衷心



心の中は何時だって君で満たされているのに、どうしてこんなにも不安で覆われているのだろうか。
そんな矛盾しているような悩みを抱き始めてかれこれ半年経っただろう、その答えはいまだ出ないまま。いや本当は答えの出し方をちゃんと分かっているんだ。

それは簡単だ、心の中を満たす手塚と一緒にいるのを止めればいいんだ。

だから今日も答えは見つからないまま俺は彼の隣で雑談なんかしている日々。


「手塚、さっき大石が手塚の事探していたよ。」
「そうか。」
「…あと菊丸が遊びに行きたいって騒いでいたよ。」
「そうか。」
「不二と今度一緒に遊びに行くんだ。」
「そうか。」


たった一言で片付けられる言葉の数々は最初の1つ以外全て適当な言葉、いや嘘ではないけれど正確に言うならば数日前の事。
生徒会で部活に遅れ、今から帰る俺の隣を歩くその横顔。一瞬たりともぶれずに前を見据える凛々しさにコンパスを思い出す。故障時以外ならばどんな時でも変わらず北を指し示す、ソレと同じで手塚は何時だってテニスコートを見据えていた。


(どんなに一緒に、近くにいたって、)


俺が何を言っても手塚から返ってくる反応は薄くて短い物ばかり。
だからとても不安になるのだ、俺と一緒にいるのは退屈なのだろうかと。本当は早くテニスをしに走りだしたいのかもしれない、けれど隣を歩く俺が話しかけるばかりに付き合ってやろうか…なんて優しさで歩いているのかもしれない。

そうだよ、俺は手塚が大好きだよ。

一緒にいるだけで心は喜びに震え弾む、ポーンポーンとボールが跳ねる様に。でも本心が見えない手塚を見ていると不安は俺を襲ってくる。
本当の声が聞きたいよ、俺の話しを聞いてどう思っているんだろう。教えてほしいんだ。
望んではいけないソレを、今まで通り適当な話しをする様にスルリと吐き出してみせた。


「手塚は、俺と話すの詰まんないでしょ?」


上の空で受け流しているのなら何時も通り「そうか」とか「そうだな」とか短い言葉がやってくるんだろう。もしも「そんなことはない」と言ってもらえたならば「コッチ見ない癖に」と笑ってやろう。
正面玄関までの廊下は時間のせいか生徒の影1つとして存在していなかった。俺と手塚が並び歩いている、それだけの空間は心なしか寂しく色のない閉鎖された空間に感じられた。
俺が吐き出した言葉のせい?そんなわけない、これは手塚がいたとしても拭いきれない寂しさなんだから。


「そんな風に感じていたか。」


何時だって裏表がない真面目かつ真っ直ぐなその人は、初めて俺の方へ顔を向けた。揺れる茶の髪、言葉をかけてくれた薄い唇、細い眼鏡フレーム…どれも見慣れたものだったけれど俺を射抜く瞳だけは少し見開かれていた、見逃さない。


「…ちょっと、だけ。」


だからその小さな変化と急に此方へ向いた顔に心が破裂しそうになった、壁にぶつかって跳ね返らずにパーンと水風船のように中に入っている何かを撒き散らかしながら跡形もなく散り散りバラバラになってしまいそう。
ただその中に入っているモノの正体を知っているからグッとお腹に力を入れて堪える、そしてちょっと小さい声で言い返せば自然と眉間に皺が寄っていた。


「手塚が、何を考えているのか分からない。」


下がる口端、なのに言葉は止まらない。この半年間ずっとずっと言いたかったことが次から次へと零れてくる。ねぇ不安だったんだよ、君のせいでいつでもいつまでも不安だったんだよ。
きっと手塚は知らないんだ、この不安の正体を。そして知らずに生きていくんだ。
あぁなんて酷い八つ当たりなんだろう、心の中だからまだ良いけれど思いつく事はドレもコレも傷つけるための言葉じゃないか。
もう嫌なんだ、いっそ俺の体を切り開いて心の中を覗いてよ。


「俺は余所見をしたことはない。」


変わらない声のトーンもシャンとしている音色も何処か慰めにも感じる言葉も、今の俺には不安を増殖させるためのモノにしかならない。


「…そうじゃ、なくて、」
「いつもお前だけ見ていた。」


長い廊下、並ぶ影が二つありました。1つはいつでも背筋をピシリと伸ばし顔は正面を見据えていました。
もう1つは自信がないのかはたまた元々なのか背筋が緩やかな坂を描いていました。顔も床を見たり隣の影を見たり落ちつきがありませんでした。

でも今日は少しだけ違うのです。

後者の影がいつも以上に下を向いてその背を震わせ声を噛み殺しているのです、そして前者の影は震える背を優しく撫で背筋を曲げ顔を傾げていました。


「も、手塚がわかんない…。」
「俺は嘘を言った事がないんだが。」
「だけど嘘に聞こえる、」
「どうすればいい?」


そんなの、分かっているのなら半年も悩まないよ。




君の衷心
俺の衷心




嘘をついていないと彼は言った、これからも嘘を言わないと俺に言った。
なら俺も嘘を言わない、そう言い返せば緩やかな笑みが返された。


「ならば今以上に一緒に話さなくてはならないな。」
「……そ、うなります?」
「あぁ。」


嘘を言わないから、嘘を言わないで。
俺の心から思っている本当のこと全部教えてあげるから、手塚も心から思っている本当のこと全部教えて。


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衷心
心の中に抱いている
本当の気持ち
初めての
手塚さんでした


2014,04,25


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