苦労



真面目な顔だ、どこからどう見ても真面目な顔だ、いつ見ても真面目な顔だ。
たまに「テニス部の顧問?」なんて言われてしまう手塚の顔は、いつだって蕩け知らずな鉄仮面。歳以上に落ち着きがあるせいなのかもしれないけれど、同い年には見えない。


「どんな苦労したらそんな顔になるんだか。」
「…なんだ急に?」


テニス部が練習するコートを囲う金網越し、身長差のせいで少し下から見る手塚の顔。細い眼鏡のフレームが似合う硬い固い堅い顔。大声で笑っている手塚なんて見たことないしニヤニヤしているところも見たことない。
友達の俺が学校で手塚に会うとき、それはいつだってどんなときだってこの顔。怒っているわけでもなく楽しそうなわけでもない…「無」表情。
何を考えているのか見せてくれない顔は近付ける人を本人の知らないところで振り分けてしまっていることだろう、近寄りがたいものがある。

もうこれは生まれつきなのかもしれない…けど、もしかしたら何か大きな苦労をしているからなのかもしれない。じゃなきゃこんな鉄仮面、やってられないよ。


「いつ見ても真面目そうな顔してるから、どんな苦労してんのかと想像してんの。」


どうなの?と問いかければ、金網の大きな隙間から覗きみる手塚の黒目が上を見たかと思えばすぐさま俺の方を向く。表情の変化はそれだけだった、多分俺がこんなことを急に言うから驚いた…にしてはリアクション薄っ。
これが桃とかならオーバーリアクションしてくれるところなんだけどなー、それを手塚には望まないけど桃の半分くらいのリアクションを取っていただきたいところだ。

特にそれ以上何も言わずに、じっと手塚のことを眺める。眺め続けるなんてしたことなかったけど流石美形揃いと有名のテニス部って感じで顔だちが良い。睫毛長いし二重だし唇薄いし…


「苦労、か?」
「へ?あーうん、苦労してるから表情硬いんじゃね?って思ってさ。」


ワンテンポ遅れてやってきた質問への質問返しに、不意打ち食らってドキリとさせられる。今更確認すんなよ、まさか見ていた唇が動くと思っていなかったから動揺した、つい勢いよく顔をそらしてしまった。
それでも平常心、装って吐き出した言葉に当の本人は俺を見たまま特に何も動かず言わず。言う事や思いつく事がないのかもしれないけど、それならそれで否定してくれないかね?待っているだけって疲れるし。

それに、いやにさっきの動揺が尾を引いている。

きっと手塚は普通の人では苦労に感じる事が苦労だと感じなくなっているんだ、そうに違いない。もう答えをこじつけてしまおう、テニス部のメンバーって個性強すぎるから苦労してんだよ、うん。
適当に作った理由を押し付けようと今一度手塚の方へ顔を上げた…

そこに、


「苦労ならしているな、お前のせいで。」


優しく瞳を細めた、手塚の、


「……」


無表情の男の、似合わない笑顔。

ただ広いだけの野原に背高く咲き誇った花のように、他に視線をやらないと言いたげに凛と咲いた花のように、ふんわりと上げられた口角、それと反対に下げられた目じり。

どうしよう、初めて見た笑顔のせいで、


「俺が苦労するよ…。」


右へ左へ、心臓の針は振りきれそうだ。高速でペースを刻む針の痛いこと痛いこと。
ポツリと落ちた小さな呟き、また動揺し始めた俺は顔を下げた。だってこれ以上見てはいけない、見てしまったらいけない。今以上鼓動を速めてしまったら、きっと死んでしまう。顔が熱くならない、だけど心臓が熱い。

手塚は、いまどんな顔している?
俺は泣きそうな、ひどい顔している。
だって死にそうなんだから。




苦労をおかけします。




「好きな人で悩むのは苦労なんだ?」


翌日、不二はくすくすと笑い肩を揺らしながら何の前触れもなく手塚に問いかけた。最初こそ一体何のことだろうか?と手塚は不二が言った言葉を何度も頭の中で反芻して、昨日のことなのだと首を横に振った。
周りには誰もいなかったはずだった、まさか大勢の前で告白と取れる言葉を言うなんてことは出来やしない。いや手塚には出来たが、それで話に出された人が困るのだけは避けたかった。だから誰もいない時に、告白とも取れる言葉を言ったのだ、がそうとさせてくれなかったのが一人。


「盗み聞きは関心しないな。」
「たまたまだよ。」


目の前で笑顔を絶やさない不二はあくまでも「まぐれ」と肩をすくめて見せる。何を言っても無駄なのだろう、とこれまでの付き合いから良く分かっている。
決してそれ以上は踏み込まずに、不二が投げてきた問いを思い出す。別に真面目に返事を用意する意味なんてない、そういう意味で言ったわけじゃないと言えばそれでいいのだ。
だけどそうはしない、手塚が真面目だというのもあるがここで否定すれば昨日の出来事は白紙になる。やっと思いの欠片を言えたというのに無かったことにはされたくない。

そう、強く思ってみても…手塚の表情は何一つ変わらない。いつも通り何一つ変わりない周りが良く知る手塚国光の顔。


「苦労ばかりだが、嫌ではない。」


今日も彼は「無」表情を浮かべていた、堅い表情を柔らかくさせるのはただ一人の人なのだろうか。
手塚はこれ以上何も答えることはない、と不二を置いてラケットを手にコートへ歩いて行った。その背は背筋をしゃんと伸ばした、見本のような後ろ姿。
しかし不二は気づいていた、その背が昨日よりも大きくなったのを。苦労苦労ばかりの恋かもしれないけれど、昨日の出来事は手塚を強くさせたという事…成長させたという事。
昨日の手塚はまだ告白もどきの言葉しか言えなかったのかもしれない。だが今日ならどうだろう、きっと昨日の言葉よりもっと想いを乗せる言葉を言えるのだろう。


「ふふっ…苦労はするものなんだね。」


そのうち山々は赤く色付くだろう、その頃にはもっと成長した手塚とその隣に彼がいるはずだ。
他人事だというのに楽しみでしょうがない不二が、いつも以上の笑みで手塚の後を追いかけた。冷静を装って内心慌てふためいているだろう手塚に。



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てづたん。
(手塚誕生日)


2014,09,27


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