証明写真



深緑の黒板に残される白い線。
有名なキャラクターの似ていない落書き、部活の先輩たちのどこかおかしい似顔絵、その前に書いていた数学の公式、そして、でかでかと書かれた昔ながらの矢印に似た相合傘。


「じゃーん。」


緩んでいるネクタイを揺らしながら振り返った切原は、屈託なく笑う。恥じらいとかそういうの一切ないらしい。男二人しかいない教室で書かれた相合傘に何も感じるなとは無理がある話。

今日は俺と切原が日直で日誌を書くために居残りしていたのだけど、飽きてしまってこうして気分転換に黒板へ落書きをし始めた。
その最中、切原は先輩たちの似ていない似顔絵を描きながら「俺がお前のこと好きっていったらどーする?」と言ってきた、どうしてこのタイミングなんだとか色々言いたいことはあったけど返事として「わかんない」とだけ返した。
そうしたら、お試しで付き合ってほしい、と真っ直ぐ見つめられながら言われてしまい俺は頷くことしかできなかった。切原の真剣な顔は心臓に悪い、すごく悪い。
そんないきさつで黒板に描かれたもの、相合傘。古臭くてどうしようもないもの。


「俺さ、夢だったんだ。こうやって書いた相合傘の下に立って写真撮るのがよ。」
「…写真って、どうやって?」
「スマホ!スタンドに立ててセルフタイマー使えばいけるだろ!」


乗り気はないけれど、ウキウキと制服のポケットからスマホを取り出した切原に何も言えない。お試し、なんだ。嫌だと思ったら明日にでも断ればいい、それだけの簡単なつながりが今日できただけ。

鞄の中からスマホを立たせるめの折りたたみスタンドを取り出して机に用意する切原の背中を見ながら、俺はチョークを持ったまま立ち尽くしていた。
さっきまでただの友人、というか賑やかでちょっと頭悪いクラスメイトだったんだけどな…どうしてこうなったんだろう。いや後悔は別にしてないけど、どっちかっていうかどうしていいのか分からない迷いの方がでかい。
スマホを覗き込んでちゃんと相合傘が納まっているのかを確認する切原が、ふと顔を上げて瞳を大きくさせ少し慌てながら俺のところまで小走りしてきた。なんか変な顔していたかもしれない、考えすぎた。
予感的中とはこのこと、チョークを持ったままなのに切原が俺の両手を握って、また真剣な顔で俺の瞳を真っ直ぐ見てくる。


「別に嘘とか言ってねーから。」
「…うそ?」
「本気で好きだから、告白したんだからな。」


キラキラと、星を砕いて注ぎ込んだみたいな瞳。そこに映る自分は、あれ?どうして泣きそうな顔をしているんだ?鼻の奥がツンとしてきた、どうして?切原がゆがんで見える、ゆらゆらと小石を投げいれた水面に映っているみたい。それも、綺麗。


「マジで好き。」


静かな教室に、チョークが床に衝突した音。その音にまぎれてしまえと、瞳からあふれ出た涙が痛い。悲しくなんかない、疑ってもいない、嫌いでもない、迷子でもない。
ただ刺さったんだ、切原の真っ直ぐな視線が俺の胸に。この胸を射った視線が、強くて怖くて涙があふれただけ。落ちてくる涙が切原のせいだと思うと不思議、拭うのがもったいない。
もったいない?そう、もったいない。どうしてもったいない?それは、きっと、そうだ、


「あははっ、」


答え、出てきそう。

響いた俺の笑い声。
切原が困るのは嫌だ、また笑ってみせてほしい。きっと涙があふれるけれどそれが逆に幸せなんだ。世間一般的な一目惚れとは少し違うかもしれないけれど、これが俺の一目惚れなんだと思う。
流れる涙を気にせずに俺なりの笑顔を向ければ、切原も笑ってくれて、許されていないキスの代わりに切原がお互いの鼻先が触れ合うまで近づかいてみせれば、もっと深くなる痛みと笑顔。

黒板に描かれた相合傘、想いが合わさる傘の下で手を繋げばこの恋は早足になっていく。どんどん大きく、そして固く確かな物になっていく。


「あ、やべ。写真撮らねーと。」


いけないことをしている、別に厭らしいことではないからいいんだけど。それでも先生には見つからないように早く二人だけの秘密を残さないと。




証明写真




「おはよー。」
「おはよう、宿題やった?」


いつも通りの教室だ、今まで通りの朝だ、何も変わらない毎日だ。
担任からの知らせとかは特にないのだろう、黒板は真っ新で何も書き込まれていない。昨日の出来事なんて誰も知らない、それどころか本当にあった出来事なのかすら怪しい。
切原はまだ朝練でいないから確かめることはできない、けれど自分の席に座ってポケットからスマホを取り出せば、証拠がそこに残っている。

黒板に描かれた相合傘の下、切原からのキスを頬に受けて驚いている俺の写真。


「…お試し、か。」


今もまだお試し期間。それでもまだお試し期間。
朝練を終えた切原が早く来ないかな…そんなことを思いつつ俺はスマホをポケットに入れて机に伏せた、賑やかな教室に昨日の静寂を求めた。



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あかたん。
(赤也誕生日)


2014.,08,22


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