だって



風邪引いたかもしれない、と思ったのは登校している最中だった。それが風邪引いた、と断定したのは廊下で鳳に会った時だった。


「あ、先輩!おはようございます!」
「おは…へっくしゅ!!…うー。」
「大丈夫ですか!?」


夏前で朝と夜との気温の差にでもやられたのか、大きなくしゃみがでた。家を出るときに感じていたちょっとした気だるさや熱っぽさに加わってしまったくしゃみという風邪をひいたときの症状。
これは確定したな、と確信を持ってしまった。勿論悲しきかなってやつだけど。
くしゃみをしてしまった俺を見て鳳はぎょっと体をすくみあがらせては、心配そうに俺の傍へ駆け寄ってくる。その様が何とも犬のようでいつだったか侑士とからかったのを思い出す。
だけど風邪一つで大袈裟なリアクションだ、呆れつつも心配してくれるのはとても嬉しいから気だるいながらにも笑いながら傍へやってきた鳳へ手を振る。


「へーきへーき。」
「平気って…声も少し変わってますよ。」
「…あれ?」


そんなこと家族は誰も言っていなかったんだけど…あ、今くしゃみしたから鼻つまっちゃったかもしれない。五月蠅い母親によって持たされていたポケットティッシュを鞄から取り出してお金持ち学校の氷帝には似合わないが失礼して鼻をかませてもらう。
鳳に背中を向けて鼻をかむ、けど実は鼻をかむっていうのが下手なんだよね俺。なんていうか上手くできないんだよ。しかしこれ以上鳳に心配させるわけにもいかないから頑張ってかんで、振り向いてまた笑ってみせる。


「んー…治った?」
「…いえ、全然。」


鼻をかんでもダメときたか。と、なるとだ…地味に喉もやられているらしい。
あーぁ、まさか風邪をひくとは思わなかったよ。一応明るめにははっと乾いた笑い声を洩らしながらも肩にかけていたカバンがずるっと下がった。
しかし、風邪をひいたのはまぁ百歩譲って良しとしよう。一年間に引く風邪の回数なんて覚えていない、ふとした時に引いてしまいものだ。
だけれども、ソレを目の前に居る心配症の後輩に見つかってしまうというのは何とも災難というもので。
赤いだろう顔で無理して笑っているのもバレているだろう、俺の掌よりも大きな掌が俺の頬に触れるや苦しそうに眉を寄せる。


「熱、ありますよ。どうして学校きちゃったんですか?」
「いやだって気づかなかったし。」
「気づいてください!もう、先輩はもっと自分を大切にしてください!」


廊下だというのに俺を叱るその様がちょっと母親とかぶった…いや鳳は俺の後輩だし。
しかし鳳の言うことは正論なのでなんとも言い返せない。それに帰るのならば今のうちがいいだろう、ヘタに風邪菌をばらまかない方がクラスメイトのためにもなる。それに、鳳は俺を家へ帰らせる気満々だし。
やれやれ、溜息を吐きだし一応保健室で熱を測ってから帰るかどうか決めよう。今はテスト前だから休みたくないんだよな。ずり下がった鞄を直しまた鳳に笑ってみせ、頬に触れる鳳の掌を離れさせる。


「とりあえず保健室行ってくる。」
「…俺も一緒に行きます。」
「いやでももうすぐ…」


HRだし、と言いかけたまさにその時、タイミングピッタリで予鈴が鳴り響いた。無駄に高級そうな氷帝の予鈴に廊下に居た生徒たちはそれぞれの教室へ戻ろうと散り散りに歩いていく。
それでも鳳は、一歩も動かずに俺だけ見てた。気だるくて仕方ない俺のことだけじっと。どれだけ周りが静かになっていこうとも視線はそれることなく俺だけ見つめていた。
それで分かる。あ、コイツの中ではそれが決定事項なんだと。こうなると梃子でも動かなくなってしまうのは分かっている。どうやら今は鳳の好きなようにさせた方が良いようで。
もう一度溜息を吐きだしつつ、俺は笑顔を消して一歩前へ歩み寄った。別に倒れたわけじゃないぞ、ただ…全てを受け止めてくれそうな鳳に甘えただけ。


「保健室、連れてって下さい。」
「っ、はい!喜んで!」


俺にお願いごとされると嬉しくてしょうがない、っていつだったか言っていた事を思い出す。病人を保健室へ連れて行くことを喜ぶんじゃねーよ、馬鹿みたいに素直な鳳に今度は自然と笑顔が湧きあがってきた。頬はついついほろり綻んでしまっていた。
強がりで作ってばかりだった笑顔だった今日の俺が、やっと見せた素の笑顔。それが見れたら嬉しくてしょうがない、とも言っていた事を思い出したのは、鳳にギュウって抱きしめられている最中だった。




だってしょうがない





「あら、38.2もあるわね。帰った方がいいわよ。」
「マジですかー…じゃそうします…。」
「先輩!送っていきますよ!」
「お前は勉強……いや、いいや送ってくれ。」
「はい!喜んで!」
「だから喜ぶんじゃねーよ…!」
「仲がいいわねー。」


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わんわん
しっぽふりふり


2014,05,23


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