恋に



短く笑って長く泣け、なんていうけれど俺は逆が良いなって望んでいた。それは光という一人の人と出会って恋をした時から望んでいた。
でも光は他人であって俺とは好きも嫌いも違う所ばかり、泣くなという方が無理なのだ。今日だって、ほらまた涙が零れる。


『ほんまにすんません。』


スマホのスピーカーから聞こえてくる声は弱々しく小さく震えている、反省しているってちゃんと分かるんだ。それでも俺の涙は止まらなくてスマホを耳から離して袖で目元を覆う。
明日の光の誕生日、俺と約束した。けれどそれよりも先に約束していたことがあったって思いだした光からの電話は長引けば長引くほど涙が何処からともなく湧き上がってきて目尻から落ちて行く。
一応恋人、なんだ。好きだって言い合えるんだ。周りも知っているんだ。でも、それでも優先されなかった俺という存在。
離したスマホから時折名前を呼ばれているのが耳に届けども、俺は急ぐ事もなくゆるゆるとスローモーション並の速度で改めてスマホを頬に当てる。涙まみれの頬に当てるのは辛い、防水の物を選んでおいてよかった。
流れて行くだけの涙に便乗して嗚咽を出さないようにと引きつる喉から吐き出したその言葉、俺の本音。


「…しらね…かってに、行けばいいじゃん…。」


そう言ってまたスマホを離して通話を切る。そして電源自体を落として涙がついた画面を拭って、机に置いた。
好きになるって、恐ろしいとは知っていた。けれどこんなにも困難ばかりが転がっていると思わなかった。というよりもソレらを2人で乗り越えて行くんだって考えていたのに。


「俺ばっか、好きになってく…。」


膝を抱きしめ丸くなって、大きくなっていくばかりの思いを守る卵になって。
こんなことがあってもまだ好きでいる、でも好きになっていくその分以上に欠けていくスピードは早い。
もっと好きにさせてよって我儘言いたい、もっともっと光の傍にいたいって甘えていたい。瞼を閉じても僅かな隙間を見つけて流れて行く涙が憎い。あぁもう嫌だ。
泣きながら、電気つけながら、ベッドにも行かずに、丸めた体をころりと転がして床に倒れこんで寝てしまおうと袖で目元を覆った、今日がさっさと終わってしまえと憎みながら。




だから、目が覚めて自分がなんでベッドで寝ているのか分からなかった。


「あ、起きはりました?」


あと、なんで光が部屋にいるのか分からなかった。


「…は?」


俺の部屋の床に座ってこの間買った雑誌読んでいる光は、髪も私服もピシッと纏められていた。壁掛け時計を見れば9時を迎えたばかりだった。
完璧な恋人に対して散々な顔をしているだろう俺は現状を理解できずにただ光を見た、なんで勝手に部屋に上がり込んでいるのかも気になるけれど、昨日電話で言っていた約束とやらはもう済ませた…わけではないだろうに。
とにかく全てが理解不能な俺に「しゃーないっすわ。」と光は雑誌を閉じ床へ置き立ち上がって、机の上に置いていた俺のスマホを持ちベッドの端に座った。


「電話、あの後何回かけても通じんから押しかけてもうたやないすか。」
「お、俺が悪いのかよ。」


ドタキャンしたのは何処の誰だよ、重たい瞼を必死に上げて睨みつければ誤魔化すみたいにベッドに倒れこまれた。布団ごと俺の脚を踏みつぶして下から顔を覗きこまれて、つい顔を大きく逸らす。わんわん泣きながら寝た顔なんか見られたくないに決まってんだろ。
でも光はわざわざベッドを軋ませ身を乗り上げて俺を追いかけてきた、やめろって言っても何も言わないでただ逃げるなって俺の腕を捕まえた。

昨日の今日で、こんなこと出来る奴なんてお前くらいだよ。悪態ついてやりたいけれど壁に追いやられては出したい言葉も出せない。ただ近付いてきた顔と熱い目尻に触れた冷たい指先が、怖かった。
確かに昨日の俺は一方的に電話切って電源落として、光の話しをなんにも聞いてあげなかった。ドタキャンした光も悪いけれど俺だって悪い。
渋々光を見上げればいつも通りの生意気そうな顔が目の前にある、俺が愛した綺麗な顔の一部である唇が「捕まえた」と奏でれば、どう言うわけか欠けていた好きは形を取り戻していく。


「約束、キャンセルしたんで。」
「…俺との約束をだろ?」


冷たい指先が涙まみれだった頬を包みこめば、また何処からか湧き上がってくる涙を眼球の奥から感じる。潮が満ちて行く、思わず噛みしめる唇に落ちてくる、


「先約をキャンセルしたから此処に居るんですけど?」


苦みを含んだ唇。
何の味だろう、コーヒーの様な血の様な…ただ分かるのは俺達の歳でキスして知る味ではないという事。
キスされる前に言われた言葉が頭の中でリフレインされていく、昨日の電話では真逆の事を言っていたのに何を言っているのだろう。まだ信じきれなくて空いている手は光の胸元を押し返そうと服を掴んだ。
けれどそんな抵抗は光からしたら抵抗ではないようで、頬を包んでいた掌に捕まえられてキスを終えた苦い唇にキスをされる。手の甲ではなくて手の平に。


「…恋人を幸せにするんが、愛の法則らしいっすわ。」
「なに、それ?」
「愛したらやることは1つ…愛した人を幸せにする事って言われたんで。」


せやから、俺で幸せになってください。

光はらしくない、ふんわりと優しくて柔らかな笑顔でもう一度キスをしてくれる。まだ何も理解しきれない俺に。
幸せになれなんて、随分と自分勝手な奴だって恨みたくなる。けれどきっと昨日の電話の後で先約の人に言われたのかもしれない。だから俺の方へ来てくれたんだ。
少しずつ理解していけば、どうしよう、欠けた以上に好きが大きくなる。どんな形になるのだろうかと期待したくなるほどドンドン形を作っていく。

俺で幸せになって、なんて、


「…王子様かって…。」


我儘で自分勝手、横暴かつ格好良いなんて童話の世界だけで十分だよ。




恋に教科書も教えもない




幸せになってと望まれて、俺が願う事は一つしかない。
俺で幸せになって。ただそれだけの簡単な愛情。
キスは簡単だ、ただ瞳を閉じて息を止めて唇を合わせるだけなのだから。
でもお互いがお互いで幸せになるにはキスだけじゃ不可能。
そのためには好きだと信じあうのが、必要なんだから。


「その、わざわざありがとうございました…。」
「別にええんですよ、ただのネトゲ仲間とのチャット会議やったし……あ。」
「ネトゲ?チャット?…ふーん、昨日は俺よりもそっちを優先したのかよっ!!」
「ちゃいます、これにはわけが…」
「帰れっ!!今すぐ帰れっ!!」


幸せにしてよ、息絶えるそれよりも先に。


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ながくなっちゃった。

ひかたん。
(財前光誕生日)


2014,06,24


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