「誕生日、4月やねんけど。」
「あっそ。」


その笑顔と無意味な会話を重ねられるのなら、白石の隣も悪くない。


「白石、また明日。」


でもその考えも各駅停車じゃなきゃ危ないものだな、特急列車だったら行き過ぎてしまいそうだ。知り合いも友達も親友も、何もかもすっ飛ばしてしまってはいけないと俺は思った。


「…おん。慎、また明日な。」


白石は、特急列車に乗りこんだし俺ごと乗せてやろうと企んでいた。でもそんなの…後日談でしかないけれど。
お互い違う意味を込めた「また明日」。俺はぎこちない笑顔で、白石は特別な笑顔で。


「また明日。」


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白石さん
(前からちょっと
きになっていた)
男主
(片思い相手が
白石のこと好きだから
なんか憎くて白石嫌い)

ハッピーエンド
と見せかけた
バッドエンド臭半端ない。


2016,01,15


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