いらないのに



宍戸がラケットを振り抜けば、ガットで捕えたボールが壁へ向かって一直線に飛んでいく。バシリッと音をたて壁に当たればまた宍戸の元へ帰ってくるボール、ソレをまたガットで捕え…この流れを繰り返すこと56回目。

久々に東京へ遊びに来て宍戸に会いに行ったら壁打ちしていた。「あと100回残っている」とか言っては黙々と数をこなしていく。
決して優しくはない陽射しのせいかこめかみを伝って汗が地面へと零れ落ちていく、きっと壁打ちの前にもいくつかの筋トレをこなしていたことだろう。


(努力家、か。)


鳳がよく「宍戸さんは凄いんです!」と感動しながら色々語ってくれていたのを聞いてはいたけど、実際に練習している所は見たことがなかった。
宍戸は自分の事を認めていない、身長や体格、生まれ持った才能に抜きでた力、それらは自分に1つもないと言っている。
だからこそ努力するのだ、才能をもった奴に負けないために。頑張って手にしたレギュラーの座を取られないために。


「っし、これで…!」


最後、と言いながら壁へボールをうちこんだ。見ていた中で一番の音を立て壁にぶつけられたボールがまた宍戸の元へ返ってくるが、今度はガットで受け止め威力を殺してやる。
ガットへ素直に受け止めて貰ったボールは重力に従い何度が弾みながら緩やかな速度で壁へぶつかり動きを止めた。
ぜぇぜぇ、大きな息の音に俺の隣に置かれていた宍戸の鞄を勝手に開いて中をのぞく、スポドリとタオルが入っているというのは昔一緒に練習していた時に知ったこと。
上着の下敷きにされている二つを取り出して、ボールを拾い上げた宍戸が俺の方へ振り返る、俺の両手にある物を見て笑いながら「勝手に漁んじゃねーよ」と歩いてくる。


「すっげー汗。」
「これでも今日は練習量少ねーんだけどな。」
「そうなの?」


とりあえずタオルを投げてやる、ふわり風に乗って宍戸の元へ辿りつけば変わりにと俺目掛け帽子を投げ飛ばしてくる。けど俺の手元まで辿り着くには少し勢いが足りなかったようで足元に着陸した。

あーぁ…なんて口にはせずに立ち上がり拾い上げ汚れていないか確認していれば、帽子の上に伸びてくる手。ごつごつの節くれた、ラケットのせいで所々固くなった、綺麗な手。
帽子を返せと伸ばされたにしては俺の顔の方を掌を向けている辺り、求めているのはスポドリだろう。
求められていないらしい帽子は今だけ俺の頭の上へ避難させて温くなっているスポドリを掌に乗せる。


「サンキュ。つーか帽子似合ってねぇぜ、激ダサ。」


悪態つく宍戸を見れば、タオルを頭からかぶっていた。お前の方が激ダサなんだけど…なんて思いながらスポドリを飲む姿を眺める。
一口一口、喉を通るたびに上下に動く喉仏。首はまだ汗が残っているのを陽射しによる煌めきで知る。待ち遠しかっただろう水分のことを瞳を閉じて感じている横顔に久々に会えたという時間の流れを知る。


(またちょっと、背が伸びてるし大人びてるし怪我してるし。)


宍戸の長い睫毛が細かに揺れる光景に、視線は釘付けにされる。自分の知らない宍戸がいる。会えなかった時間が作り上げた宍戸がいる。
スポドリから口を離し、乱暴に口をあけっぱなしにしていた鞄へ放りこんで俺へ笑顔を向けてくれる。その笑顔もまた昔とは少し違う。


「…はぁ。わりぃな、大阪から来たのに構ってやんなくて。」
「急に会いに来た俺が悪いし。」


時間とは罪なものだ、同じ時など巡らないのだから。
この日初めて俺は時間を恨んだ。俺が見ていない所で宍戸がどんな風に今の姿へなったのかを知りたくなったから。

でもそれはもう叶わないことだから…とりあえず宍戸がかぶりっぱなしのタオルを取っ払って首元の汗を拭ってやる。風邪引かないでくれよ、努力家さん。俺は努力家さんの頑張る姿が好きなんだよ。


「宍戸、まだ練習あるの?」
「もうない。この後はいったん家帰ってシャワー浴びて…お前と遊ぶ。」


被りっぱなしだった帽子を取り上げ被り直し、タオルを持つ俺の手を掴んで汗が流れてきている頬を拭えと持ち上げられる。
なんだよ面倒くさがり、呆れつつ拭ってやればタオルが瞳の近くを触れた。条件反射、宍戸の瞳が伏せられた。長い睫毛に縁取られた瞼が降り切ったまま微笑む宍戸の空いている手が俺の背に回り力を込められれば、タオルを持つ手の力が抜けた。

タオルが音も立てずに着地した場所、そこはつま先立ちしている俺の靴の先。
俺の知らない宍戸を早く食べつくしたい。




もう知らない君は
 いらないのに




キスする音一回二回。
笑い声重なりあう。

好きって言葉食べ合う。


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なちゅらる
いちゃこら

2014,02,24


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